第5話 礼儀正しい魔界の神
【魔界】
今、魔王城の屋上で2人の男が対峙していた。
対峙しているのは『勇者』と『魔神ヴァギ』。
ここで人間界の存亡を懸けた運命の戦いが行われていた。
しかし、戦況は勇者が圧倒的に押されており、負けるのは火を見るより明らかだった。
闘っている勇者本人でさえ死という文字が頭にチラついていた。
勇者「く、くそ~・・・」
ヴァギ「ここまでよく頑張りましたが、さすがに魔界の神である私に勝つことは出来ませんよ?あなたは先程の魔王との戦いで力のすべてを出し尽くしてしまった。その上、いつも助けてくれた頼みの綱である人間界の神も私がたった今始末したところです。どう考えてもあなたが私に勝てる確率は0%ですよ」
勇者は何も答えず、ただヴァギを睨みつけるだけだった。
ヴァギ「ほほう、言葉を返すことも出来ないとは・・・。ですが勇者さん、あなたには感謝してるんですよ」
勇者「勇者さん・・・だと?」
ヴァギ「敵に『さん付け』で呼ばれて驚いているようですが、功労者をそう呼ぶのは当然のことです」
勇者「ふざけるなっ!!オレは仲間と共にお前の配下を倒して来たんだっ!!それのどこが功労者だって言うんだっ!!」
ヴァギ「いいえ、あなたは私にとって最高の功労者ですよ。あなたが想像以上に出来損ないだったおかげで、人間界の神の力は衰える一方だったんですから」
勇者「な、なんだと・・・」
ヴァギ「それに私は神ということもあり魔界で姿を見せることはありませんでした。私が指示を出さなくても魔王が勝手にやってくれていましたから。ですが人間界と魔界の両方の支配者は私の悲願。今度ばかりは魔王に任せるわけにはいかないんですよ」
勇者「それで魔王はお前にとって邪魔な存在だったってわけか」
ヴァギ「その通りです」
だがそれでも勇者には腑に落ちない点があった。
ヴァギほどの力があれば魔王を殺すことなど簡単に出来たはず。
なぜ魔王の抹殺を勇者である自分にやらせたのか。
その心を見透かされたようにヴァギは勇者の疑問に答えた。
ヴァギ「私もこう見えても神ですからね。なるべく皆にはクリーンなイメージを持ってもらって支配者の座に就きたいんですよ。そこで必要なのが敵であなた達の存在です」
勇者「オレ達の?」
ヴァギ「現在、魔王を初めとし多くの実力のある幹部たちがあなた達に倒されて魔界は今、混乱状態です。ここで、私があなたを倒せば全員、私を新たな支配者として温かく迎えてくれます」
勇者「神のくせに魔物たちの根回しとはな」
ヴァギ「いくら作った存在といっても1人1人ちゃんと意思が宿っています。私は、なるべく力の支配に頼らないやり方を選びたいんですよ」
勇者「笑わせるな。人間界を力で支配しようとしているヤツが何を言ってるんだ」
ヴァギ「ですから私は『なるべく』と言ったんです。やらないとは一言も言っていませんよ?さて、お話はそろそろ終わりです。勇者さん、あなたは私のためにここで消えて頂きましょう」
勇者「お前の支配は長くは続かない。必ずお前は誰かの手によって支配者の座から引きずり降ろされる」
ヴァギ「あなたも人間界の神と同じことを言うんですね。その言葉、肝に銘じておきますよ」
そして、ヴァギは勇者にトドメを刺した。
その後ヴァギは、勇者の首を魔物たちに見せつけ、自身の強さを誇示すると共に支配者の座を確実なものとした。
さらに多くの魔物たちを率いて人間界の世界も難なく制圧し、呆気なくヴァギの天下となった。
支配者となった後も用心深かったヴァギは人間界にいる実力のある者や可能性のある者、血を受け継ぐ者をすべて根絶やしにした。
神の力をフルに使い、可能性のある者をすべて葬ったヴァギは、完全なる支配者となった。
ヴァギ「くっくっく・・・きゃ~はっはっはっは。素晴らしい、実に素晴らしいっ!!これこそ私が長い間、思い描いていた最高の景色ですっ!!外では私を称え、跪く魔物たち。そして私に怯え、ひれ伏す人間たち。完璧ですっ!!すべてにおいて完璧ですっ!!」
ヴァギは自身の部屋で自分を賛美していた。
ヴァギ「今は亡き人間界の神よ、御覧なさい。私の支配はこうして永遠に続いていくのです。この恐怖に満ちた人間の顔、そして私を崇高な目で見る魔物たち。そして支配者に相応しいこの部屋。そしてこの部屋にいる生気のない目をした謎の3人の方たち・・・あれ?」
ヴァギの目の前には招いた覚えのないルーン、アビドス、ティアの3人がいた。
3人ともヴァギを呆れた顔で見ていた。
突然現れたルーンたちに驚いていると景色もいつの間にか変わっており、広々とした部屋ではなく、古びた狭い部屋へと姿を変えていた。
ヴァギ「な、なんなんですかっ!!一体ここは、どこなんですかっ!!」
もはや、お決まりのパターンといった感じでルーンがここの世界について説明した。
ヴァギは意外にも冷静になりうんうんと頷きながらルーンの話を聞いた。
ヴァギ「つまりここに連れて来られたら最後、二度と脱出することは不可能ということなんですね?」
ルーン「そういうことになるね」
ヴァギ「まさか人間界の神の言っていたことがこんな形で実現してしまうとは・・・ふっふっふっふっふ」
ルーン「なんだ?」
ヴァギ「くっくっくっく・・・きゃ~はっはっはっは。もはや笑うことしか出来ませんよ」
ルーン「何がそんなに可笑しいんだ?」
ヴァギ「私はね、人間界の神に言われた言葉を教訓に反乱分子となるものは確実に廃除していったんですよ。私に決して抜かりはありませんでした。すべてにおいて完璧だったんですよ。それがこんな訳の分からない形で崩れてしまったんですから、もはや笑うしかありませんよ」
ヴァギは、壊れた機械のようにひたすら笑いまくった。
その目にはうっすら涙が浮かんでいた。
3人も似たような経緯でここの世界に連れて来られたためヴァギの気持ちはよく分かる。
特に一番境遇が似ていたティアはヴァギを憐れむような目で見ていた。
しばらくしてヴァギは落ち着きを取り戻し、3人の方に向き直る。
ヴァギ「大変お見苦しいところをお見せしましたね。私は魔界の神を務めておりましたヴァギと申します。以後お見知りおきを」
礼儀正しく振舞うヴァギに好印象を持った3人もそれぞれ自己紹介をする。
ヴァギ「それにしても全員が揃って神とは、ここは神の職場か何かでしょうか?」
ルーン「もしそうだとしたら仕事の内容が穴掘りなんて酷過ぎるよ」
ティア「それに食事もゲテモノばかりじゃ。こんなのが職場など考えたくもない」
その時、扉がゆっくりと開かれる。
美紅「みなさん、作業の時間です」
ヴァギ「あれが噂の現場監督さんですか・・・見たところ強そうには見えませんね」
アビドス「外見で判断しない方がいい。この現場監督は本当に恐ろしい力を秘めているんだ」
ヴァギ「まぁ、感情が一切把握できない表情を見る限り狂者の風格はありそうですね」
美紅「それではいつものように今回も穴を掘って頂きます」
いつものように美紅は、穴を掘る場所まで4人を誘導。
そして3人はスコップの持ち上げ作業に取り掛かった。
ヴァギは3人を観察しながら如何にして穴を掘るかを考え、あることを思いつく。
ヴァギ「くっくっくっく、きゃ~はっはっはっはっは。素晴らしいっ!!私は神才ですよっ!!」
前回のティアの件もあって、あまり期待は持てなかったが、3人はヴァギのもとに集まった。
ルーン「一体何を思いついたんだ?」
ヴァギ「まず、ここの世界は反則的な技や能力は一切通じないようになっています。逆に言えば正攻法なやり方ならば通用するということです」
ティア「いや、正攻法でどうにもならないから反則技を使うんじゃろ?」
ヴァギ「まぁ、私のやり方を見ていてください」
ヴァギは美紅のもとへ歩み寄った。
美紅「どうかなさいましたか?」
ヴァギ「少しお願いがあるんですけど、よろしいですか?」
美紅「なんでしょう?」
ヴァギ「あなたも知っての通り私たちは穴を掘るどころかスコップを持ち上げることすら出来ません。そこでスコップを地面に突き刺してはもらえませんか?」
美紅「ええ、構いませんよ」
美紅はスコップをいとも簡単に持ち上げるとそのままスコップを地面に突き刺した。
ヴァギ「これで準備は整いました。参考までに言っておきますが、私はあなた達と違って能力や武器の力ですべてを消したりするような能力は持っておりません。ただし、私はこの桁外れならぬ神外れの身体能力ですべてを無にすることが可能なんです」
ヴァギの説明にルーンだけは期待の目を向けていた。
ヴァギ「さらに足は腕の約3倍の力があると言われています。このことを踏まえて私の身体能力を用いて思い切りスコップを踏み込めさえすれば・・・」
ヴァギはその場で大きく飛び上がった。
ヴァギ「うぉぉぉぉぉぉっ!!」
ヴァギの足は突き刺さっているスコップに見事マッチする。
そして凄まじい砂埃が舞った。
ルーン「おぉっ!?」
ティア「こ、これはもしや」
砂埃が収まると同時に2人はヴァギのもとへ駆け寄る。
しかし、スコップは先程と変わらない地点で突き刺さったままだった。
期待していた分、ルーンはヴァギに怒りの声を上げた。
ルーン「なんだよっ!!名案だっていうから期待したのにまるで効果がないじゃないかっ!!」
ヴァギ「そ、そんなはずはないんですが・・・」
ルーン「この嘘つきっ!!役立たずっ!!神の面汚しっ!!」
ヴァギ「な、なんですってぇっ!!チビのあなたにだけは言われたくありませんよっ!!それにその容姿だけでなく、あなたの態度や話し方も子供そのもの。風格や威厳がまったく感じられません。あなたの方こそ神の面汚しですよっ!!」
ルーン「な、なんだってっ!?神界の王のボクに向かって面汚しだとっ!!言葉をわきまえろ、変な笑い方する魔界の神めっ!!」
ヴァギ「神界の王だかなんだか知りませんが、私の世界にはそんなものありませんでしたよっ!!私なんて唯一神ですよ、あなたの方こそ言葉をわきまえなさいっ!!」
ルーン「な、なんだとっ!!」
ヴァギ「やるんですかっ!!」
そうして2人がいがみ合っていると美紅がゆっくりと歩み寄ってくる。
美紅「喧嘩は作業をしながらやってください。いいですね?」
ルーン・ヴァギ「はい」
2人は美紅の圧力に委縮してすぐに静まり返った。
ルーン「さ~て、あんなの放っておいて地道にスコップ持ちでもやるとしよっと」
ヴァギ「くぅ~・・・見ていなさい、あのチビ神めっ!!私のアイディアが正しかったことを絶対に証明してあげますからっ!!」
ヴァギは幾度となくスコップを踏み込んだ。
ヴァギ「くそっ!!くそっ!!なんで沈まないんですかっ!!こうなったら・・・」
ヴァギは再び飛び上がった。
ヴァギ「先程は片足で踏み込みましたが今度は両足ですよっ!!うぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
その時、ヴァギの両足はスコップをすり抜けた。
ヴァギ「え?」
ヴァギの渾身の踏み付けはスコップではなく地面に。
ボキッ・・・ボキキキッ・・・ボキッ
地面との衝撃が想像以上に大きかったことと怒りにより身体への負担を考えなかったのが仇となり両足の骨が粉々になってしまう。
ヴァギ「ぎゃぁぁぁぁぁあああああああっ!!あ、あああああああああああっ!!」
物凄い悲鳴に全員がヴァギのもとに集まった。
足の状態を見て全員目を背けた。
そんな中、美紅だけはマジマジとヴァギの足の状態を見ていた。
深紅「これは粉砕骨折と判断してよいかもしれませんね。早急に応急処置をする方がよいでしょう」
ティア「お、応急処置じゃと?」
ルーン「回復術でも使うのか?」
深紅「いえ、足を切断します」
その言葉に全員が目を丸くする。
ルーン「ちょっ、ちょっと待ってよ。いくらなんでも切断は、酷いんじゃないか」
ティア「そ、そやつの言う通りじゃ。我の身体を治した力があるじゃろ。その力を使えば切断などする必要はないはずじゃ」
美紅「あなたの場合は作業中ではない上に私自らがやったことなので特別に治しました。ですが、作業中による事故の場合は力を使って治すことはしません」
アビドス「ま、マジかよ・・・」
深紅「それでは切断します」
バシュッという音ともにヴァギの足は切断された。
ヴァギ「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
大きな悲鳴と共にヴァギはその場で気を失った。
そして・・・
ヴァギ「はっ!?・・・ここはどこですか?」
ルーン「おおっ!?目が覚めたかっ!!」
ヴァギ「私は・・・助かったのですか?」
アビドス「命は助かったが・・・」
ティア「足のほうが問題じゃな」
ヴァギ「え?」
ゆっくりと視線を足の方へと向けるとヴァギの両足は義足になっていた。
ヴァギ「いやぁぁぁぁぁぁっ!!」
新人ヴァギ、初めての作業で両足を失う。