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魔道具店夢乃屋  作者: 青崎衣里
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~プロローグ~ 黒猫を飼い始めた②


 拾った猫の名前はクロにした。

「さすがにシンプルすぎるか?」

 あれこれ考え、迷ったものの、シャレた名前がどうにもピンとこなかったので結局直球でいくことにした。


 まだ発情期に入っていないのか、オスのわりにクロはとても聞き分けのいい、おとなしい猫だった。トイレはすぐ覚えたし、私が出かけている間にいたずらすることもなかった。


 今まで猫を飼ったことがなかったので比較できないが、ネットで見かける数々の面白エピソードからしてみると、我が家のクロはかなり手間いらずの賢い子のようだ。


 代わりに時折、フイと姿を消すことがあった。


 しっかり戸締りしているはずなのに、いつの間にか居なくなっているのだ。どこかの隙間に入り込んでしまったのかと思って懸命に探しても見つからない。


 最初はかなり焦った。交番に届けたりネットで呼びかけたりするべきだろうかと迷った。ところが数時間して玄関の戸をカリカリと爪で引っ掻く音がして、開けてみるとクロが何食わぬ顔で立っていた。


 ただいまの代わりに短く「ニャア」と鳴いて、さっさと家に入ってくる。それからはいつも通り。静かに水を飲み、餌のカリカリを半分ほど腹に収めてから、窓際に置いたお気に入りのクッションでくつろぎ始めた。こっちはホッとするやら拍子抜けするやら。


「いったいどこに行ってたのよ?」

「……ニャアァ」

 まだ、教えられないね。そう聞こえたような気がした。



 あの雨の日から、およそ半月。

 クロはじきに毛艶がよくなってきた。窓際でよく眠り、しっかり餌を食べ、きちんとトイレもできているので、だんだん健康になってきたのだろう。


 私はというと、その間、転職サイトで見つけた会社へ面接に赴くこと三回。残念ながら、今のところすべて空振りだ。一社目はキャリア不足だと告げられた。

「うちは管理職経験者が欲しいんですよね。UX戦略に関わった経験がある方とか」

「はぁ……そうですか」

 募集要項にはそんなこと書いてなかったぞ。ハイクラス転職募集って書いといてくれ。


 二社目は社員の表情がどんよりしていてブラックな職場環境が窺い知れた。残業は十時間以内と言われたが、もしかすると残業と認めてもらえるのが十時間までなのかもしれない。三社目は面接前に公共料金の取り立てに来ている場面を目撃してしまい、そのまま帰宅した。


「どうしたもんかしらね」

 クサクサするので部屋の大掃除でもしようと窓を開けて掃除機をかけ始めたら、クロがぴょんと窓枠に上り、外へと飛び降りた。


「ちょっ……!!」

 しまった!


 猫は掃除機の音が嫌いだと聞いたことがある。びっくりさせてしまったかもしれない。慌てて階下を覗き込むと、駐車スペースになっている隣の空き地にちょこんと座っているのが見えた。どうやらケガはしていないようだ。

「…………びっ……くりしたぁ」

 ここが二階でよかったと、ひとまず胸を撫で下す。

 とはいえ脱走はこれで四度目だ。放っておくわけにはいかない。急いで部屋の鍵をつかむと自分も表に飛び出した。


「クロ! ……クロ?」

 こんなときのために小さな鈴を取り付けたリボンを首に巻いておいたのだ。脱走犯を確保するべく周囲をぐるりと見渡し、耳を澄ます。


 背後でちりんと音が鳴った。

「いた!」

 敷地から出て道路を渡っていく姿を視界の端に捉えて、ますます血の気が引いた。家の前は細い路地だけど車がまったく通らないわけじゃない。


「こらこら! 待ちなさい!」

 必死に走って追いかけているのに、あと少しというところでするりと逃げられ、また距離が開く。二度、三度と追いかけっこをくり返し、気づけばよく知らない道に入り込んでいた。駅とは反対方向だから普段まったく足を踏み入れたことのないエリアだ。


「どこに行くのよ」

「ニャアァ!」

 クロはまるで私を導くように幾度も立ち止まり、ひと声鳴いて、また走り出す。


 じわじわと嫌な予感がし始めたころ、仔猫の逃避行は突然終わりを告げた。



読んでくださってありがとうございます。

続きもよろしくお願いいたします。

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