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魔道具店夢乃屋  作者: 青崎衣里
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第7話 魔法の笛①

――――ここは魔道具専門店。

今日も訪れるのは変わったお客様ばかり。


店主となった雫川琴音が言葉が話せる不思議な黒猫と共に、

さまざまな世界からのお客様をお迎えいたします。



 営業二日目の朝。

 私はスマホのアラーム音で目覚めた。


「…………朝か」

 カーテンの隙間から床にこぼれ落ちている陽射しが眩しい。

 今日も天気はよさそうだ。


「でも、まだ眠い…………やっぱ夜九時まで店開けてると、必然的に寝る時間も遅くなるなぁ。絶対お肌によくないよ~」


 しばらくシーツに潜ってウダウダしていたが、今日は予定があることを思い出して仕方なく起き上がり、ベッドを這い出た。カーテンを引き、窓を開け放つ。


 近くの電線に止まっているスズメが元気に鳴いている。

 空には雲ひとつない。


「うん、いい天気」


 気持ちがいいので、その場で大きく朝の空気を吸い込んだ。全身に纏わりついていた眠気が少しずつ遠のいていく。


 ふと視線を落とすと、店の前の道に佇んでいる人影を見つけた。


「え!? こんな時間から?」

 目覚ましの設定時刻は午前六時半。勤めに出ていた頃より三十分早い。

「まさか、うちのお客さんじゃないよね」

 さすがにこの時間からやってくる客なんているはずがない。


 きっと扉の前に立っているのは偶然で、何か別の理由で立ち止まっているだけだと思う。誰かを待っているとか。……たぶん。


「おっと、こんなことしている場合じゃないわ」

 私は窓を閉めると、急いでパジャマを脱ぎ捨てた。


 仕事は昼からだから本当はもっと寝ていても構わないんだけど、閉店時間が夜九時ということは仕事終わりにスーパーに行くことができない。駅前のコンビニに駆け込んでレトルトやお弁当を買うのもたまには有りだけど、毎日は不経済だし健康にもよろしくない。なので、できれば家事はできるだけ午前中に済ませておきたいのだ。掃除、洗濯、食料や日用品の買い出し。やるべきことはそれなりにある。


 加えて、今日はもっと大事な用件が控えていた。

 区役所での住所変更と郵便物転送届の提出。


 日常がファンタジー色強めになってきているのでうっかり忘れそうになるけど、私がいるのは異世界じゃなくてごく普通の現実世界。当然、役所への届け出とかリアルな面倒ごとも避けては通れないわけで。ちゃんとこの店にも番地があるらしい。


 転送届はネットでもできるみたいだけど、同じ区内でも住所変更は窓口に行く必要があると区役所のホームページに書いてあった。どのみち住民票だけじゃなくて年金や健康保険の住所変更も必要だから、できれば一緒に済ませてしまいたい。そうすると結構時間がかかりそうなので、もしも窓口が混んでいた場合、下手をすると開店時刻に間に合わなくなってしまう。


 しかも役所はちょっと不便な場所にあって、その方面を通るバスは本数が少ないときている。だから目覚ましアプリのアラーム時刻を早めにセットしておいたのだ。窓口が開く時間を狙って行くためには、ぐずぐずしている暇はない。


「よし、やるか」

 私は手早く着替えを済ませると、洗面所に向かった。

 身支度を整えたら、まずは洗濯だ。




「うーん、いい香り……」

 淹れたてのコーヒーの香りが鼻孔をくすぐる。


 トレイにはこんがり焼いたトーストとスクランブルエッグ、ウインナー、ちぎったレタスが少々。時間がない朝はインスタントコーヒーとトーストだけだったりするんだけど、今朝はちゃんとドリップコーヒーを淹れた。その方がしっかり目が覚めるから。


「なるべく早く戻ってくるけど、留守番お願いね」

 私は少し焦げたウインナーをもぐもぐと頬張りながらクロに伝えた。


「口の中に物を入れたまま喋るのはマナー違反。行儀悪いよ」

「……ふぁい」

「大丈夫だから、慌てて転んだりしないようにね」

「しないよ、子供じゃないんだから」

「どうかな。琴音は案外そそっかしいから」

「ひどーい。これでも前の会社やご近所ではしっかり者で通ってたのに」


 仔猫(本当は全然子供じゃないけど)に心配されるほど、私は抜けているのだろうか。

 そう考えると、ちょっと落ち込む。


「……そういえば昔、母さんにも言われたことあったっけ」



 しっかり者の琴音ちゃん。

 学校や近所のおばちゃんたちにはそう呼ばれていたし、自分でもそう思っていた。

 年下の子たちには世話焼きタイプのお姉ちゃんで通ってたっけ。


 でもうちの母親が一人娘に抱いていた印象は、世間とは少し違っていたみたいで。


『あんたはしっかりしてるようで、ちょっと抜けてるとこあるから、面倒なことに巻き込まれたりしないか心配だわ』

『そうかな。誰にもそんなこと言われたことないけど』

『鈍いわけじゃないのに、暢気でお人好しなんだもの。お父さんそっくり』

『嬉しくないな』


 いつだったか、そんな会話を交わした覚えがある。

 母がまだ元気だったから学生の頃だ。


 そして、その憂いは社会人になって見事に的中してしまった。

『余計な口出しさえしなければ、目を付けられることもなかったのに』


 ――――唐突に過去の苦い記憶が甦る。とっくに振り切ったから、もう胸が痛むこともないはずなのに。

 やっぱり私は少し迂闊なんだろうか。



「……音」

 どれだけぼうっとしていたのだろう。

「琴音」

「ん?」

「そろそろ出る時間じゃない?」


 クロの声で我に返ると、いつの間にか時計の針は八時を回っていた。

「あ……やばい! ゆっくりしすぎた」


 慌ててトーストの最後のひと口を頬張り、コーヒーと一緒に喉に流し込む。空いた食器はひとまず流し台へと運んだ。片付けは戻ってきてからにしよう。


「えーと、スマホと財布と身分証……だけでいいんだっけ?」

 結局、出る時間ギリギリになってしまい、裏口の門扉に引っかかって躓きそうになったけど、転ばなかったからセーフということにした。




読んでくださってありがとうございます。

続きも何卒よろしくお願いいたします。

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