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第四項 雪山での出会い(第20話)

第一部 新世界の産声編 一章 交差する世界 三節 雪が降る山脈


 淫夢など見たのは何十年ぶりだろうか。


 悶々としたものを抱えながら昨晩は寝入ったわけだが、当然なかなか眠れるはずもなく、熱にうかされながら微睡んでいた。


 すると、ひやりとした空気と共に誰かの手が触れてきて――


「……生々しい夢だったな」


 ――まあいろいろと割愛はするが、起きてみたらすっきりとしていた。


 着衣などの乱れもなく、身体に溜まっていた熱を全て吐き出したかのような爽快さだった。


 毛布から匂い立つ明らかに女性の物とわかる残り香や、ただの疲労とは違った心地よい気怠さはあるが、きっと夢に違いない。


 むしろ、夢であってくれ。


 死んだ妻にどう弁明したらいいんだ、これは。


 いや、今はそれよりも気にすべきことがあった。


「夢だと思っていたとはいえ、とんでもないことをしてしまった……」


 世話になった女性に対してあのような狼藉を働いてしまった。


 おぼろげな記憶の中では嫌がるどころか、むしろ喜んでさえいたような気がするが、さぞかし怖かっただろう。


 このままでは各方面に贖罪へ出る前に、法的に断罪されてしまう。


 謝罪して済む問題じゃないだろうが、被害者には謝罪と賠償をしなければ筋が通らない。


「……よし、変異してでも彼女を探し出すか」


 こういうのは早い方がいい。


 即決してその場から立ち上がった所で、ようやく気付いた。


「あ、あのぅ……少しお時間、よろしいでしょうか?」


 いつから居たのか、少女――いや、女性が居た。


 素性をいわれるまでもなく、匂いで気づいてしまった。


 昨晩の女性で間違いなかった。


「すまなかった!」


 すぐにその場で謝罪をする。土下座だ。


「罰は受ける! 賠償金は言い値で払う! 本当にすまなかった!」


 突然の土下座に驚いていた様子だった女性は我に返ると、慌てた様子でこちらに取りすがってきた。


「あ、あのっ、何か勘違いしてませんかっ? 私、謝罪なんて求めてませんっ!」


 それは、つまり――


「死ねという事か? できる事ならばそれは少し待ってもらいたいんだが」


 さすがに今すぐ死ねと言われても困る。


 せめてするべき事を全て終えてからにして欲しい。


「違いますっ! と、とにかく、昨晩の事なら私は気にしていませんからっ!」


 どうやら違ったらしい。


 おまけに昨晩の事を気にしていないなどと言う。女神か?


 許されたらしいので顔を上げて女性をよく見ると、どことなく死んだ妻と似た顔立ちをしていた。


 いや、あんなことがあったからそう思っているだけかもしれない。


 最後に見た妻は二十代とは言え、ここまで若々しくはなかった。


 むしろ、目の前の女性は成人だとばかり思っていたが、まだ少女とも言える幼さを残していた。


 全体像としてはいわゆるアルビノと言う体質なのか、髪も肌も白く、瞳は血のように赤い。


 立ち姿は楚々としていて、小柄な体躯でありながらも白い和服のような着物を押し上げる胸部は昨晩を経た今でも視界に対して凶悪な威力を発揮してくる。


 いかん、昨晩の朧気だった記憶が目の前の姿のせいで鮮明に思い起こされてきた。


「あ、あの、苦しいようでしたら、昨晩のように鎮めましょうか……?」


 起っているが故に立てず、蹲ったままでいたら、膝をついた女性がすり寄ってきて、ほんのりと頬を染めながら上目遣いで聞いてきた。


 やはり、女神か――


「いや、大丈夫だ」


「そうですか……」


 さすがに甘えるわけにもいかず、気合と根性で抑え込んで告げると、女性はどこか残念そうにしながら引いてくれた。


 どうにか落ち着き、互いに座ったまま向き合う。


「まずは、自己紹介をしよう。俺は百鬼燈牙と言う者だ。結社と戦っていた者の一人で、戦いの後に気が付いたらこの山に居た」


 自己紹介としてはこんなところだろうか。


 さすがに結社の事を知らない者はいないはずだし、結社に敵対していた組織など山ほどあるから、俺が怪人の悪鬼だったとは思われないだろう。


 女性は驚いたり訝しんだりと、ころころと表情を変えた後、なぜか慈愛の表情でこちらを見て、自己紹介をしてきた。


「トーガ様と言うのですね。私は細雪と言います。この山の中腹にある村落で暮らしています」


 細雪とは、見た目も相まってなんとも雪女っぽい。


「ささめさん、でいいのか?」


「あ、いえ、細雪が名前です。家名ではありませんよ? 呼びにくかったら、お雪と呼んでください」


 お雪か。確かにその方が呼びやすいな。


「では、お雪と」


「はいっ。それで、トーガ様は――」


 それだ。なぜ様付けなのか?


 俺はお雪の言葉を遮った。


「俺の事も燈牙で構わない」


 そもそも、罵倒されこそすれど、様付けされるようなことをした覚えがないんだが?


「え、ですが、失礼に当たるのでは」


 何が失礼なんだろうか?


 俺と彼女の認識が、何かかみ合っていない気がする。


「そんなことはない」


「そう、ですか? では、その、トーガさんと呼んでもいいですか?」


「ああ、それでいい。それで、お雪はなぜ今日になって姿を現したんだ?」


 これまでの食事や毛布を運んでくれていたのは、お雪で間違いない。


 俺の気配察知を凌駕する隠密能力、礼をしようとあたりを探そうとすると、なぜか発生する大吹雪。


 何らかの関係があるのだろうが、まさか本当に雪女だとでもいうのだろうか?


 俺の知っている雪女は気に入った男を氷漬けにするとか、或いは気に入った男の元へ正体を隠して嫁ぎに来るといったものだ。


 そもそも、妖怪なんてものが実在するのか?


 今日になって姿を現した以上、その答えは彼女が持っているはずだ。


「はい、本日はトーガさんを私達の村落へ迎え入れるために、こうして姿をみせました」


 なるほど、彼女達の村落へと俺を迎え入れるために、か――


「ん? それこそ、なぜ今日になってなんだ? あ、いや、俺の素性でも探っていたのか?」


 言われてみたら、素性がわからぬ怪しい者を村に入れるわけにもいかないか。


「はい、それもありますが、乱暴な方を村に迎え入れるわけにはいかなかったので……」


「ああ、俺の人柄も見ていたのか」


 結社相手に戦い続け、悪鬼と呼ばれたものだが、一般人に手を出すほど落ちぶれてはいないつもりだ。


 とりあえず、彼女らのお眼鏡には適ったらしい。


「はい、後はその、昨晩の事も決め手になったので……」


「ん? 昨晩?」


 昨晩と言ったら、昨晩のあれの事か? それがどう関係してくるんだ?


「はい、トーガさんには私の旦那様になっていただきたく――」


「すまん、それは無理だ」


 突然すぎるし、さすがにまだそこまで妻の事が割り切れていない。


「そんなっ!? 昨晩はあんなに愛してくださったのに!」


「それはそうなんだが、話が急すぎる。それに、妻とは死別したとはいえ、まだ彼女の事を想っているんだ」


「私だって夫とは死別していますけど、もう割り切りましたし一児の母ですけど新しい恋に生きます!」


 変な所で妙な共通点がある物だが、勢いに恐ろしい物を感じる。


 思わず引いていると、我に返ったのか、お雪が姿勢を正して言い直してきた。


「……こほん、確かに急すぎたのは謝ります。でもこれには訳があって、トーガさんは私の連れ合いという事にしておかないと大変なことになるのです」


「そうなのか?」


 さっきの今でそのようなことを言われても、いまいち信用できない。


 そんな俺の思考をよそに、お雪は至極真面目な顔で言った。


「はい、これからお連れする村落は、私達――雪女の村なのです」


 確かにそれっぽいとは思っていたが――


「本当に雪女だったのか……」


「え、雪女を知らないのですか? 恋人にしたい種族なんばーわんだと聞き及んでいるのですが……」


「なんだそのランキングは……」


 急に俗っぽくなるのはやめてくれ。


 なんだかよくわからないが、妙なことになっているという事だけはよく分かった。

この作品の雪女のイメージは

KAKERU氏の『天空の扉』の影響を受けています

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