桜吹雪を見上げた日
今回 三題噺 三つのお題で話を作るという事をやらせて頂きました。
お題 『桜吹雪』 『真夏の太陽』 『ハロウィン』
そこに少年が一人立っていた。
気づけば、ここにいる。
ここは近所の空き地だ。
その空き地にはいくつかの木々が立つのみで、他にこれといった特徴はない。
そんな空き地の片隅に立ちながら顔をあげ、ぼうっと景色をみている。
見慣れた景色だったが、ただ一つだけ不思議な事が起こっていた。
この空き地にも、周辺にも桜の木は一本もない。
だというのに、ぱたぱたと服や髪を揺らす風にのって、桃色の花弁が辺りに吹き荒れている。
これは、桜吹雪というものだろうか。
不思議な光景だった。
けれど、別に驚くことではない事を少年は知っている。
――だってこれは、夢。
時々見る、不思議な夢。
この光景以外に現れるものは何もなく。
ただ、桜吹雪を眺めるだけの夢。
その夢に、色んな不満が頭に浮かぶ。
けれど、どうせただの夢だと考えるのをやめた。
きっとこの夢に何の意味もない。
結論づけると同時。 眠るときと同様に。
意識が徐々に落ちていく。
寝ているのに、とは思わなくもないが、どうでもいいと思い、ゆっくりと目を閉じていく。
するとピンボケ写真のように視界がぼやけていった。
徐々にぼやけた視界の端から黒く滲んでいく。
そうして、完全に暗闇に埋め尽くされる時。
――っくん。
微かに、声が聞こえた。
小さくか細い声。
――いっ君。
その声が、何度も。
――て、いっ君。お……から、……て。
何度も繰り返し聞こえてくる。
その声を聞いて不思議に思う。多分この声。女の子が自分の名前を呼んでいる。
少年の名前はいつき。
だから「いっくん」と呼ばれても可笑しくはない、ないのだが。
自分の事をそんな呼び方で、呼ぶような女の子などいなかったはず。
基本関わりがあるのが家族ぐらいで、親しい友人などいない。
平凡な毎日を送る自分に、女の子の、まして友人と呼べる存在などいなかった。
だからこれも、夢ならではの出来事なのだろうか。
ありえない景色に、ありえない声。
いつもとは違う内容だが、けれどならば気に留める必要もない出来事のはず。
だって夢の内容に自分の名前を呼ぶ声が追加されただけなのだから。
けれどそう思うとは別に、心の片隅のどこかで疑問に思う自分がいた。
本当にそうか?
自分に友人は一人もいなかったか?
学生として生きてきた日常は、ただ退屈だったか?
その問いに何もないと答える自分。
けれど、心の何処かで問いは続く。
『いっくん、一緒に学校にいこ?』
そうやって自分と一緒に通学路を歩く少女はいなかったろうか?
『今日はお小遣いもらったから一緒にアイスを食べよ、ねっ?』
真夏の太陽の下で、ぎらぎらと照り付ける日差しにうんざりする自分の隣に、汗をかきながらそれでも元気にはしゃぐ女の子がいなかったろうか?
『よーし、今日は一杯おかしをもらいに行こうっ』
ハロウィンの日。町内会の催しで近所を回ったとき、手提げ袋に大量のお菓子を詰め込もうと力をいれていた、そんな少女が。
『わー。いっくんの手いつもぽかぽかしているのに、今日は冷たいっ』
冬の日には自分の手を握って。
『だから、今日は私が暖めてあげるね』
そうやって暖めようとしてくれた、そんな少女が。
名前も、姿もまるで思い浮かばないはずなのに。
けれどいつもいっくんと声をかけ、隣にいてくれた、そんな女の子がいた気がするのは、一体何故なんだ?
そうやって、沸き起こる疑問に答えを出せなかったとき。
強く、風が吹いた。
その風に思わず目を開けると。
先ほどの桜吹雪とその中心に子供が二人立っていた。
一人は白いワンピースを着ている女の子。
両手を広げて、まるで桜吹雪を起こしているのが女の子だといわんばかりで。
その女の子を、きらきらとした瞳でみつめ、はしゃぐもう一人の男の子。これは幼き日の自分だと直感でわかった。
その二人を見つめて。
――どうどう? 私本当に魔法が使えるんだよ。いっくん。
思い出した。彼女の名前と、この景色の正体を。
「あれ、でも何で俺今まで忘れて……」
新たな疑問が沸き起こる中で。
今度こそ本当に夢から覚めた。
目を開けると、知らない天井で、体がぴくりとも動かせないことに気づいた。
全身に力をいれて、ようやく首を動かせる、そんな状況。
なんでこんな状況になっているのか、それを理解するためにあたりを見回すと。
身体の至る所に、チューブが何本も差されていて、それは様々な医療器具に繋がっていることを確認できた。そこで何となく理解する。
病院。その一室に自分がいる。
そこまでは理解できたが、なんでここにいるのか、それがわからない。
意識がまだはっきりしていないせいもあるだろう。
全身に力が入らず、目覚めたばかりだというのに、また眠気が自身を襲っている。
だから、今わかるのは。
自分が病室で寝かされている事と。
「っ。いっくん目が覚めたのっ!?」
ベッドの片隅にいる、サキちゃんと呼んでいる幼馴染がいることだけ。
「よかった、よかったよぉ」
その幼馴染はいつきが目覚めたことに驚き、喜び、泣き出していた。
ベッドに横になるいつきを抱きしめようとして、慌てて止めて、そして。
「看護婦さんっ看護婦さんっ。今すぐきてっ。いっくんが、いっくんが目を覚ましたの!」
とナースコールを何度も押しながら騒ぐのを下から見上げながら思う。
(ああ、また泣いている)
今でこそ、よく笑う彼女だが、昔は泣き虫だったな、と。
幼き日の彼女を重ねつつ、鉛のように重い腕を何と動かそうとしたところで。
また、意識を失ってしまう。
今度は、夢を見ることはなかった。
これはいつきが後から聞かされた話。
高校に上がったばかりのいつき達が遊びに出かけたその帰り道に、一匹の猫を見つけた。
車行きかう大通り、その歩道の片隅にいた猫にサキが「ここはあぶないよ」と近づいた所。
何かされると思ったのか、猫が車道に走り出した。あわてて駆け出す幼馴染とその後を追ういつき。
幼馴染は猫を捕まえ抱きかかえる事には成功したが、そこから車に衝突するまでにできることはなく、ぎゅっと身構えることしかできなかった。
いつきはそんな幼馴染の腕をつかみ、歩道にむかって全力で放り投げた。
そのおかげで幼馴染は軽傷はおったものの、深い傷を負うことはなく。
変わりにいつきは車に引かれ重傷をおった、らしい。
その時のことはあまりよく覚えていない。
ただ必死になって動き、気がつけば気を失っていたからだ。
だから自分の状況がどれだけひどいものか、実感ができない。
けれど、怪我を負った状況を語るサキの姿を見て、とても酷い状況だったか想像ができる。
黙って続きを促すとその後の手術の話になり、結果として何とか命は取り留めたが、もしかしたらこのまま意識がもどらない可能性もある、と医者から宣告も受けたらしい。
そんな状態が一週間もすぎた頃にいつきの意識がもどったのだと。
泣きじゃくる幼馴染をなだめつつ聞かされたのだった。
そうしてベッドで寝たきりから、車椅子、松葉杖と順調に回復してきた頃。
いつきと幼馴染は病院の屋上、片隅に置かれたベンチで腰掛けていた。
季節は夏を向かえ、せみ達が合唱を始める中、穏やかな風を感じつつ談笑していた。
今日は気分転換にと幼馴染がいつきを連れ出したのだ。
「ねえ、いっくん、私聞きたいことがあるんだけど」
「んー?」
「いっくんは、眠っている間どんな夢をみていたの?」
サキが聞いているのは、意識が戻る前に見ていた夢のこと。
普通はあまり話題にあげる類のものではないが、理由がある。
それはサキがあの夢をみるきっかけを作ったから。
彼女は、いつきだけが知っている秘密がある。
魔法使い、と言葉にすれば陳腐に聞こえてしまうそれ。
サキは本物の魔法使いだった。
物語に出てくる魔女のように、サキは不思議な力を使うことができる。
サキが使える魔法は二つ。
一つは夢の干渉。
他人の見ている夢を覗き込んだり、自分の夢を他人に見せたりと様々なことができるが、夢に干渉しすぎると、相手も自分も夢から出られなくしまう可能性があり、普段はあまり使うことはない。
「今回はそんな事言ってられないから使ったけど。いっくんが弱っていたせいか夢自体をみせることも覗くこともできなかった。けど何もできないままじゃ、多分目覚めることもない、そう思ったから」
だから、それでもなにかできないかと必死に頭を悩ませ思ったのだと告げる。
「私はいっくんが心の中に強く残っている思い出を夢で見れるように誘導することにしたけど、できたのはそれだけ。夢の内容は知らない。だから、ね」
どんな夢をみてたの、いつきの瞳をじっと見つめ、そう尋ねる幼馴染に、しばしいつきは言葉を選んだ後に、ぽつりと言った。
桜吹雪、と。
その言葉を聞いたサキは、目を丸くした後に満面の笑みを浮かべる。
二人が始めて出会った時のこと。
サキは、幼い頃に今住んでいる町に引っ越してきた。
友達がおらず、また白髪に赤目と人とは変わった容姿をしていた。
顔立ちは整っていだが、髪と瞳の色が人とは違えば奇異の視線にさらされ、そんな状態では友達づくりが上手くいかず、結果近所の空き地で一人うずくまり泣いていたのだ。
そんな時出会ったのがいつきだった。
いつきは、白髪を気にせず、瞳の色もそこまでに気にしなかった。
ただ泣いている子を放っておくができず、声をかけ、仲良くなったのだ。
仲良くなって、それが嬉しくて、サキが思わず使ったのが、桜の花弁を生み出す魔法。
それがサキがいつきにみせた、初めての魔法だった。
サキは、自分の体力を代価に自分がイメージしたものを生み出すことができる。
色々と問題がある魔法で、今回の場合問題の一つとして上げるならば桜の花弁を生み出せても、彼女にそれを操る術がない、ということ。
けれどその日は運よく風が強く、生み出した大量の花弁が吹き荒れ、結果幻想的な空間を作り出すこに成功した。
その時の出来事を、夢に見るくらいにいつきが大事にしてくれた。それがわかって嬉しかったのである。
だが。
「まあその後のこともよく覚えているけど」
サキが感動の余韻に浸っていると、いつきは当時の事を思い出しながら言った。
「あの後サキちゃんは唐突にぶっ倒れるし、サキちゃんに言われてサキちゃんのばあちゃんつれてきたら、人前で使ったことにびっくりして――」
いつきはサキとは別の意味で笑う。
ここでこの時の問題の二つ目。体力の消費を気にせず使った結果、体に力が入らず動かせなくなってしまったことが露呈。
更に現代で魔法という存在がありえない、その事を意識していない幼い子供だったからまだよかったけれど、人前では使ってはいけない、ということを優しく伝えるサキのばあちゃん。
彼女もサキと同様に魔法が使える存在の一人だったらしい。
だから彼女はサキのために、優しく諭した。
だが、怒られたと感じてわんわん泣くサキと、それをみてどういう反応をしたらいいのかわからず、おろおろする自分。
当時の状況は、収集がつかず今となっては笑い話のひとつだが。あの時は何ともいえない有様だった。
「もう、いっくんのいじわる」
くっくっくと笑ういつきの横でむくれるサキ。しかしその笑いにつられてるように再び笑みを浮かべる。
しばし笑いあっていると、サキは一つ思いついた。
「ねえ、今日は風も強くないからそんなに出せないけど」
見てみる? そう首を傾げるサキに、ああとお願いするいつき。
その答えを聞いて、わかったと頷き。サキは魔法を使った。
腕をあげ、手をかざす。そして集中するためかすっと目をつむった後、瞬く間に手の平に収まる量の桜の花弁が生み出される。
その花弁達をそっとつむじ風にかざした。
すると風に合わさっていくつもの桜の花びらが踊り、舞う。
あの時とは、少し違う景色。けれどあの頃を思い起こさせるもの。
夏の日差しを受けながら、春を感じさせる不思議なそれを。
少しの間、病室に戻るまでベンチに座って二人で楽しむことにしたのだった。
この話を読んでいただき、真にありがとうございました。




