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異端審問とヤギの聖獣カルマ、そして悪魔たち

婚約破棄された令嬢と空から降る花

作者: 恵京玖

「こんばんは、お嬢さん」

「わあ! ヤギが喋った」

「フフン。僕はヤギの聖獣だからね。お話しも出来るのさ」

 令嬢がヤギの姿のカルマに「触ってもいいですか?」と聞くと、「もちろんだとも」と紳士的に答えた。若かくて可愛い令嬢にたっぷりと撫でてもらって、カルマもご機嫌だ。

 令嬢は真っ黒な髪と瞳、服は質素な感じだ。服はちょっと汚れているし、手荒れや傷もある。そして少しやせている感じがする。だが顔も穏やかで可愛らしい感じだ。

 カルマのおかげで、この令嬢の緊張も解けただろうか? 何せ、私は仮面を被っているのだから怖いと思われる。それに職業も。

 そう思っていると彼女は私と目が合い、しまったという顔をした。

「あ、申し訳ございません。馴れ馴れしかったですね」

「全然、大丈夫ですよ。ご令嬢! もっと触っても」

「カルマ、そろそろ本題に」

 私がそう言うとカルマは不貞腐れされた顔になって戻ってきた。

「えっと、異端審問の方、ですよね」

「ええ」

「なんか、若い感じがして」

「見た目より年いっているよ、わが主は」

「余計な事を言わなくてもいい!」

 私とカルマの話しに令嬢はニコニコと笑ってくれた。

 

 さて、本題に入ろう。

 令嬢の住まいから近い教会から談話室を借りて、早速質問をする。

「昨日、懺悔室で神父に話したことをすると思います。まずはお名前と今の身分を」

「ルナリア・ハーゲルです。セリシノ女学校二年」

「前ハーゲル子爵の娘ですね。でも五年前に父親と母親が死亡。子爵の当主はあなたではなく、父親の叔父に移った」

「はい、そうですね。私ではどうする事も出来なかったので」

「そしてククルス男爵のご子息と婚約しているんでしたっけ」

「それは、破棄されました」

 苦笑するように言っているが、目には涙が浮かんでいる。すかさずハンカチを渡して、「大丈夫?」と聞くとルナリアは「はい」と答えた。

 そして私にハンカチを渡して、彼女は幽かに笑った。

「その方がいいですからね」

「そうですか。では、次の質問です」

「はい」

「異世界から転生した悪魔の情報ですが……」




 周辺諸国に厚い信仰がある【聖十二神】教会の組織、異端審問は悪魔召喚に関わった人間を取り締まり、そして悪魔を元の世界に帰している。

 もちろん恐ろしく言葉が通じず、意思の疎通も出来ない上に暴れるだけの悪魔もいるが、その中には異世界から転生、および召喚した普通の人間も含まれている。


「ルナリア! そこに居るんだろ! 君に話したいことがあるんだ!」

 ドンドンと教会のドアを叩く青年の声が響く。突然の来訪者に私とカルマはちょっと面倒な事になったなと思いながら、顔を見合わせた。

「元婚約者かな?」

「だろうね。神父に門前払いしても無理そうだ。仕方がない、私が彼に事情を説明する」

「じゃあ、僕はルナリアの警護に行くね」

 私は「セクハラしないようにね」と軽口を言うと「フフン」と笑って、カルマはカツカツと音を立てながら階段を上がっていった。

 未だにルナリアの名前を呼び続ける青年にオロオロしている教会の神父に私は言った。

「先ほどルナリア嬢とお話しした談話室で彼とお話しします。彼を通してください」

 神父は恭しくお辞儀をしてドアの方に向かった。


 神父の案内で青年は私のいる談話室にやってきた。

「ルナリア! ……あれ?」

「申し訳ない。彼女は君に会えません。よって、私が事情を説明します」

 談話室のドアを勢いよく開けた青年は驚いた顔で私を見ていた。

 確かにルナリアに会えると思って談話室に入ったのに仮面を被った人間がいて、驚くに決まっている。そしてすぐに不信感でいっぱいで彼は「あんたは?」と睨んで聞いてきた。

「私はルナリアの代理人です」

「違うだろ」

「ええ、異端審問です」

 大抵の人間は異端審問と答えたら、恐ろしいものを見たような顔や言われもない罪を言われるんじゃないかと不安や驚きの顔を見せる。

 だが彼は一切、表情を変えず私を睨んでいた。なかなか肝が据わっている。

 とりあえず彼を席に座らせて、私は口を開いた。

「君はダリア・ククルスだね」

「ああ、そうだ」

「それでルナリアの妹、シレネ・ハーゲルの婚約者ですよね」

「シレネはすでに婚約破棄した」

 私は軽く笑って「二回目ですよね、婚約破棄」と言う。馬鹿にされたと思ってダリアは「だから何だ!」と怒った。

「元々僕はルナリアと婚約していたんだ。だが彼女の父と母が亡くなり、ハーゲル子爵の当主は叔父に移った。それと同時に私達の家族も結婚は叔父の娘シレネにした方がいいと言われた。僕は拒否し続けたが、根負けしてルナリアと婚約を破棄したんだ」

 ……ルナリアが語った話しと、ちょっと違うな。そう思いながらダリアの話しを聞く。

「だが今日、ハーゲル子爵に異端審問の家宅捜査に入った。僕も家族も異端審問に睨まれた人達と関係を持ちたくない。だからシレネと婚約破棄をしたんだ」

「あれ? ルナリアもハーゲル子爵の人ですよね」

「彼女の叔父家族が問題を起こしたんだ。彼女は関係ない。しかも彼女は元々当主だった子供だ。それなのに叔父夫婦は無理やり当主になって、彼女に酷い扱いをしてきたんだ。だから彼女が今後、ハーゲル子爵の当主になればいい。家の信頼を回復するのは難しいだろう。でも僕も全力で力になる。彼女の支えになりたいんだ」

 言葉一つ一つに力を入れて、私を説得する。それを私は「幸せな計画だな」と切ない気持ちで聞いた。何にも知らないからこそ、彼は希望ある未来設計を立てているのだろう。

 彼を観察するとくすんだ茶色の髪と目をして、真面目な雰囲気があった。彼の話しを聞くと若気の至りとかで「真実の愛」と言いださないだろうなと思う。


 ダリアは熱く語り、そして「もしかして」とある事に気が付いて口を開いた。

「叔父家族の不正を密告したからルナリアは教会に匿われているんだろう? 襲われると考えて会わせてくれないのでは? そう思っているなら大丈夫だ。僕は彼女の味方だ」

「いいえ、違いますよ」

 ダリアの見当違いの可能性を否定して、私はポケットからある物を取り出した。それに見覚えがあるようで、ダリアも「これはルナリアの」と呟いた。

 それは紙の花だった。正方形の紙を複雑に折り畳んで作られたものだ。ルナリアが持っていたもので少しだけ色あせていて古びていた。

「見たことがあるんですね、ダリア」

「ああ、両親の形見らしい。でも彼女の叔父に見せたら処分されると考えて、ずっと肌身離さず持っていたんだ。それに彼女も作ることができるんだ、その紙の花を」

「これ、【オリガミ】と言われるものらしいですよ」

 ダリアはちょっと使える雑学を聞いたような感じで「へえ」と言った。その反応がちょっと間抜けっぽなと思いながら、この【オリガミ】について残酷な事実を伝える。

「これは我々の世界にない文化です」

「え?」


「そう、彼女は別の世界から来た悪魔なんです」


 ポカンとした顔でダリアは私を見ていた。だがすぐに肩を震わせて怒りで怒鳴り出した。

「ふざけるな! 彼女が悪魔なわけがない! あんな心が綺麗な子が」

「あ、申し訳ない。つい専門用語を言ってしまいました。彼女は異世界から召喚された子と言うべきでしたね」

 異端審問は悪しき過去の認識により【悪魔】と言ってしまう。謝罪をしたがダリアは私を睨んだままだった。仕方がない、証拠を出そう。

 彼の見ている前でルナリアが大切にしていた紙の花を広げていった。

「おい! このお守りは複雑に折り畳まれていたんだぞ。広げたら、元に戻らないだろ!」

「大丈夫です。元に戻す必要はないので」

 そう言って紙の花を一枚の紙に戻して、裏面を見た。

 そこには魔法文の羅列と奇妙な円と記号、召喚した契約書だ。




 ダリアは明らかに落胆して、「嘘だろ」と呟く。

「いいえ、事実です。ルナリア、本名はスズキ ハナらしいです。ちなみに名前がハナ」

「どうして? あの叔父夫婦があの子を召喚したのか?」

「いいえ。前当主のハーゲル子爵、ルナリアの父親です」

 ダリアは意味が分からないと言う顔になり、私は今後公表される事実を話す。

「前当主のハーゲル子爵は一人、子供がいたのですが体が弱くて五歳の時に亡くなりました。その時の奥方はこのまま亡くなった子供の元に行くのでは、と思うくらい悲しんだそうです。そこで彼は異世界から五歳くらいの女の子を召喚したのです。それがスズキ ハナ、今のルナリアです」

「……」

「彼女の前の世界での記憶は消しましたが、オリガミの折り方は覚えていたようです。そこで前当主は面白いと思い、契約書を彼女にオリガミのように折ってもらい隠しました」

「……だが前当主も奥方も亡くなった。それなのにルナリアはまだいるぞ」

「契約書にはルナリアが亡くなった、または自身が帰りたいと願い出た時に元の世界に帰る事になっています。それに契約した人間がいなくても継続されますよ」

「だったら異端審問が無理やり元の世界に帰さなくてもいいじゃないか!」

「前はこの世界に留まりたいなら希望を叶えようかって話しがあったのですが、やっぱり異世界から来た人間。良くも悪くも影響が出ます。召喚された人間を見つけ次第、元の世界へ帰す決まりになっています」

「ルナリアはどう思っているんだ? 嫌がっていないのか? 叔父夫婦が強制的に……」

「これはあの子の希望です。それに叔父夫婦は召喚には関わっていないです。だが確証はないが、異世界から来ているとは知っていたようです。そして娘のシレネも夫婦の会話などで知って、数日前に、うっかり召喚された人間ってルナリアに言ったようです。『召喚された人間なんだから、元の世界に帰れって』っと。それで彼女は昨日、教会の懺悔室で神父にお願いしました。自分は違う世界から来たのだから帰りたい、と」

 ダリアは大きなため息をついて「僕のせいなのか?」と尋ねたので、私は「それは分からない」と返した。

 だがダリアは頭を抱えて「いや、僕のせいだ」と言った。




 ダリアは頭を抱えて黙ったままだったが、口を開いた。

「僕は家族に言われてルナリアに婚約破棄をしたわけじゃないんだ。初めて会った時から、彼女が好きだったんだ。あの子はずっと優しかったし、でも気弱だったから守ってあげたいって思っていたんだ」

 何も言っていないのに、ダリアは語り出した。

 仕方がない。異端審問とは言え十二神に仕える身、この男の懺悔を聞こう。

「だけどルナリアの両親が亡くなった。いや、両親ではないな。でもルナリアを召喚した人間だけど、本当にルナリアを愛していた。ルナリアも両親が大好きだったし。でも彼女の両親が死んだ後は叔父夫婦たちがハーゲル子爵の館を乗っ取ったんだ。あいつらはやり手だったし、金もうけの才能もあったんだ。うちの家族は最初、不審に思った。でもあいつらの口車に乗って、結局ルナリアとの婚約の約束も忘れて、シレネと結婚しろって言ってきたんだ。でも叔父夫婦はあの子に対して酷いことをしているから、結婚して彼女を守ろうって思ったんだ」


 ルナリアの身辺調査で、叔父夫婦は家では虐待に近いこともしていた事が分かった。女学校には通わせていたが、家では掃除や洗濯などを一人で任されていたらしいし、暴力もあった。特にシレネは彼女の私物をほとんど壊していったらしい。

 それでも彼女は叔父夫婦達は召喚に関わっていないため罪には問わないでほしいと恨まずに彼らの心配をしていた。

 自分の事より、他人を心配する本当にいい子だと思う。守ってやりたいというダリアの言葉は本当だろう。 


「拒否したら、今度は『ルナリアはたくさんの男をたぶらかす女』だってこの街で噂を立てられた。もちろん、そんなはずないって分かっていた。だけど昨日の夕方、男性がルナリアを抱きついていたのを目撃したんだ。僕に気が付いたルナリアは、男はいきなり抱きついてきたって言ったけど、男はルナリアと付き合っていると言い、更に、僕を挑発して侮辱して……」

「それで思わず婚約破棄と」

「そう、短絡的だったと思う。それに彼女がそんな事をするはずがないし、男性の情報を調べたらルナリアとは付き合っていないし、ルナリアの叔父が金で僕を貶めるためにやったって分かった」

 私は「なるほど」と相打ちをする。この男、結構短気なんだな。

「僕はルナリアに酷い事を言った。会わせてほしい」

「申し訳ない。異世界から来たと分かったら、教会の人間以外は会わせないって事になっているんです。でも伝言を承る事なら出来ます」

 私の言葉にダリアは首を振り、「誰かに伝えるとかなんて無理だ」と言う。

「僕はあの子に、ルナリアに謝りたいんだ。婚約破棄だ、お前の顔なんて見たくないって言ってしまい、ものすごくショックな顔をしていた。ものすごく傷ついたと思う。だから謝りたいんだ。そしてもう一度、彼女と一緒にやり直ししたいんだ」


 その時、二階からガタッという音が聞こえてきた。


「もしかして二階にルナリアがいるのか?」

 あ! マズイ! そう思って、談話室のドアを魔法で閉めた。ダリアがガチャガチャと音を立てるが、決して開かない。

「クッソ! このドアは鍵なんてついていないのに! 開けてくれ!」

「無理です」

「なんでだ!」

 心の中で、こうなるからだよ! と呟いた。

 これから異世界に帰ろうとしているのに、ずっと好きな人がやってきたら帰りたくなくなるだろう。これでやっぱり、この世界に居ます! ってルナリアが言い、ダリアを無理やり引きはがして元の世界に返すのは異端審問でも心苦しいし無駄な労力だ。

 私はひどく残酷な事を言う。

「ダリア、確かにルナリアが元の世界に戻るって決めたのは君のためだ」

「僕のためじゃないだろ! 僕のせいでだろ!」


「違う! 例え、君と結婚したとしても我々、異端審問が嗅ぎつけてルナリアを異世界に帰す。その時に君に迷惑がかかるだろう!」


 ダリアがドアを開けるのをやめて、俯いた。

 私は厳しい事を言わないといけない。

 異端審問は奇跡なんて起こさないし、こうして誰かを絶望に落としている。汚れ仕事だと誰かは言う。でも言わないといけない。

「ダリア、どういう運命だろうと異端審問の我々はやってきてルナリアを元の世界に帰す。だとしたら、喧嘩して婚約破棄したままで居なくなった方がいいとルナリアは思って、教会に密告したんだ!」

「でも、……」

 ダリアはずっと開かないドアを見続けていたが、やがて戻って席についた。




 ダリアは黙って教会の玄関を開けた。その表情は当然、暗い。頭の中でどうやってルナリアを幸せに出来たのかと考えているのかもしれない。

 すでに夜は更けて、白い月が頭上に浮かんでいる。そして少し寒くなっており、ここの教会の神父がダリアに外套を貸してあげていた。

 ふっとダリアはルナリアがいる教会の二階をじっと見ていた。当たり前だが未練があるのだろう。

「では、神に誓ってちゃんとルナリアに伝言を言います」

「……お願いします」

 ダリアから伝言を受け取った。ルナリアに言うが、もしかしたら二階から聞こえてきたんじゃないかな? と思った。


 ダリアが歩きだろうとした瞬間だった。ポトッとダリアの足元に白いものが落ちてきた。それを拾ったダリアは目を見開いた。

「あ、これ……」

「花ですね」

 白い紙の花だった。すぐにダリアは二階の方を見て、少し目を見開いた。そして幽かに笑いある一点をずっと見ていた。

 やがて私の方に目を向けた。

「あの、これ……」

「綺麗な花ですね。今日は空から花が降る日なんでしょう」

「でも、この紙の……」

「私はただの花にしか見えないですよ」

 私が目を逸らして少し楽し気に言うと、ダリアは頭を下げて「ありがとうございます」と言った。

 

 そうしてダリアは白い紙の花を持って帰っていった。




 ダリアを見送った私は二階へ上がり、ルナリアがいる部屋に入った。入った瞬間、ルナリアは怯えた表情を浮かべた。これから怒られると思って、彼女は「ごめんなさい」と謝った。

「ん? 何がですか?」

「あの、その、二階の窓から身を乗り出した事とか、紙の花を投げた事とか」

「なんの事でしょう? 玄関にいた時、私は二階の方は見ていないんで。それに降ってきたのは普通の花でしたよ」

「え?」

「確かに普通の花だったね。聖獣で教養があるヤギの僕が見たから間違いないよ」

 澄ました顔でカルマが言うとルナリアはくすっと笑った。

 テーブルにはレターセットが置いてあり、一つだけ封が閉じてある手紙があった。それを手に取ってルナリアは口を開いた。

「こちらを叔父様とシレネさんの謝罪のお手紙です。よくして頂いたのに、色々と迷惑をかけてしまいました」

「はい。必ずお渡しします」

 ルナリアは二階で手紙を書いてもらっていたのだ。ただ叔父家族への手紙は完成しているけど、もう一人への手紙はまだ書いていないようだ。

「……彼の手紙はよろしかったんですか?」

「ええ、大丈夫です」

「あ、彼の伝言を承ってます。『酷い事を言って申し訳なかった。元の世界でも元気で』と」

「分かりました」

 彼女は最初から聞いていたと言った表情だ。多分、聞こえたんだろうな。彼への伝言も承ると彼女に言ったが、「大丈夫です」と答えた。


 契約書には異世界に戻る際は、この世界に来た時間と姿に戻り、ここでの記憶も失うと書かれてあった。つまりルナリアは召喚される直前の世界に戻ってスズキ ハナとして再び生活に戻れるようだ。


 でもこの出来事は無かった事にはならないし、記憶も完璧に失うとは言い切れない。辛い記憶もあるかもしれないが、大好きな人達の思い出もあるのだ。

 だったら最後くらい願いを叶えて元の世界に戻してあげたい。

 そのためならちょっと確認不足しても、神様は怒らないだろう。


「それでは元の世界に帰りましょう」

「はい」

 ルナリアは幽かにほほ笑んだが、何かに気が付いて「あ、異端審問さん」と言った。

「あれ? まだ何かありました?」

「いいえ。まだお礼を言っていなかったと思って……。本当にありがとうございました」

「仕事ですからね」

 私もちょっと笑って、改めて彼女を元の世界に戻す契約魔法をかけた。彼女がゆっくりと姿を消えていき、やがて元からいなかったと言わんばかりに消えた。


 ルナリアが帰ったのを確認して、私は大きく伸びをした。

「ああー、終わった!」

 カルマを見るとちょこちょこと歩いて、机の上に置いてあるレターセットを見ていた。

「カルマ、レターセットを食べないでね」

「むう! お腹空いているんだよ! 僕、契約書を食べられなかったし」

「だってカルマが契約書を食べたら、無かった事になるからね。緊急的に帰すわけじゃ無かったし」

「まあね。ルナリアを呼び出した人は元の世界に戻っても大丈夫なようにしてあったからね。多分、死んでなかったら彼女に教えて選択させていたと思うよ」

 無理やり連れてきたって考えがあったのだと思う。だからルナリアが帰っても大丈夫な契約書を書いたのだろう。

 ヤギの聖獣のカルマは契約書を食べれば破棄したことになって、強制的に召喚された人は元の世界に戻される。だが本当に召喚される直前の世界なのか我々にも分からない。もしかしたら理不尽な世界に飛ばされているかもしれない。

 なので危機的状況や召喚された人がヤバくなければ無ければやりなくないのだ。

 私はちょっと笑ってカルマに言う。

「お腹が空いているのに、紙の花は食べなかったんだね」

「当たり前だろ。僕は聖獣で教養があるヤギなんだから」

「偉いな、カルマは。教会にいる馬の干し草を分けてもらおうか」

「えー、安っぽい味がするんだよね。干し草って」

 文句を言うカルマにちょっと笑ってしまう。そうして私達はかつてルナリアがいた部屋を出ていった。


面白かったら、ぜひ前日単の【一回目の人生で冤罪で火あぶりにされた私は三回目の人生で誰がループをしているのか? を調べます】もありますので、読んでみてください

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