一夜の再会と魔女の企み。
「今日でお別れだ。いままでありがとう。」
その言葉を聞いた私は手が震え、心臓の早鐘が壊れるかと思うくらい乱れた。そして、何も言葉を発する事ができなかった。
彼、ラズニールのことが好きだった。幼い頃からずっと。
♢♢♢
私はソフィア。ここアクアドール国の公爵家の一人娘だ。金色の真っ直ぐな髪に翡翠色の澄んだ瞳。誰からも天使のようだと謳われ、父にも母にも愛し愛され大事に育てられてきた。
幼い頃、父と王宮へ訪れた時ラズニールと出会った。第一騎士団長の次男で幼い頃より日々訓練に励んでいた。剣術の訓練を王宮の中庭でしていたようだった。動くたびにゆれるサラサラの黒い髪、鋭い眼差しで相手の剣を受け止める…。一目惚れだった。
父に頼み込み、何度かお茶会をするまでになった。しかし彼の口は重く、なかなか会話が弾まない。それでも刺繍のハンカチをプレゼントしたり、剣術上達のためお守りを渡すなど自分でも恥ずかしいほどにアプローチした。ハンカチを差し出したときには
「は、はじめて刺しましたので、拙いながらもラズニール様に差し上げたいと思いまして。もしよろしければ…受け取ってくださいますでしょうか?」
「R…僕の名前が…ありがとう。」
少し俯いて呟いてくれた一言がとても嬉しかった。とても、とても。
16歳になり彼との婚約者が決まった際には心踊った。自分の部屋でクルクル廻りベッドへ倒れ込むほどに嬉しかった。なんでも出来る、空も飛べるかもしれない。とても幸せだった。…そんな幸せは長く続かなかった。
♢♢♢
私は公爵家の一人娘だもちろん婿養子を迎えなければならない。ラズニールは次男のため婚約の許可が降りたのだ。
…ラズニールの兄が亡くなった。騎士団の任務で僻地へ派遣され、敵軍に襲撃されたのだ。
葬儀には私も参列した。ラズニールはただただ棺の中の兄を見つめていた。右の指が僅かに動くが、また戻る。何度か繰り返す動作をただ私は後ろで見ていることしかできなかった。
その葬儀から数日後。婚約の解消が言い渡された。
公爵家のためには婿養子を迎える。幼い頃からそれは分かっている。でも私の気持ちは?。最後にラズニールとの話をさせてとの私の願いを父は叶えてくれた。
落ち着いて話をしようと思っていたが、
本人を目の前にすると思わず駆け寄り、
「ラズニール様。わ、私はとてもとてもあなたをお慕いして!」
「今日でお別れだ。今までありがとう。」
何も伝えてない。何も、私の思いの100分の1も伝えてないのに。これで終わりなの?
どうやって自分の部屋まで帰ってきたのか分からない。そのままベッドへ倒れ込んだ。
グルグル思考の闇にうずくまる。どうしたらいいの?もっとちゃんとお話しすればよかった、最後なのに。
♢♢♢
あれから何度もラズニールと会わせてくれるよう頼んだが、もう会うことはなかった。両親がそれを阻んだ。新しい婚約者を探すと言われ、軟禁状態で日々過ごしていた。
それから半年後、ラズニールがセルシーと言う娘と結婚したと言う知らせがあった。私は荒れ狂った。私が彼の隣にいるはずだったのに!ラズニールの優しい目も大きな肩も逞しい腕もなにもかも私のものなのに!!
…だれか私を助けて。…神様。神様なんていないわ…魔女?そうよ森の魔女に頼むのよ。
森に住むと言われる魔女。噂では美しい娘の願いを叶えるという。私が見つけるわ。
夜中に家を抜け出し馬に乗り藁にもすがる思いで、森を目指す。森に入ってすぐ何もあるはずのないところから扉が浮かんできた。私には恐怖もなにも感じなかった。あるのは激しい怒り。扉をあける。すると長い黒髪に黒いマントを羽織った美しい魔女がそこにいた。
「あら、お客さま?」
「私をラズニールの隣に隣に立たせて!」
「まあ、焦らないの。ゆっくり話してくれなきゃわからないわ」
私はこれまでのことをすべて魔女に話した。そしてうっそりと笑う魔女はこう言った。
「入れ替わりは無理な話ね。人をまるまるなんて…でも一晩そのセルシーって子と入れ替わることはできるわ」
「一晩だけ、それでもいいわ」
「あらタダじゃないわよ」
「私は失うものなんてないわ」
「そうねえ、あらその金色の髪いいじゃない」
「髪ね」
その後、腰下まであった髪を鎖骨下まで揃えて切った。
金色の髪を嬉しそうに持ち
「あらあら綺麗な色っ素敵ね。約束の薬よ」
と言い青白い飴玉の薬を貰った。
「寝る前にそれをお食べ。するとそのセルシーという事と入れ替わってるよ」
「ほんと?」
「ああ、嬉しいだろ?さあお帰り。また何かあれば待ってるよ」
行きとは違い帰りはとぼとぼとゆっくり馬で帰った。
これでやっと…。
♢♢♢
次の日の夜さっそく飴玉を食べ就寝した。
ゆらゆら浮かんでいる感覚がゆっくりベッドの上に沈む。
…ここはどこ?薄暗い部屋。いつもの部屋とは違う。
隣の部屋に明かりがついている。ゆっくり近づくと、
「セルシー?どうした?」
あぁ!ラズニール!!そのまま顔を手で覆い泣き崩れた。
ラズニールが慌てて近づき、跪く。
「どうした?なぜ泣いている?」
…話していいのだろうか?私を覚えている?拒まない?一夜限りなら。
「私よソフィアよ」
「ソフィア?冗談はやめてくれセルシー。そうやって僕の気をひこうとするな」
「ほ、本当よ私よソフィアよ。魔女にたのんで一夜だけ入れ替わるようにしてもらったの。どうしたら信じて。…そ、その胸のハンカチは私がプレゼントしたものでしょ?なんでまだ…」
「ソフィア。本当に」
その瞬間ぐっと引き寄せられきつく抱きしめられた。
なぜ?と思ったが、引き寄せられたと同時に私もきつく、きつくラズニールの背中を抱き返した。
しばらく沈黙が続く。
「僕は僕は君を失ってから、胸の穴が塞がらないんだ。毎日君のことを考えてた。君といることが当然だと…。本当に情けない。好きなんだ」
「…私も好きです。お慕いしております。初めて会った時から」
次々と涙が溢れた。それを拭うラズニール。目が合いどちらともなく、唇を重ねた。
♢♢♢
もう2人とも止まらず、衣服を剥ぎ取るように脱ぎ唇を、肌を重ね、初めてを共にした。全て私のもの。熱が心地いい。もっと、もっと。
「ラズニール、名前を呼んで?」
きつく瞳を閉じたままラズニールは、口元をゆるめ
「ソフィア、愛している」
それを聞き私も瞳を閉じた。
気づくと自分のベッドの上だった。
となりに誰の温もりもない。
「誰か…ひとりにしないで」
身体をまるめ、またすすり泣く。嬉しい涙ではなく。悲しい涙を。
♢♢♢
それから数ヶ月後、ラズニールが両親が居ない日を見計らって私を訪ねてきた。
あれから会うのは初めてだ。あれは夢だったのか?今でも不思議だが。
「…髪を切ったのか?」
「あの夜の代償よ」
ラズニールは一瞬目を見開く。
「僕はなぜここまでこないと気付けばないのかな?馬鹿だよね。あんなに君は僕も前で輝いてたのに。家のことなんて考えず君と一緒になれば」
「それは私も同罪だわ、私は一言もなにも伝えられなかった」
「ソフィア、愛してるんだ。2人で静かに暮らそう」
「何言ってるの?あなたは騎士団長になるために日々努力してきたじゃない。その姿を私はずっとみてきたのよ」
「それよりソフィアが大事なのを身をもって知ったんだ」
ラズニールが立ち上がりソフィアを引き寄せる。
「結婚してるあなたが私と2人で話しているだけで、あなたの評判が悪くなるわ。騎士団の統括も乱れる。ここに来るだけで大分弊害があったんでしょう?もうやめた方がいいわ!…一度頭を冷やしましょう」
ラズニールはゆっくり手を離し
「ではどうすればいいんだ」
「またそちらに行くわ。そのとき話しましょう」
「行くってまた入れ替わるのか?」
「ええ、いつになるか分からないけど」
「分かった」
そう言い手の甲に口づけをして去っていった。
♢♢♢
あれからまた私は魔女に会いにきた。
「またあの薬が欲しいの」
「あれは何度も無理なのよ。次は代償が大きくなるわ」
「でも約束したのよ。代償はなに?」
「あなたの血液。それもたっぷりね」
「…なにそれ、私たっぷりってどれくらいか分からないし…」
「ならこの話は無しね」
「他の薬は無いの?」
「んー思いつかないわ」
「死なない程度ならそれでいいわ」
「おっけーじゃ、これね」
同じ青白い飴玉をもらい。血液をフラフラになるまで取られ、帰りは危ないからと家まで空間移動で送ってもらった。空間転移には驚かされたが魔女は涼しい顔だ。お礼を言うと。
「あらいいのよお客さまだからね」
と笑いながら帰っていった。
そのままベッドに雪崩込み、飴玉を舐める。
♢♢♢
起きて部屋を見るとセルシーの部屋だった。
頭が重い。吐き気がする。セルシーは風邪なのか?
顔を青白くさせてラズニールがちょうど部屋へ訪れた。
「ラズニール?私ソフィアよ」
「ソフィア?あぁソフィア。セルシーが妊娠してしまった」
私から一気に表情が抜け落ちた。
なぜ?あの時?
「そうだ僕はセルシーとまったくそう言ったことは無かったんだ。だから多分ぼくたちが…」
あぁ、そうかこれも魔女の代償か。
あはは、あははは。ラズニールと私の子供を夢見てたけど、セルシーとの子?私は狂ったように笑っていた。
「きっと可愛い子よ。だってあなたとの子だもの。立派に育つと思うわ」
「ソフィア?何を言って?」
「大好きよずっとずっと、永遠にね。遠くから祈ってるわ」
自然と目から涙が伝っていた。瞬きをすると自分の部屋だった。
♢♢♢
身体が重い。
血をあげすぎたわね。それともほとんど食欲がないからかしら。でも生きる意味がもうないわ。私死にたいもの。
あれから何日もまともに食べれる段々と身体が衰弱していった。
ゆっくり目を閉じる。それでも考えるのはラズニールのこと。本当に本当に大好きなの。
「…ラズニール」
遠くでラズニールが私を呼んでいる声が聞こえる気がする…。
一筋の涙と共にソフィアの生が終わった。
♢♢♢
「絶望の魂はとても綺麗ね。これも頂くわ」
赤い口を引き上げ、笑顔で魔女はそう言った。
初短編だったのですが、なぜかオチがダークに。
豆腐メンタルなので温かく見守ってください。