嫌気がさした英雄(第2話)
序章 滅びゆく四つの世界②
二人目の主人公 龍王 ドルガノス 男 年齢不詳(推定1000歳以上)
其の世界は、不死の英雄の君臨により緩やかに滅びを迎えようとしていた。
その世界ではかつて、神を称する者達の戯れによって終わりなき闘争に明け暮れていた。
魔物と呼ばれる強大な存在によって、その世界に住まう人々は苦しく辛い生活を強いられていた。
その中でも数少ない強者達は魔物を退け、多くの弱者達は強者達を支えながら辛うじて暮らしていた。
強者達の大半は魔物に対抗できる種族であることから抗魔族と呼ばれており、彼らを束ねる存在は魔王と称され、多くの人々に慕われていた。
強大な魔物達が最前線で戦い続けていた強者達によって倒され、魔物の脅威が薄れるに連れて、強者達は一人、また一人と倒れ、永き眠りについていった。
しかし、強大な魔物達が倒れてもなお、全ての魔物による脅威が去ったわけではなく、残された人々は徐々に追い詰められていった。
抗魔族を統率していた魔王は強大な魔物との戦いで深く傷つけられて前線を退き、その眷属達も魔物の侵攻に抗うも、人々の生存圏は徐々に狭まりつつあった。
そんなある日、神を称する者によって弱者として守られていた人々の中に強大な力を持った者達が生まれるようになった。
これにより、人々は多くの魔物を退けることに成功し、束の間の平和を築いて行くこととなった。
やがて、力を得た彼らが勇者と呼ばれるようになった頃、その中の一人があろうことか魔王に戦いを挑み、これを打ち破ってしまうと、その眷属達も葬っていった。
その日から、かつての力なき者達による世界の統治が始まり、仮初の平和を手にした世界は混迷の日々へと向かっていく。
魔王が倒されてから、あまりにも永い時が過ぎた。
かつての弱者達は自らを人族と称し、それ以外の人型種族を亜人族と称して隷属させていた。
また、先の戦いで生き残った魔王の眷属達は魔族と称され、迫害の対象となっていた。
人族の中でも特に大きな力を持つ者達は自らを王と称し、それぞれの国を建ち上げ、自身の治める領土を広げようと戦争に明け暮れていた。
永い時の中で、人族はかつての自分達が弱者であったことを忘れ、亜人族達との関係もすっかり拗れてしまっていた。
それを見計らうかのように、また新たな神を称する者が現れて亜人族達に力を与えた結果、人族の国の幾つかは亜人族による反乱を引き起こしてしまう。
更にはかつて最前線で魔物達と戦っていた強者達、現在では希少種と呼ばれるようになった抗魔族が姿を現し始めた。
力を得た亜人族達は、かつて魔王が居を構えていた地に陣取る人族の王を打ち倒すと、そこに亜人族達の国を建ち上げた。
人族の王を打倒したのは偶々目覚めた希少種の女性で、彼女の力を借りて亜人族達は人族の王を倒すことに成功していた。
希少種の女性は現在の世界に憂いを抱き、かつての世界を取り戻そうと動き始めた。
その後もかつての戦いで力尽き、眠りについていた希少種達が、亜人族の国へと集いはじめていた。
希少種達はかの戦いで力尽きた為に眠りについて回復に努めていたが、目覚めた現在も全盛の力は失われていた。
その折に、人族の王を倒した希少種の女性が自身の力を取り戻したことに気付く。
加えて、仲間に加わった希少種の青年からもたらされた情報により、力ある人族を倒すことで自身の力を取り戻せることが判明する。
これにより、亜人族の国は本格的に人族の国と争っていくことになる。
亜人族の国は希少種達の力を借りて人族の王を討ち取りながら、その勢力を広げていく。
長らく争いあっていた人族の王達はこれをきっかけに団結すると、亜人族達の勢いを押し返し始めた。
しかし、とある希少種の青年が奇襲によって王の一人を討ち取ると、大きく力を取り戻した彼の手によって人族の王達は次々と討ち取られていった。
最後に残った人族の王は降伏の道を選び、自らの力を手放した。
人族の支配から解放された亜人族は人族への憎しみを捨て、共存の道を取る事となった。
王の大半が死に、最後の王も王位を退き、共存することとなった人族と亜人族には新たな指導者が必要だった。
人族の王は短命であったが故に人族と亜人族の関係は悪化していったという意見から、新たな指導者には長命の者が選ばれた。
亜人族を導いた女性を精霊女王、最前線に立って亜人族を勝利に導いた青年を龍王と称し、亜人族の国は新しく生まれ変わる。
こうして真の平和を取り戻した世界は二人の王の元、恒久の平和を手にすることとなった。
そして、我らの築いた永すぎる平和は神を称する者達の不興を買ったらしい。
実際、我らが王となってからの世界には大きな争いが起きることもなく、退屈と呼べる程度には平和であった。
大した脅威もなく、血で血を洗うような争いもなく、誰かが貧困に苦しむこともない。
それこそ、不慮の事故や不治の病でもない限りは寿命が全うできる世界だ。
平和を願って共に戦い、死んでいった亜人族達は、この世界を見て喜んでくれるのだろうか。
戦いを生き残った者達は寿命によって今の世を見ることもなく、我らに後を託して逝ってしまった。
志を共にして戦ったはずの同胞達は、平和な世に飽きて何処かへと姿を消してしまった。
残ったのは王の責務を押し付けられた我と、我とは違って女王の責務を自ら負った女だけだった。
それを好機と取ったのか、神を称する者達が直接仕掛けてきた。
久しい強者との戦いに滾った我は逃げる奴らにまんまとおびき寄せられてしまったのだ。
神を称するだけあって奴らはなかなかに手ごわかったが、結果は我の勝利に終わった。
世界が停滞するだの争いは必要だのとほざいていた気がするが、我の知ったことではない。
そうして国元へと戻った我が目にしたのは、物言わぬ躯と化した女だった。
だから、神を称する馬鹿者共は、我がこの手で存在のひとかけらも残さず滅ぼし尽くしてやった。
そして、我は、一人になった。
――否、我にはまだ守るべき者達が居た。
その時から、我は真の王となったのだ。
「しかし、退屈だな」
真の王となった我だが、王の仕事とは存外に退屈な物であった。
こう言っては何だが、超越者である我にとって書類仕事程度はどれだけあろうと瞬く間に処理できてしまう。
統一国家故に国交を行うような国もないので、偶の散歩以外に外に出ることもほとんどない。
そもそも、我の判断を等と言って渡してくるが、こんなもの我が判断するまでもないだろうに。
むしろ、我って必要か?
神を称する者達も滅してしまった今、もはや、この世界に脅威など存在しない。
「……ふむ、我はもう要らぬ、か?」
我自身、反抗勢力への抑止力でもあったのだが、これまで徹底的にやってきた為か、ここ数千年はその手の輩も現れていない。
今では暗殺者を送り込んでくるような気概のある者も居らぬようになったことだし、大丈夫であろう。
そうと決まれば後は宰相あたりに任せて我は隠居してしまおう。
世を平定してからは遠出すら出来ておらなんだ。
今の世の中をしかと目にする権利が我にだってあるはずだ。
そう考えると、今の生活にだんだん嫌気がさしてきた。
「よし、とりあえず千年程度かけて世界を巡るとするか」
おっと、その前に本日分の書類くらいは始末しておくか。
さて、王を辞める決心こそついたものの、問題はどのように宰相達を説き伏せるか。
我には後継者がおらず、後を継がせようと画策している宰相にはその気が全くないのが困りものだ。
数万年――いや、億は越えていたか? ともかく途方もない期間、我は王として君臨してきたのだ。
正直、我はもう疲れた。
「というわけだから、我は王を辞することにしたぞ」
「……は?」
「ではな宰相。後は任せた」
「は? え? はぁっ!? ちょっ、お待ちくださ――待てやこらぁっ!」
うむ、あれだけ元気なら、後の事はどうにかしてくれるだろう。
あやつは我に仕えてきた宰相達の中でもとびぬけて優秀だし、面白いやつだ。
これで我が国――いや、我が古郷も安泰だな。
何かを喚きながら引き留めようとする宰相を尻目に、我は城の窓から広大な世界へと飛び立った。
これも再編予定。