第一項 墓標に捧げる花(第71話)
第一部 新世界の産声編 第四章 其々の帰還 第三節 墓標への報告
燈牙視点
海上都市での一週間はあっという間に過ぎた。
桃川さん夫妻と渡里社長には随分と世話になってしまったな。
「皆さん、お世話になりました」
今日だって、これから船で墓地のある港町へ向かう俺の見送りに来てくれた。
「なに、百鬼君のおかげで大儲けさせてもらえたからね。お安い御用さ」
「そうですわね。こちらも想定以上の額で捌けてしまいましたし、むしろお礼を言いたいくらいですわ」
渡里社長とその妹の輝夜さんは、この一週間で俺が売却した氷雪結晶を売り捌いて莫大な利益を手にしていた。
その売上金の大半は新しく作ってもらった俺の口座に振り込まれており、見たこともない桁の数字が並んでいた。
売上金の一部は手数料として渡里社長の会社と輝夜さんの宝石店の利益となったわけだが、それだけでも十分過ぎるほどの利益だったことに加えて、未知の氷雪結晶を初めて取り扱ったという話題性によって知名度がかなり向上したらしい。
思わぬ大金が入ったことで多少の浮かれがあり、俺は残った七粒の氷雪結晶から改めて幾つか譲ろうとしたのだが、それに関しては双方に突っぱねられた。こういったものは短期間にいくつも出すのはよろしくないらしい。なので変わりに他の者とは取引をしないという約束をすることとなった。
「いやぁ、寂しくなりますね」
「あら、本当は少しほっとしているんでしょう?」
「そ、そんなことはありません!」
「ははは……」
桃川さんの気持ちは分からないでもない。
と言うのも、彼らの娘さんにやたらと懐かれてしまったのだ。
今朝も、学校に行かずに俺の見送りに来たいと散々ごねながら学校に連れていかれた。
自分の娘が自分と同じくらいの歳のおじさんに懐いているのは心情的によろしくなかっただろう。
ちなみに、娘さんに懐かれた要因は顔と筋肉だそうだ。当人の口から聞かされたので間違いない。
俺は見た目だけなら二十代で通じるのと、鍛え上げた身体が物珍しかったのだろう。毎日のように触られたものだ。
隙あらば風呂に侵入してこようとするのは困りものだったが……。
海上都市での滞在中は桃川さん宅――輝夜さんの持ち家で豪邸――で世話になったんだが、多感な年頃の娘さんがいる家に俺を招いたのは失敗だったんじゃないだろうか?
そんな娘さんの年齢は10歳の小学五年生だそうだ。将来の夢は人気配信者らしい。将来の夢に時の流れを感じた。
「おほんっ、娘の事はさておき、百鬼さん。色々とありがとうございました」
「いえ、こちらこそお世話になりました。桃川さん、貴方と出会えて本当に良かった」
「私こそ同じ気持ちですよ。また海上都市によることがあれば、ぜひ顔を出してください」
「はい、そうさせていただきます。それでは……」
「百鬼さ――いえ、燈牙さん! また、会えますよね!?」
「……ああ! 太郎助! また会おう! いつか、必ず!」
こうして俺は海上都市を出て、この旅の最終目的地である港町へと向かった。
船上で過ごした数日間は特にこれと言った出来事もなく、俺は無事に妻子が眠る墓地のある港町へたどり着いた。
「さて、まずは花を買うか」
墓参りと言えば、墓標に捧げる為の花が必要だ。
確か、菊類の花が良かったはずだな。あと、妻が好きだった花も買って行こう。娘にはお菓子が良いな。
それと線香などの仏具や墓石を掃除する道具類一式も必要か。
……必要な物が多いな。メモを取ろう。
旅の準備は海上都市で済ませたが、墓周りの事はここに着いてから考えようとしたのは間違いだったか?
ひとまず新しく購入した携帯でメモを取り、次いで買い物の為の店舗を近辺情報から探す。
久しぶりに使ったが、意外と覚えているものだな。
ああ、そうだ。俺の携帯や銀行の名義はきちんと俺の名義になっている。
結社の手で俺の記録が完全に抹消されていたのが幸いしたのか、代理人として動いてくれた渡里さんが言うにはあっさりと作れたとのことだ。
今更第二の人生ってわけでもないが、自身の名義があると言うのは悪くないな。何かと便利なのも良い。
「……よし、行くか」
ここからだと、まずは仏具だな。あと、花は最後にしないとな。
買い物は恙なく進み、色々と買いこんだ結果、結構な大荷物になったので車を借りることにした。
金はあるから購入しても良かったんだが、即日納車は店側の方が大変だろうという事で購入を留まった次第だ。
「これで良し」
そこそこの量の荷物を車に積み込み、エンジンを点けて発進させる。
運転免許は海上都市に滞在している間に一日で取れた。
これも渡里社長の伝手によるものだが、試験はきっちりと行われて無事に合格を取れた。
車内のオーディオやらカーナビの扱いは桃川さんの車に乗っていた際に代わりに操作していたので慣れたものだ。
流行の歌だと言うアイドルソングが車内に響く中、最後の店である花屋へ向かう。
季節的には墓参りが近い時期だし、仏花は置いてあるよな……?
「ありがとうございました」
花は無事に買えた。やはりシーズンが近いからなのか、仏花用のコーナーが大きく設けられていた。
そこで菊の花や妻の好きな花を購入し、ようやく墓地へ向かう準備が整った。
墓の維持費は払い続けていたが、管理状況はどうなっているかわからない。
秘密結社と戦い始めてからは、ほとんど立ち寄らなくなっていたからな。
「無事だと良いんだが……」
そんな俺の不安をよそに、久しぶりに訪れる墓地にあった妻子の墓は荒れた様子もなく、過ぎた年月を感じさせる程度の変化を残して変わらぬ場所に佇んでいた。
「……誰かが手入れを?」
墓周りの様子を見る限り、少なくとも一年以内には誰かしらの手入れが入っていることがわかる。
このようなことをする者に心当たりは……何人か居るが、決め手に欠けるな。
なんにせよ、手入れをしてくれていた誰かには感謝の念しか湧かない。
「……ありがとう」
思わずそう口にしながら、俺は墓石の手入れを始めた。
土埃で少し汚れた墓石に、墓地に備え付けられている水道から汲んできた水をかけては布巾で磨いていく。
徐々に汚れが取れていき、光沢のある本来の姿を取り戻してきたら、綺麗な布巾で乾拭きをしていく。
墓の手入れの事は詳しくないんだが、こんな具合で良いのだろうか?
仄かに思い出せる記憶の中では、死んだ母が大切なのは気持ちだと言っていたな。
一通り綺麗になったら、周囲の雑草を抜いたり、隅に溜まった落ち葉を回収してゴミ袋へ入れていく。
花瓶に刺さっていた枯れた花も回収して同じくゴミ袋へ。
あとは掃き掃除で、箒を使って細かなゴミを掃き捨てて完了だ。
「よし、綺麗になったな」
次いで花を供える。墓に備え付けられている花瓶を取り外し、中に入っていた水は捨て、綺麗な水で何度か洗って汚れを落としてから水を注ぎ、花を適度な長さに揃えて刺していく。
それが終わったら供え物を出して墓前に置く。
最後に蝋燭を燭台に刺して火を点け、線香に火を点けて、適度なところで消化し、線香台に置く。
あとは墓前で手を合わせ、二人の冥福を切に祈った。
久しぶりだな。ほら、お土産もあるんだ。
君の好きだった花と、ハルの大好きなお菓子だぞ。
これまで会えなかった分、たくさん買ってきたから、好きなだけ食べてくれ。
そっちはどうだ? 二人の事だから、きっと天国に居るんだろうな。
雪乃、小春……二人の仇は討ったよ。俺もいずれそちらに逝くから、もう少しだけ待っていてくれ。
……いや、俺はもしかしたら地獄行きかもしれないな。
その時はすまないが、地獄の閻魔を殴り倒してでも会いに行くよ。一目でも二人に会いたいんだ。
それでも、俺は……二人と、もっと一緒に生きていたかった。
守れなくて、ごめん。助けてやれなくて、ごめん。
「駄目な夫で、父親で、ごめんなぁ……ッ!」
墓石の前で蹲り、俺は一人、嗚咽を漏らし続けた。
「……誰にも見られていないと良いんだが」
妻子の墓前で人目もはばからず泣き出してしまった。
冷静になってみると多少の恥ずかしさはあるのだが、後悔はない。
だからと言って他者に見られて気持ちの良いものでもないが。
「さて、あとは……供え物はこの場で食べるのが良かったはずだが――」
少し量が多かったな。まあ、残りは持ち帰るか。置いて行くのは野鳥に狙われたりするのでよろしくない。
鳥の糞尿で墓石が汚されるのは嫌だからな。
ああ、そうだ、供え物を食べるついでに近況報告もしておくか。
……しておいた方が、良いよな?
あー、その、なんだ……残りの人生なんだが、一緒に暮らす人達ができたんだ。
山奥にある雪女の村落で、少しだけ命を永らえさせてもらえたんだ。
いつまで生きられるかはわからないが、残された命は彼女達の為に使おうと思っている。
許されることではないのかもしれないが……出来たら、許して欲しい。
実は、子供が生まれるんだ。俺の子供なんだ。今度こそ、守りたい。この命に代えても。
二人への愛が薄れたわけじゃないんだ。変わらず愛している。
でも、彼女達の事も……愛しているんだ。すまない。だから、見守ってくれなくていい。
幾らでも怒ってくれて構わない。むしろ怒ってくれ。
もし逆の立場だったら、きっと俺には耐えられないからな。
それじゃあ、また来るよ。もし生きて居たらな。
「……むっ、食べきれたか」
気づけば供え物はなくなっていた。
とはいえ、この腹具合なら昼食は要らないな。
それにしても、二人の墓を手入れしてくれていたのは誰だったんだろう?
そう思っていたら、背後から誰かのくしゃみが響いた。他の墓参り客か?
「っくしゅん! おっかしいなぁ、花粉症の時期はもう終わったはずなんだけど……って、あれ?」
振り返った先には、見覚えのある女が居た。
「ん? お前は……」
確か、名は――思い出せん。忍者のような名前と戦い方だったのは覚えているんだが。
「あれっ? もしかしてオーガ!? あんたも墓参り?」
「あ、ああ、そうだが……すまん。名前を忘れた」
「うっそでしょ!? あたしの名前って特殊な部類だと思ってたのに! 霞っ! 霧隠霞!」
「ああ、そうだ。そんな名前だった」
「てか、あの状況で生きてたのね……呆れた頑丈さね」
「それは此方の台詞でもあるんだが……怪人と戦っていなかったか?」
「ええ、しつこいのが一匹いたから、仕方なしにね。もちろんきっちりぶっ殺してやったわ! おかげで重傷負ったけど!」
「そ、そうか」
「そういうあんたはこれまでどうしてたのよ? あの戦いが終わって半年よ?」
「詳細は言えないが、とあるところで療養していた。どうにか動けてはいたんだが、重症だったらしい」
「いや、そりゃそうでしょうよ。よくもまあ、あの化け物と戦って勝った上に生き延びたわね。あんたは知らないかもだけど、今や英雄扱いよ?」
「ああ、それは知っている。最近できた友人に教えて貰った」
「ふーん……少しはいい顔するようになったじゃない。男前だわ。あたし好みの」
「……すまない。実はもう残りの人生をかけて愛すべき人が居るんだ」
流石にこれ以上は……キツイかも知れない。
「冗談に決まってるでしょ! マジでフラれたみたいでムカつく!」
冗談だったらしい。それならそうと紛らわしい真似は止めて欲しいんだが。
「ああ、そうなのか。すまない。それで、霧隠さんも墓参りか?」
「まあね。てか、この墓地自体が秘密結社被害者共同墓地なんだけど……あんた知らなかったの?」
それは……知らなかったが、ここを紹介された経緯を考えれば、それも当然か。
「そうだったのか。じゃあ、俺の妻子の墓の手入れはここの管理人が行ってくれていたのか」
「ん? そんなことはしてないはずだけど、そこってあんたの家族のお墓だったの?」
違ったらしい。
「ああ、ほとんど来られなかったんだが、妙に手入れがされていてな」
「あー、それはたぶん。あの子だわね」
「あの子?」
言い方からして知り合いなのか?
「うーん、これはあたしが言っていい事なのかしら……」
「すまない。出来たら教えて欲しい。その人に礼がしたいんだ」
「うーん……よし! それじゃあ、一つ私の頼みを聞いてくれたら教えてあげるわ!」
「内容にもよるんだが……命をくれ、とかでもない限りは」
「流石にそんな要求はしないわよ。あんた、今いる所は言えないの?」
「秘匿されている場所と言うわけでもないんだが、思う所があって言えない」
特に氷雪結晶の件で雪女と言う種族に危害が行く恐れがあるからな。
「ふむふむ、それじゃあ、あんた、今は愛すべき人が居るって言ったわよね?」
「ああ」
「そこに一人分加えて貰えない? あたしじゃないわよ?」
「それは……難しいが、努力しよう。しかし、それは誰なんだ?」
「いや、そこは察しなさいよ」
「む……そういうことか。わかった。その人の名前を教えてくれ」
「ウララって子なんだけど、覚えてる?」
覚えている。怪人三兄妹の二番目だ。褐色肌の異国人だ。
「あいつか……覚えている。忘れるわけがないだろう。あいつの弟が喧嘩を仕掛けて来る度に張り倒していたのを、よく回収に来ていたからな」
弟への印象は最悪だが、兄の方は礼儀正しく、彼女自身には何度か助けられたこともあり、悪い印象は一切ない。
しかし、彼女が俺の事を……?
「思い当たる節がないって顔してるけど、あの子達が怪人化した時に居合わせたのって、あんたで合っているのよね?」
「……ああっ、あれか。確かに助けたな」
兄弟の二人が暴走して、ウララの方は辛うじて理性を保っている状態だった。
「その時からずっと恩義を感じてるんだってさ。いつか探し出して婚約決闘を申し込むとか言ってたわよ」
「婚約決闘……?」
なんだそれは?
「なんでも、あの子が住んでる所のしきたりらしいわ。婚約を申し込む相手を打ち倒して娶らせるとかなんとか」
「とんでもないしきたりだな……しかし、それならば、俺が彼女に対してその婚約決闘とやらを仕掛けた方が良いのでは?」
「あら、自信家ね。あの子を甘く見ない方が良いわよ?」
「……確かに、彼女は会うたびに強くなっていたな」
「あれは正真正銘の天才ね。それでいて奢らず、努力家でもある。あの子とまともに張り合える人間なんてそうはいないわ」
「そうなのか……では、次に会う時を楽しみにするとしよう。しかし、連絡手段くらいは残しておいた方が良いか?」
「そうしてくれると助かるけど……携帯持ってる?」
「あるぞ」
以前、渡されて持っていた物は借り物だったが。今は自分の名義で持っているとも。
「何でちょっと誇らしげなのよ。それじゃあ、ネクシオは使ってる?」
名前は聞いたことがあるな。
「ソーシャルなんとかと言う奴か? 使った事が無い」
連絡手段と言えば、使ったことがあるのはせいぜいが電話とメール位だ。
「今どきこれくらいは使えないとね。教えてあげるから携帯ちょっと貸して? アプリのダウンロードとかも知らないでしょ?」
それくらいはどうにかできるが、もたつく未来しか見えない。
「……ああ、頼む」
なので、大人しく頼むことにした。
「……よし、これでオッケー。それじゃあ、ホーム画面にあるネクシオのアイコンをタップして」
「こ、こうか?」
そうして霧隠さんからネクシオの使い方を教えて貰い、連絡先の交換をどうにか済ませることができた。
まだ不慣れだが、せっかく買ったのだからどうにか使いこなしたいものだな。
「で、ウララへの連絡だけど、どうする? 今する?」
「これから連絡したところで、ここまで来るのに時間が掛かるだろう。それに、俺もそこまで時間があるわけじゃない」
第一の目的は済ませたが、奴との再戦や師の行方も気になる。
どちらも簡単に見つかるとは思えないが、前者の方は後顧の憂いを断つためにも、さっさと済ませておきたい。
「そっか。それじゃあ、他に連絡取れそうな方法はある? 携帯だけじゃ不安だし」
「大丈夫だとは思うが、他か……渡里貿易社は知っているな?」
「ええ、そりゃもちろん。スポンサーの一つだったもの」
「そこの社員や社長と懇意になった。俺の名前を出せば教えて貰えるはずだ。ただ、あちらは俺の素性を知らないはずだから、それだけは黙っていて欲しい」
「あそこの社長と懇意にって……何やったの?」
「それは秘密だ。とにかく、他の連絡手段があるとしたらそれくらいだな」
「わかったわ。とりあえず、ウララにはあんたが生きてたって伝えとくけど、何か伝言はある?」
伝言か……素直な心情を伝えて置くか。
「再開の時を楽しみに待っていると伝えて置いてくれ」
「……それ、絶対あんたの自身の口から聞きたいと思うんだけど?」
「それはやめて置こう。あまり焦らせたくはない」
それに、どうせ戦うのならば互いに最高に仕上がった状態が良いだろう。
「戦闘狂の顔だわ……あんたたちお似合いよ」
失礼な、と言いたいところだが、思い当たる節があるだけに言い返せなかった。




