03・どうしちゃったの
「俺…っわ!?」
取り敢えず『シロ』とだけでも名乗ろうとしたら、横から腕を引かれて僅かに弾力のある壁にぶつかった。何故か口まで蓋がれて目をぱちくり。掴まれた所が少しだけ痛い。
(…えと、会長?)
強引なのはいつもの事だけど、みんなの前で突然どうしたのか。その行動を不思議に思い目線を上げようとして、はっとする。
………近い。
後頭部が会長の右肩辺りに当たっている。左腕は掴まれたまま、口も逆手で塞がれていて、抱き締められているという訳ではないのだけど落ち着かない。口を塞ぐ会長の右手がほんのりと甘い匂いすんのはなんでなの…。
「お前ら良い加減にしろよ。先に生徒会室戻ってろって俺は言ったよな?」
俺がきょときょとと目線を彷徨わせている間に、それに気付かない会長は四人に静かに怒っていた。
「こいつは最近知り合った、この学園での只の後輩だ。“外での”俺達とは関係ねぇ。あんま深読みすんな」
目を見開き何やら衝撃を受けている様子の四人に、会長は溜め息を吐いて説明する。耳元でそれはちょっとやばいのでやめて欲しい。
ていうか。
濁してはいたけど "外での" とかこれは俺に聞かせても良いやつだったのかな。明らかに何かありますよって内容だし、今のヒントだけでとことん調べ上げちゃう人だっているだろうに。現に"ブレイク"って単語とみんなの反応、さらにはちょっとした俺のお願いだけで有る程度調べてくれちゃった幼馴染がいるし…。
ほんの少しの沈黙。四人の視線は会長に真っ直ぐ向いていて、会長がこれ以上何も言わないと分かると、途端に空気が緩んだ。
「…はァい、了か〜い」
「…総ちょ、じゃなくて、会長がそう言うなら信じまーす☆」
「俺もです」
「…ん」
四人からの警戒心が解ける。いつもはもう少し反抗的なのにみんな素直な返事だった。これはきっと先程の会長の態度と台詞が関係しているのだろう。会長は四人のチームリーダーなんだもんね。やはり、いざという時には一応一目置かれているって事なんだ。
「分かったなら良い。…おい」
「へ?」
意味の分かっていない表情を作りながらも内心頷いていると、ここで体が解放された。それにほっとしたんだけど、次の瞬間には何故か、ぐいっと右肩を掴まれて再び密着する大勢になっていた。
(??????)
「…せ、先輩?」
戸惑う俺を放ったらかしに、会長は俺の顎に指を添えると、四人に見えるように、クイッと改めて顔を上げさせた。
待って待って。ホント待って。
今日スキンシップ激しくない?たまに不意打ちてこういう事するけどマジ罪深いからね!しかも今回は人前で!普段こんな事するような性格してないでしょ!なんなの!誰なのこの人!絶対会長じゃないでしょこのイケメン!
「え…誰ですかこの人」
「うわァ、会長どうしちゃったのォ?」
「アハハ、気持ち悪いね☆」
「怖、い」
ほら!四人も同じような事思ってるよ。コソコソ話してる内容聞こえちゃってるからね。
「あ゛?てめぇら今なんつった?」
「「「「「いえ何も」」」」」
思わず俺まで返事した。
「はぁ…まぁいい。今更紹介しねぇのも変だし仕方ねぇからするけどな。シロ、こいつらは生徒会メンバーだ。左から書記の久山に、双子の空と陸、それに緒方だ。久山以外は全員補佐だな。てめぇの事だから知らなかっただろ」
そう簡単な説明をされてきょとんとする。
「え?知ってましたよ」
顔をおさえられてるから僅かに傾げて答える。会長は何を言っているのか。
「あ゛あ゛?」
「わっ」
すると途端に鬼のような形相になる会長。両肩を掴まれ、ぐわんと向き合うように立たされた。なんか凄い睨まれてんだけど、怖っ!
「てめぇ!初めて会った時、俺の事は知らねぇって…!」
「え、……え?」
「………チッ」
会長は、ひたすら戸惑う俺の態度に舌打ちすると、以前調理室でやってきた時のように髪をぐっしゃぐっしゃにかき混ぜてきた。それも力強く。
「いっ!?痛い!痛いです!やだ、やめっ…先輩!?」
マジで痛い。禿げそう。それにこれ、人前でされると結構恥ずかしいのですがッ。
「…うっわ、本当に誰ですかこの人」
「結局こいつもだけどォ、会長別人じゃァん」
「キッモ☆」
「怖、い」
また四人がコソコソ言ってる。力は弱まってきたけど、会長もいい加減正気に戻って下さい。
「あの、会長。そろそろ本気で時間がヤバいんですけど」
「あ?」
するとそこで、チラッと腕時計を確認した空が陸の手を取りながら言った。
「あ、そうだよ会長ォ。いつまでもここでお喋りしてる暇なんかないっしょ、俺らァ」
そんな空に嬉しそうにしながら、自分達の事は棚上げして会長にそう言う陸。
「うんうん☆会長がその子の事、すっごーく大好きなのは分かりましたから、早く生徒会室戻りましょ!」
「はっ!?」
「へっ!?」
ちょっ、緒方は一体何を言ってくれちゃってんの!?そ、そそそんな会長が俺の事すっごーく大好きとかっ…あ、ある訳ないでしょ!
「そ。生徒会室、早く戻る」
「緒方てめぇ何適当な事ッ…て、おい久山、押すなっ!」
緒方の台詞に怒鳴る会長だったけど、いつの間にか背後に立っていた久山に背中を押されて易々と連行されて行った。一瞬、会長の耳が僅かに赤く見えたのは気のせいだろうか。
「…あ、ねぇ君☆」
「え?」
二人が遠のいて行くのを確認すると、残った三人が、髪を整える俺の顔をじっと見てきた。
(え、今度は何。どういう状況だい)
「な、何でしょう…」
思わず苦笑しながら後退る。すると背中が壁にぶつかった。あれこれ追い詰められた?俺死亡フラグ?と思っていると、急に緒方に手を握られる。
「会長って、君の前だといつもあんな感じなのぉ!?☆」
何故か瞳をキラキラと輝かせ、若干にやにやと見上げられる。後ろの双子も同じような表情で、空…お前もか。
「……は、はぃ?」
思わず間抜けな声が出たわ。
「俺達ってば結構会長と付き合い長いけどォ、あんなキモい感じ初めてだったからさァ」
「そうなんです。それでちょっと気になってしまって、すみません」
「会長ってあれで結構警戒心強いんだよねェ。今までだって、気に入った相手が出来たと見せ掛けてェ相手を探る為にそう演技してたりィ」
「今回は完全に"素"ぽかったです」
「君凄いねぇ☆」
「え?あの、それって…」
どういう意味?俺はどう解釈してその言葉達を受け取れば良いんだ?
「ねぇねぇ☆それでぇ?会長とはど「あー!!」…ッうえ!?」
手を握ったまま上目遣いで何かを聞き出そうとしてきた緒方だったけど、それを遮るようにして、懐かしいような、もう聞きたくなかったような大声が廊下に響き渡った。
「真輝!空!陸!やっと見つけた!!」
(お久しぶりの転校生君じゃん…)
なんと転校生が、いつメンな親衛隊持ちのお友達二人を連れて廊下を歩いてきたのだ。この廊下、普段は人通りが少ない事に俺の中で定評があるのに今日はよく人が来るね。
君達文化祭の準備はしなくても良いのかい。早く教室戻ったら?てか戻りましょう!そう思って気付いた。待って、これ俺また死亡フラグじゃね?周りに転校生信者しかいない件について。
「楓、ちゃん…」
「っ……楓」
「あははー………楓、だァ……」
だけどなんか三人の様子は可笑しかった。どうにも気まずそうな表情。一体どうしたんだろ。
「あっ!!てかそこにいるのお前、シロじゃん!!」
一人首を傾げていると、転校生がまたもや大声を出して今度は俺を指差してきた。いや、人を指で差すんじゃないよ。そんな転校生の行動に、皆が驚いた表情で交互に見てくる。
「はいはいそうだねシロ君ですよ。王道君久しぶりだね」
「「は?」」
「「「王道君?」」」
…皆様はお気になさらずに。
「お前なんでこの前はあのまま逃げ出したんだよ!お前のせいで汚れたんだから、ちゃんと責任持って片付けて行かなきゃいけないんだぞ!」
「ん?んー?」
なんかそう怒鳴ってくるけど、俺には意味が分からない。この前?汚した?なんのこっちゃ。そもそも転校生と最後に会ったのはいつだったっけ。
「あの時こぼしたやつな、周りの知らない奴らが片付けてくれたんだぞ!あんな風に人に片付けさせるなんていけない事なんだからな!分かったか!?今度から気をつけろよな!」
いや、だからいつの話なんだよ。…あの時こぼしたやつ?俺がいつ何をこぼしたんだよ。
「えーと、まぁうん、ごめんね」
取り敢えず適当に返しておく。謝罪さえ口にしとけば転校生もこれ以上騒がないよね。
「おう!そうだ!分かれば良いんだ!」
(あ、ほら単純…)
「…ふむ」
得意げに胸を張る転校生を見て、彼は結構扱いやすい人間かもしれないと思った。
「えっとォ…二人は知り合いだった感じィ?」
そんなやりとりをしていると、陸がおずおずと聞いてくる。三人は生徒会室に早く戻らなくても良いのかな。
「知り合いっていうか、俺とシロは友達だ!」
転校生が嬉しそうにそう言い放ったけど。
「…ん?んん??」
俺達いつ友達になったのさ。
なんか転校生の両サイドから強い視線を感じるんだけど、本気でやめて欲しい。
「えっと☆…この子シロって言うの?」
「そう言えば、さっき会長の口からも呼ばれてましたね。なんですかその犬につけるような渾名は…」
え、犬とか酷くね。その発言、今度新さんに伝えておくわ。
「…えっと、普通に俺の名前っすね…」
途端に気まずい空気が流れた。
そこでタイミングが良いのか悪いのか、ポケットに入れていた携帯が震えたので俺は空気を読まずに取り出す。全員の視線を感じながらも画面を確認して、固まった。
ーーーー『俺様』
「……………え」
しかもメッセージの受信じゃない。着信だ。
俺は慌てて通話ボタンをタップして携帯を耳に当てた。
「あ、もしもし…?」
緊張しながらも声を発する。たかが電話で何を緊張する事があるのだと思うだろう。しかしこれ、普通に緊張するよね。だって相手は自分の好きな人だし、実は初着信だよ??
会長はなんでこのタイミングで俺に電話を掛けて来たのだろう。俺はドキドキと耳を澄ませた。




