第四項 海上都市ポートミラルカ(第62話)
第一部 新世界の産声編 第三章 異なる世界、異なる人々 第四節 海原の戦士
羅刹さんと別れた私達は、再び空の上に戻っていた。
「そろそろ見えてくるはずね」
羅刹さんと出会った海岸から、海上都市の位置はそう遠くはないのよね。
世界の融合によってウララさん達の視点では変わってしまったようだけれど、話に聞く限りは私の知っている海上都市なのよね。
「あっ、みえました!」
「あら、目が良いのね。私にはぼんやりとしか……また視力が落ちたのかしら」
若い頃ならもっとよく見えたのだけど。
『うちの子達は目が良いからねー。それにしても大きな街だね。日も暮れて来たし、少し急ごうか』
「そうね。街の様子も気になることだし、そうしてもらえる?」
『りょーかい! 落ちないようにちゃんと座っててね』
そうして、少しだけ速度を上げた神鳥様のおかげで、日が落ちる前に海上都市に着くことができた。
ここに来るのは久しぶりだけど――
「こうしてみるとすっかり変わってしまったみたいね」
想像していた以上に賑やかになっているのね。
街に入る際には少し離れた所からバスを使ってきたのだけれど、道中では見たこともない大きな動物が引く鉄の馬車や巨大なロボットのような形状の乗り物が専用の道路を走っていたりと、異世界感あふれる光景となっていた。
加えて道中を行く人々の中には異形――ではなくもはや異種族というべきかしら? 明らかに普通の人とは異なる外見の人達が居て、当たり前のように闊歩していた。
ここまで多様な人達が居て、誰もが普通に過ごしているだなんて――
「――以前の世界では、絶対に見られなかった光景ね」
それ程に、異形と人の間にある溝は深かった。
だからこそ、この光景は胸に来るものがあるのよ。
「ハルカ? 泣いているのですか?」
「あらやだ。やぁね、歳を取ると涙もろくて困るわ」
『うん、わかるよ。こんな光景を見せられちゃったらねぇ』
「この光景が? 見慣れぬ姿の人々はいるようですが」
『ウララちゃんとしては、ああいう人達ってどうなの?』
「どうと言われましても、姿が違うだけの人ですよね?」
『そうだね。姿は違えど、中身は一緒で……彼らもまた人なんだよね。でもね、人って言うのは自分達と姿の異なるものを怖がって、忌避して、排除したがる性質を持った生き物なんだよ』
「確かにそういう面は見受けられますが、そういう方達ばかりではないかと思います」
『そうだね。だからこそ、目の前にある光景は尊い物なんだよ。一切の偏見が無く、姿が違うことを当然の事実として受け入れられている』
「ああ、以前に怪人と戦った後に見知らぬ人にゴミを投げつけられたことがありましたが、そう言う事でしたか」
『ウララちゃん、それもしかして街を破壊し過ぎたとかじゃない?』
「失礼な! 半壊程度で済ませました!」
『絶対それだよ。ウララちゃん達の戦い方は派手過ぎるんだもの。それが怪人化してるんだから――まあ、抑えた方なのかな?』
「そうですとも!」
「戦い方を改める気はないのね……」
『まあ、そう言う戦い方をみんなに伝えたのはボクでもあるから……元は世界樹の民の戦い方なんだけど』
「それより、ここで話し込むのもなんですからどこかの店に入りましょう」
「それもそうね」
『ボクお腹すいちゃったよ。出来たらがっつり食べられるところが良いなぁ』
「お任せを。以前立ち寄った際に一通り見て回ったので、良さそうな店を把握しております」
ウララさんに任せた結果、連れてこられたお店は落ち着いた雰囲気の洋食店だった。
『おー、なかなかお洒落な感じのお店だね』
「このお店、全部屋個室なのね。変わった造りだわ」
「元はカラオケボックスだったものを改装したそうです」
「ああ、カラオケのお店だったのね。言われてみると面影があるわ」
『カラオケボックスって何?』
「歌を歌う為の店、でしょうか。私は利用した事が無いので詳しくはわかりません」
「私は若い頃に友人達と良く行っていたけれど、そこでは部屋の隅にカラオケ用の器材が置いてあって、あとはお好きにって言う形態のお店だったわ。あとは喫茶店のような軽食の提供もしていたわね。部屋の中に内線電話があったのだけれど……ここにはないみたいね」
部屋の壁を見渡して受話器を探していると、ウララさんがテーブルの上にあったものを持ち上げて言った。
「ここでの注文は、この端末を使うようですね」
「あら、今は便利なのね」
レイパッド、だったかしら? 新しい型の携帯電話の大きい版だって孫に教わった覚えがあるわ。
外国にある光量子研究所を母体としたコンピュータ会社が販売している携帯端末の一種なのだとか。
昔仕事で関わったことがあるのだけれど、何という会社だったかしら……レイ、何とかというのだけれど、思い出せないわ。
「近年はこういった端末を用いた注文方式が増えているそうです。人件費の削減や注文ミスを減らすなどの目的があるようですが、操作をするのは人なので……」
『まあ、それはそれで失敗することもあるだろうね。操作が判らなくてやらかすなんてこともありそう』
「そうね。私もそういった物の操作は苦手だったから、覚えがあるわ。ちょっと見せてもらえる?」
「どうぞ」
なんとなく気になって、端末を受け取って操作をしてみる。あら、メニューが豊富でいいわね。
それにしても、思ったより軽い上に画面が大きくて見やすいわ。
しかも、こんなに薄い形状で色々出来るというのだから、科学の進歩というのは凄いわね。
魔法の方がすごいなんて言われるけれど、魔法は科学ほどに洗練された技術ではないのよね。
用途に関しても異形との戦いが大半だったから、荒事方面にばかり発展してしまっているし。
「あら? この刻印は……」
「ああ、それはレイフォーム社の社印ですね。大抵の製品にはその印が刻まれていますね」
「レイフォーム社? でも、この印は私が知っている会社の物と同じだと思ったのだけれど」
『ん? ボクたちの世界にある会社と同じ会社がハルカの世界にもあるってこと?』
「流石にそこまで偶然が重なるとは思えないけれど……あ、ほら、やっぱり。レイスタイル社の製品よ。これは」
端末をよく観察してみると、見覚えのある社名が入っていた。そうそう、レイスタイル社だったわね。
「本当ですね。レイスタイルと言うロゴがあります。よくみたら社印も少し違いますね」
『なんだ。よく似た会社かぁ。それはそれですごいね』
「そちらのレイスタイルと言う会社も携帯端末を?」
「ええ、もしかしてそちらの世界の会社も?」
「はい、コンピュータ会社ですが、携帯端末も販売しています」
『うわ、ここまで来ると気持ち悪いくらいだね。もしかすると、ボクたちの世界とハルカたちの世界って近代までは似通った歴史を辿ってきたのかもね』
「そう言う事もあるのね。ちなみに、レイスタイル社は母体に高量子研究所と言う所があって、そこの子会社の一つとなっているわね。こちらもコンピュータ会社ではあるけれど、主体は通信システムだったと思うわ」
「詳しいのですね。残念ながら私はレイフォーム社に関してはそこまで……」
「気にしなくていいのよ。昔仕事で付き合いがあった程度で、私もロゴを見るまでは社名を忘れていたくらいだから」
『魔法少女のお仕事でそういう会社に? どういう内容だったの?』
「機械方面で悪さをする怪異が出て、結構大きな被害に発展したのよ。本来はその国の魔法少女が対応する案件だったのだけれど、被害の大きさが酷くて対応しきれないという事で同盟国の魔法少女に声が掛かったの」
『へー、そんなことがあったんだ。というか、外国の企業だったんだね。言われてみると会社の名前も外来語だったっけ』
「神鳥様、レイフォーム社も他国の企業です。そもそも私達に国の概念などありませんが」
『あ、それもそっか。その辺は教育してこなかったんだ』
「おかげで森を出てしばらくは苦労しました。身分を偽ろうにも国の名前すらわからぬ有様でしたから」
『それは悪かったけど、そこまで本格的に社会に溶け込もうとするなんて思わなかったんだよ』
「その位はしないと怪しまれますからね。森で暮らしていた時の格好は目立ちましたから」
ちなみに今のウララさんは森を出てからずっと今どきの若い子が着るようなお洒落な洋服を着ている。
森の皆の格好は何と言うか――とても軽装なのよね。
『あー、うん。外では露出が高いと変態扱いだもんね』
「所に寄りますが、概ねそのような扱いを受けましたよ。今もときどき思い出します」
『それは、うん、ごめんね?』
「今後は森を出る者も増えると思いますし、その辺りの教育はきちんとしましょう。彼らの為にも」
『はい……あっ』
神鳥様のお腹が鳴った。そう言えばご飯を食べるために来たのだったわね。
「それじゃあ、注文しましょうか」
食事を終えた後はウララさんが予約を取ってくれたホテルへやって来た。
「ここがハルカが要望していたホテルで合っていますか?」
「ええ、ここは機関の系列店だから、色々と融通が利くのよ」
「そうなのですか? 普通のホテルに見えますが」
「表向きはそうね。とりあえず入りましょう」
そう促して自動ドアを潜り抜けて中へ入っていく。
『ルームサービスにナッツはあるかな?』
「神鳥様、まだ食べたばかりですよ」
『ボクってば育ち盛りなんだよねー』
「私より長生きではないですか――む? 今何か通り抜けましたか?」
『魔力の膜だねー。何かの結界かな?』
軽口を叩き合う神鳥様とウララさんが結界に気付いた。
神鳥様はともかく、ウララさんまで気づくとは思わなかった。
何も教えていないのにこれならば、クルルァさんと同様に彼女にも魔法の才能があるのかもしれないわね。
「あら、気付いたのね。機関の施設にはちょっとした結界があって、悪意を持った者を通さないようにできているのよ」
『悪意とはまた……どうやって観測しているの?』
「神鳥様ならわかるのではないかしら?」
偏に魔法と言っても様々な体系があって、これは神属由来のものなのよね。
『ああ……ボクらと同じ感じね。そっちの世界ではそこまで解析できてるんだ』
「こちらには異形の協力者も居るから、こういった方面の技術もそれなりに発展しているのよ」
『うーん、まあ、それなりと言えばそれなりなんだろうけど、ボクらの世界からしてみたら失伝しかけている技術なんだよねぇ。なんか複雑な気分だよ』
「今の世界では、我々の知らない技術などが幾らでもありそうですね」
「そうなのよね。外で見たあのロボットのような物も気になるし、鉄の馬車を牽いていた生き物だって見た事が無い姿をしていたもの」
『ロボット! あのおっきい鉄の人形だよね! あれは凄かったなぁ』
「ああ、あれですか。見た目は完全に人型の重機と言ったところですね」
「そうね。確かに言われてみたら重機よね」
『もうっ、二人とも浪漫がないなぁ。昔、ボクが生まれるよりも前に巨人族って言うのが地上を支配してた時代があってね。彼らの中にはああいった鉄の身体を持つ者が居たそうなんだ。その話を聞いた時には一度でいいから見てみたかったなぁって思ってたんだけど、こんな形でそれが叶うとは思わなかったよ。まあ、本物はもっと大きかったらしいけど』
「そ、そのような巨大な生き物が居た時代があったのですか?」
「実話ではないと思うけれど、私の世界にもそう言った神話があったわね」
『こっちは大昔の事だけど事実だよ。それにしてもこのホテル、結構混んでるね?』
「機関の施設という事もあって魔法少女が出入りするからかしら? もしかしたら誰か来ているのかもしれないわね。生憎と近年の若い子はほとんど知らないのだけれど――あら?」
ふと、フロントの傍に立ってある物に目が行った。
近年はこういった施設には立て看板……魔法少女の等身大パネルなんかが立っているのだけれど、それが何と言うか――様変わりしていて、アニメのキャラのような姿の魔法少女達が立ち並んでいで、さらにはその中の一つに見覚えがあった。
「どうかしましたか?」
「ええっと、あそこ、ホテルのフロントにパネルがあるでしょう?」
「ああ、アニメのキャラか何かですかね? もしかしてあれが魔法少女の姿ですか?」
「そうなのだけど、あのキャラクター……と言っていいのかしら? ともかく、あのキャラクターのうちの一人が私の孫なの」
正確には中の人、というらしいのだけれど、見た目がアニメ調になっていたり髪の色以外はほぼ孫と同じ姿なのよね。
「えっ」
『おー、どれどれ? 雰囲気的にあの桃色の髪の子かな? あっ、名前も書いてる。藤堂桜香って……まさか実名?』
「正解よ。でもあの子、機関とは別の所に所属していたはずなのだけれど……」
気が変わった。なんてことはあり得ないわね。誰に似たのかとても頑固な子だもの。
「とりあえずフロントに行ってみましょうか」
「ええ、そうね」
「いらっしゃいませ。お客様。当ホテルへはご宿泊で?」
「ええ、そうなのだけれど、これを確認して頂ける?」
「はい、魔紋でございますね。少々お待ちくださいませ――はい、ご確認いたしました。藤堂春香様ですね」
「ええ、それで、わけがあって予約の方がこちらのウララさんとなっているのだけれど、名義を私の方へ変えることは可能かしら?」
「はい、可能です。ご利用する口座は魔紋に登録されている物でよろしいですか?」
「ええ、それでお願い。それと質問なのだけれど、ここは機関の系列店ではなかったかしら?」
「はい、以前はそうでしたが、現在は四ノ宮グループ傘下の子会社、四ノ宮リゾートの系列店となっております」
いつの間にそんなことに……とはいえ、彼女ならやりそうなことね。
「そうだったのね。じゃあ、あの立て看板は四ノ宮グループ関連のものかしら?」
「はい、あちらは同社傘下のヴァーチャルアイドル魔法少女、通称VIMが所属する事務所であるマギライブのコラボ看板となっております。よろしければライバーの紹介も致しましょうか?」
この受付の方、よく勉強をしているのね。それともファンなのかしら?
「いいえ、よく知っているから大丈夫よ」
「畏まりました」
他のメンバーが孫の友人や知人であることは知っているのよね。実際に会ったこともある。
何しろ、マギライブというのは孫が経営する会社でもあるのだから。
「――それでは、予約名義の変更は完了いたしましたので、こちらお部屋の鍵となります。お荷物の運搬が必要であればそちらのボーイに申し付け下さい」
「ありがとう、必要はないから大丈夫よ」
こちらが持っている荷物は着替えとちょっとした日用品程度なのよね。
神鳥様の鞍はウララさんがレンタル倉庫に預けて来たから、今の私達に大きな荷物はない。
神鳥様の鞍に関しては、ここに来るまでは小さな町での短期滞在だったからそこらに隠してきたけれど、以降はウララさんと神鳥様は夢幻島に向かうから、きちんと保管するために預ける必要があったの。
「それじゃあ、行きましょうか」
「はい」
『わーい! こういう所は初めてだから楽しみだなぁ』
ウララさんと神鳥様を連れて、エレベーターへと向かう。
鍵に記されている番号は――あら?
「ウララさん、ここの予約を取った際はどの部屋を?」
「え? 予約の内容ですか? それでしたら、今日で最後でしたので奮発してツインのスイートを取っていたのです」
「あら、そうだったのね。いい部屋だったから驚いちゃったわ」
となると、これはフロントの方が気を利かせてくれたのかしら? せっかくだから、少し驚かせましょうか。
「あ、料金に不安があるなら、やはり私が支払いをしましょうか?」
「ああ、そういう意味じゃないのよ。それに、お金の事ならちゃんと私に払わせてね。ここまでお世話になりっぱなしだったんだもの。ご飯やルームサービスも遠慮しなくていいから大丈夫よ。それと、ここまでにかかった費用もあとで計算して――」
「いえ、それは不要です。故郷の者達も春香のおかげで外の事を知り、魔法を使えるようになりましたし、我々一同の感謝の気持ちとしてお受け取り下さい」
「それだと私が受けすぎじゃないかしら」
「そのようなことは決して」
『ねー、そう言うの良いから早く行こうよ。というか部屋でやってよね』
「あら、それもそうね。あまり言い合っていても周りの迷惑になってしまうわね」
「た、確かに。浅慮でした……」
「なんにせよ、部屋に向かってしまいましょう。お夕飯の前にシャワーを浴びてしまいたいわ」
「そうですね。私も潮風で髪が傷んでしまいそうです……」
『ボクの羽根もちょっとごわついてるかなぁ』
途中から海辺を飛んできたからか、すっかり潮風にやられてしまっていた私達は、そそくさと部屋に向かう事になった。
『うっぷ、ちょっと食べ過ぎたかも』
「神鳥様は欲張り過ぎなんですよ」
「あら、それならちょっと休んでから部屋に戻った方が良いかしら?」
『うん、あっちの広い所に行こうよ』
部屋でシャワーを浴びた後、ホテル内のレストランで食事を摂った私達は食休みのためにロビーへと向かうことになった。
「あ、そうだったわ。ちょっと知り合いに連絡しておきたいから、先にロビーに行っていてくれる?」
『わかったー』
「わかりました」
先にロビーへ向かう二人を見送ってから、私はフロントの方へと向かった。
「ちょっといいかしら?」
「はい、何の御用でしょうか?」
「今、このホテルに私の孫が居るようなのだけれど、どの部屋に居るか分かるかしら?」
「お孫さん、ですか? お客様は藤堂様でしたよね? 今現在、こちらに泊まっている方の中に藤堂という姓の方はお客様以外に居りませんが……」
あら、うっかりしていたわ。
「説明不足でごめんなさいね。孫が藤堂の姓だったのは以前の事で、今は結婚していて四ノ宮の姓になっているの」
「ああ、旧姓でしたか。それで、四ノ宮というのですね。えっ、四ノ宮ですかっ!? あ、あの、失礼ですが、その方のお名前は……」
「四ノ宮桜香というの。ほら、あそこのパネルの桜色の髪の――」
「しょ、少々お待ちくださいっ! すぐに確認を取ってきます!」
そうして少々待たされること数分。覚えのある魔力が近づいてきた。同時に足音も。
「おばあちゃんっ!? 無事だとは聞いてたけど、なんでこんなところに!?」
「桜香ちゃん、久しぶりね。見ての通り、ちゃんと無事に戻ってこられたわ」
「それは見てすぐにわかったけど……おばあちゃんが戦っていたのって、ここからは大分離れた場所だったはずでしょ?」
「ええ、そうなのだけれど、ほら、魔女達が使う隔離用の魔術があったでしょう? それの魔道具を使ったら出られなくなっちゃって、最終的には魔女の子と協力して出られたのは良いのだけれど、その子とはぐれてしまった上にどこかの森の中に出てしまったのよ」
「いつの間にそんなものを……まあ、無事だったからいいけど。相手の魔女には逃げられたってこと?」
「あの子なら大丈夫よ。もう二度と悪さはしないと思うわ」
「うーん……ま、おばあちゃんがそう言うのなら信じるわ。それで? 森の中に出たって言うけど、どうやってここまで?」
「そこからは少し長くなってしまうから、あっちのロビーに行きましょう。お世話になった人達も居るのよ」
「ああ、誰かに助けてもらったのね。お礼を言わないと」
急いで来た為か、少し乱れていた髪を直しながら歩く桜香ちゃんとロビーへ向かう道すがら、気になっていたことを尋ねた。
「ええ、本当にお世話になったわ。ところで桜香ちゃん、身体の調子は平気?」
「え? 身体の調子? 別に何ともないけど……あたし、顔色でも悪かった?」
「ううん、元気ならいいのよ。魔力が足りないなんてこともなさそうだし」
「? それはそうでしょ? 世界樹がある限り魔力が枯渇する事なんてないんだし」
私達の世界には無かった世界樹があることを、さも当然のように知っていた。
ああ、これは……想像以上にやるせない気持ちにさせられるわね。
魔力欠乏症――桜香ちゃんは先天的に魔力の器が大きく、身体が常に魔力が枯渇している状態になっていた。
これは魔導技術の進歩によって、ある程度は解消されていたけど、それまでこの子は辛く苦しい日々を送っていた。
でも、この様子を見る限り、桜香ちゃんはその時の記憶を無くしている。
世界の融合という事象によって魔力が満ち溢れた世界になった結果、魔力欠乏症で苦しんだという矛盾を孕む記憶はなくなってしまったらしい。
辛い記憶を失ったというのは良い事なのかもしれないけれど、それでも、それを乗り越えようと頑張って来た本人や周り人達との記憶さえも失われてしまったというのは……悲しい事だわ。
「ハルカ? どうしたのですか!?」
気づけば、私達はウララさん達の傍まで来ていたらしい。
心配した様子のウララさんが慌てた様子でこちらへ寄り添ってきてくれた。
「大丈夫よ。ちょっと、覚悟が足りなかったみたい」
「おばあちゃん!? ちょっと、大丈夫!? ていうか、この人誰よ!」
「ええ、ごめんなさい。もう大丈夫よ。この方はウララさん。私がお世話になった世界樹の民という方達の一人で、ここまで送って来てくれたのよ。それと――」
『ここまで二人を乗せて来たのはボクだよー』
紹介しようとする前に神鳥様が私の腕の中にすっぽりと納まってきた。どうやら神鳥様も心配させてしまったようね。
「えっ、なにこの生き物。しゃべるカカポ?」
『これでも神の使いだよ。で、君は誰かな?』
「あ、ええ、私は四ノ宮桜香。おばあちゃんの孫よ」
『孫? あー! あのパネルの人だ! そっくり!』
「そりゃそうよ。本人だもの。というか、ちょっとここだと目立つから場所変えない? あまり目立ちたくないのよ」
『有名人は大変だねぇ。まあいいよ。ちょっと休んで楽になったし』
「では、場所を移しましょう。ハルカが心配です」
「もう大丈夫よ。油断していた所で驚かされたようなものだから」
実際はそれ以上の衝撃だったのだけれど、余計な心配を掛けないように冗談めかしておく。
それに、桜香ちゃんにも現状を知っておいてもらった方が良さそうなのよね。
少し気が滅入りそうだけれど、ここが踏ん張りどころだわ。
色々と困惑させることになってしまいそうだけれど、桜香ちゃんは現役の魔法少女であると同時に一つの組織の代表なのだから、この事態は知っておかなければならないことだものね。
話の区切りの都合上ここまで
正真正銘、この作品のストックはもうほとんどありません(2024/06/14時点)




