010 日が沈んでいる間でも、邪魔は入る
夜明けを待たない内に、ユキは目を覚ました。
「お兄、お兄」
「……ん、もう時間か?」
というよりも、叩き起こされた。
もう交替の時間なのかとも思ったが、二番目に起きていたはずのシャルロットが今、毛布を被って寝ようとしている。それどころか、一度ユキと目が合った。
その目が語っている……『ご愁傷様』と。
「……何故起こした?」
「眠気覚ましに付き合うてぇな」
とりあえずカナタの頭を
「アタッ!」
軽く叩いたユキは、火縄銃を肩に担いでから入り口近くに落ちている枯れ枝を拾い集めた。
「……なんだかんだ付き合いええよな、お兄って」
「寝直すのが面倒臭いだけだ」
カナタは入り口付近から離れずにいるが、それでも周囲の警戒の為か、視線を四方八方と巡らせている。その中、枯れ枝を集め終えたユキは、以前作成した竈の中に全て入れ置き、いつでも火を熾せるように準備していた。
「さて……飯どうするかな?」
とりあえず洞窟に残していた保存食は全て処分するとして、鍋に水を入れていく。スパイスでもあればカレーにできるが、ここには米もパンもない。そもそも米自体が大陸の東でしか食されていないので、簡単には手に入らない。というよりも値が張る。
「ビーフストロガノフにでもするか、肉は牛じゃなくて鱗豚だけど」
「なんでこの世界の豚って、鱗があんねんやろうな?」
「あの鱗を剥ぐの面倒なんだよな……かといって人に頼むと高くつくし」
しかもたまにだが、二足歩行で練り歩く鱗豚もいるのだ。明らかに魔物の手合いではあるが、それらも食べようと思えば食べられる。
実際ユキ達も、一度鱗豚を狩ってタダで肉を手に入れようとしたことがある。しかし養殖されている四足歩行ではなく、野生の二足歩行の点が人だと思わせて一度、さらに発した鳴き声が人の言葉に聞こえて二度、最後に豚ではなく人の解剖に思えて三度、躊躇ってしまったのだ。
あれ以来、もう二度と鱗豚を狩ろう、という気は起きなくなった。
「とはいえ、また鱗豚を狩る気にはなれないけどな」
「いっそ養殖したらどないや、お兄」
「お前はまだその時、実家にいたっけ? 飼っていた豚を的にして射撃練習をさせられたことがあったんだが……」
言葉は発していないが、ゲェと息を吐くのが気配だけで分かる。それだけ大袈裟にかましたのだ。
「……その時のことを思い出すから、豚に限らず、動物を飼う気は起きなかったんだよ」
「まあ、うちも責任持って飼える方ちゃうから、別にええねんけどな……」
あ、でも、とカナタは言葉を続けた。
「お兄も最初はうちに飼われとったようなもんやんな。実家から来てすぐの頃はずっと引き籠っとったし」
「……悪かったよ」
前世での話が出ると、ユキの立場が若干悪くなる。
まだ『ユキ・ゼイモト』としての生を受ける前、実家から出たばかりの頃は当時のカナタに会いにいくという以外に、生きる目的がなかった。だから再会した後は完全にヒモみたいな状態で、彼女のバイト先の一つである定食屋で厨房の手が足りないからと、手伝いに駆り出されたのが働くきっかけだった。
しかし、その強引さがかえって良かったのかもしれない。包丁すら持つのが初めてだったはずなのに、半年も経たない内に賄い料理を試しに作らせてもらえるまでに成長したのだ。周囲の助けもあるが、働き始めて一月もしない内に簡単な料理を家で作ったことがある。そして帰ってきた彼女に振る舞ったのだが、その時に見せてくれた顔が忘れられなくて、のめり込んでしまったというのが大きな理由だった。
「その分、結構甘やかしているだろ。今世では」
「……そやけどな、お兄」
後は火を点けるだけとなった時、背中に何かが触れるのが分かった。いや、ユキも気付いている。それが抱きしめてきたカナタだということは。
「もうちょい、イチャついてもええやんか……」
今世となり、立場が大きく変わってしまった。
離れ離れにならずに済んだことは良かったかもしれないが、双子として生を受けたことについては、神という存在がいるのならば、多少の呪詛を吐きたくなるというものだ。
「本当、なんで双子で生まれたんだろうな。俺達は……」
「……ええやんか、もう。何も考えんで」
このまま振り返って、抱きしめ返せば話は簡単なのかもしれない。けれども、今のユキにはそれができなかった。
(……双子でも、結婚できる)
その事実をカナタに伝えないまま、自分の気持ちをぶつけることなんてできない。いや、なまじ前世でのお互いの気持ちを知っている分、妙な言い辛さが気持ちを邪魔してくる。
だから代わりに、ユキはカナタに言った。
「……なあ、カナタ」
「なんや?」
ユキには今世で双子として転生したことの次に、残念だと考えていることがあった。
「お前……前世の方が胸有ったよな」
――ゴンッ!
「いつつ……」
一先ずは冷静になれたものの、カナタの禁句に触れた為に火縄銃でぶん殴られた頭を擦りつつ、ユキは火打石に手を伸ばそうとした。
この世界にもマッチはあるが、あまり数は出回っていないので値が張る。だから急ぎの時以外は、基本的に火打石でゆっくり火を熾すのが普通だ。
使えるのであれば魔法で火を熾すこともあるが、大体は火打石を使う。だから今回も使おうと竈近くに置いていたものに手を伸ばそうとした時だった。
「……お兄」
「なんだカナタ? さっきのことはさすがに謝れと言えば……」
言葉は、最後まで続かなかった。
「避けぃ!」
「うがっ!」
カナタに蹴り飛ばされるユキ。その背後では投げられたナイフが鍋に刺さり、中の水がこぼれだしている。
ブッチやシャルロットではない。そもそもこんなナイフ、いや剃刀を持っているのなんて、見たことがなかった。
つまり、これを投げつけてきたのは第三者だということになる。
「なんだっ!?」
「分からんけど……」
ユキが持っていた方の火縄銃を投げ渡し、カナタは自らの分の火縄に、隠し持っていたマッチで手早く火を点けた。
「……多分、敵や」
ナイフを投げてきたであろう方角に向けて、カナタは火縄銃の銃口を向けた。
「へえ……面白そうじゃない」
「この世界にも銃があるのは知っていたが……まさか火縄銃とは」
元居た『地球』世界の現在では珍しい骨董品に、目を奪われるアンソニーとクローデットの殺人鬼夫婦。
人目を避けようとこの森に入ると、声が聞こえてきたのでその方向にゆっくりと向かってみると、そこには顔の似通った、恐らくは双子かもしれない兄妹がいた。兄妹だとは思うのだが、妙にスキンシップが激しいので少し様子を見ていると、何やら言い争いになった途端、女の方が男の方を火縄銃でぶん殴ったのだ。
洞窟の近くに二人いて、他に誰がいるのかまでは分からないが、すぐに出てこないところを見ると、居ても中の方で寝ている可能性が高い。
となると、あそこにいる二人はおそらく見張りだ。
「どちらにせよ、あいつ等はぶち殺す。オーケー?」
「ヤー」
二人は動く。
それに合わせてユキ達も対応しようとするも、一つだけ問題があった。
「カナタ、俺にもマッチの火を……いやいい。自分で何とかする」
次に投擲された剃刀にマッチをやられ、今火が点いているのは、カナタの火縄銃の火縄だけである。
ユキは撃つ為に火を点ける必要があるが、相手から姿を隠せる。カナタはすぐに撃てる分、暗闇の中、火で居場所を察知されてしまう。だから今は引き金に指を掛けず、掌で火縄を覆って隠している。
相手が何者かは分からないが、動いている気配は二つ。おそらくは二人組だろう。
「多分、例の殺人鬼だな。俺達を追いかけてきたか、逃げててたまたま遭遇したかは知らないが」
「まあなんでもええけど……死なんといてや」
「大丈夫だよ……」
相手は二手に分かれた。ユキはその片方に足を向ける。
「いざとなったらぶっ放してから、火を消して身を隠してろ。その辺の要領は、お前の方がいいだろ? ……後でな」
軽くカナタの頭を撫でてから、ユキは駆けだした。




