醜さ
~立花 愛華side~
高校が始まって2日目、私は久しぶりの、懐かしく忌々しい苦悩と鬱憤を味わっていた。
高校になり、陽葵君を知らない女が話しかける様を何度も見た。
今からこいつらを排除する作業をしないといけないと思うと憂鬱になる。
大切な陽葵君との時間も少し削らないといけないと思うと色んな感情で変になりそうだ。
でもこれからの陽葵君との高校生活のため、仕方がないよねと割り切りながらあいつらを排除するために動き出した。
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~星宮 一凜side~
中学の最初の頃も見た光景、初めて見た日やその次の日、そのまた次の日、………………、いつまでかは憶えていないが最初の頃は友人の知らなかった新たな一面に恐怖もしたが、止めもした。
しかし、今日の今日までそのことを忘れていた。
高校という新たな場に行けば、それを彼女が行うのは火を見るより明らか。
だというのに私はそれが行われるまで起きるとも思っていなかった。
いや目をそらし続け、気づかないふりをしているだけか。
「────彼女は純粋に脅してしまえば大丈夫だと思う」
脅すという行為がさも当前かのように言う愛華。
「……それはいつも通りの直感?」
「それもあるけど、中学の経験則も多少はあるかな」
可愛らしい仕草と声なのに言ってることは果てしなくやばい。
彼女はとんでもなく直感とでも言うべき感覚が鋭い。
その人を見たり、少し話したりするだけでその人がどんな人でどんな性格なのかを信じられない精度で的中させてくる。
長年友人をしているが、愛華が直感で感じたことを外したところを見たことがない。
「というか彼女は何をやらかしたの?」
「私の陽葵君と2分14秒も話したことかな。後陽葵君と幼馴染みらしい、すっごく仲よさげだった。ほんと罪深いよね」
「…………」
2分14秒なんて仲良くないクラスメイトでも話す時間だし、仲の良い幼馴染みってだけで罪とか理不尽すぎると大抵の人は思うだろうし、私もそう思う。
というかそれらを把握している愛華の方が正直気持ち悪いと思うし、ドン引き間違いなしだろう。
そんなやり取りをしているうちに目的地の目の前に着いた。
視線の先には話題の彼女(申し訳ないがまだ名前を覚えていない)がいた。
時間は放課後、場所は学校内だというのにここは余りにも人気がなかった。
愛華が言うにはここは滅多に人が来ないところだという。
「私に何の用でしょうか?」
少し警戒した様子の彼女。
放課後に同性とはいえ仲良くもないクラスメイトにこんな人気のない場所に呼び出されたら、警戒したり怪しんだりするか。
だが、こうしてこの場所で待っているというところに日本人の美点とも言える律儀さが垣間見える。
「1つだけお願いがあるの」
そう言ってどこからかはさみを取り出す。
わざと彼女にはさみが目に映るよう、頬の横にくっつけるかのように持っていく。
そしてはさみを持ってない方の手で彼女を壁へと押しやり、その勢いのままはさみの先を彼女の眼球の目の前に突きつける。
「私は私以外の女が陽葵君と仲良くなることが許せないの。その可能性は0.0001%でもある限り排除しなくてはいけないの。だから、貴方には今後陽葵君とはなるべく接触しないでほしいの、分かった? 出来るよね?」
いつからか、この脅しが当たり前だと思うようになり、軽い諫言はしても本気で止めようと思うことはなくなっていた。
そう言う意味では私も彼女の共犯者なのだろう。
「…………断ります」
「えっ? 何て?」
「断ると言ったんです! 私が誰と話そうが私の勝手でしょう。あなたに止める権利なんてないはずです」
心底驚いた様子の愛華。
愛華だけじゃない、私も驚きを隠せないでいる。
今までこれを似たようなことをされ、即座に頷く者、泣きながら肯定する者、恐怖でまともな反応すら出来なくなる者、その場にへたり込む者、失禁してしまう者など様々な人を見たが拒絶の意思を表す者は今日が初めてだった。
愛華の勘が外れた!?
眼球にはさみの先を突きつけられ、そんな状況で相手の要求をはねのけることをしたら、そのはさみが目を貫くんじゃないかとは思わないのだろうか、その姿を少しでも想像して恐怖を感じないのだろうか。
いや恐怖は感じているのか、その証拠に足が震えているのが分かる。
「こ、この!」
いつも通りうまくいくと思っていたのに、うまくいかなかったことで気が立ったのか、はさみを持っている手を振り上げ、そのまま手を振り下ろす形で彼女の体にはさみを突き刺そうとする。
私にもなけなしの良心が残っていたのか、気づいたときには愛華を止めていた。
後ろから抱きつくような形で暴れる愛華を止め、右手ではさみを強く握りしめていた。
右手には熱く燃えるような痛みが加速的に増していき、見てもいないが手から血が出ているのが分かる。
「愛華! やりすぎだ! 今まで愛華の所業を見逃してきた私が言う権利がないのは分かっている。それでもこの一線は絶対に越えては駄目だ! これを超えては君は余計に歯止めがきかなくなってしまう」
正直なんでそんなことを言ったのか分からない。
愛華を止めるために必死になっていたら気づけばそんなことを言っていた。
これは私の心の奥底から出た本心なのか、それとも愛華を止めるために出た嘘なのか今になっては分からない。
ただそんなことは置いておいて今すべきことしなくては。
「ごめん、えっと、……」
彼女に声をかけようとしたが、名前が分かず、しかしここまでの仕打ちをしたのに君って呼ぶのも失礼な気がしてどうすれば呼べばいいか悩んでいると、そんな私の心情を察したのか足と声を震わせながら教えてくれた。
「く、胡桃坂 有栖です」
「胡桃坂さん、今日のことは誰にも言わないでくれないかな。都合の良いことを言ってることは自覚してる。今後もこんなことをしないように私が見張っておくから今日あったことは誰にも話さないでほしい。名前も知らないクラスメイトにこんなこと言われても信用できないと思うけど、どうかどうかお願いします」
未だ暴れる愛華を抑えていた為、頭を下げることすらできなかった。
信用される点は全くない。
でも、今日のこれを話されたら社会的に終わりを迎える。
それだけは許容できない。
……私はなんて浅ましい女なんだ。
人を殺すかもしれなかったというのに心配するのは自分と友人の社会的地位。
これまでここまでのことはなくとも似たようなことは黙認し続けてきたというのに。
バレそうになったら即座に命乞い。
星宮 一凛という人間の矮小さには我ながら嫌気が刺す。
「……分かりました。今日あったことは誰にも話しません」
……なんて言った?
今日あったことは話さない?
この問題は先生に怒られるとかいう段階を遥かに超え、警察にお世話になってもおかしくないレベルだ。
それなのに言わない? 何故?
言わないで欲しいと言ったのは私だが、疑問が尽きなかった。
「どうしてって顔ですね。別に今日あったことを黙るのに特別な理由はありませんよ」
時間がたったことで冷静になったのか、私の心情を読み取ったかのようなことを言う胡桃坂さん。
「確かに立花さんに危ない目に遭わされたのは紛れもない事実です。……でも、貴方に助けられたのも紛れもない事実です。口約束とはいえ今後はこんなことをしないように見張るとも言ってくれました。なら私は助けられた恩に報いるためにも今日のことは話さない、それだけのことです」
人としての格の違いを見せられた気分だ。
いや実際そうなのだろう。
「では、わたしはこれで」
そう言って彼女は私たちに背を向けて遠のいていく。
今日は彼女の優しさに助けられた。
私はその優しさに応えるためにもこれを近日中になんとかしなくては。




