02・君のお名前は?
明日からの本番の為に教室や廊下は飾り付けられ、ざわざわといつもより騒がしい学園。しかし、俺達のクラスだけは妙に静まり返っていた。
原因は…そう、俺と修ちゃんだ。
「「……」」
クラスメイト達が見守る中、俺達は無表情と微笑みで見つめ合っていた。いや、睨み合っていた。
実は今、明日に向けて接客のシミュレーションをしているのだ。この学園にはほぼお金持ちのお坊っちゃんしかいないから、接客経験者は全くいなかった。その為、執事役とメイド役の生徒は、自分の家の執事やネット動画、実際にそういうお店に通ったりして、みんな各々で学ぶ事になった。でもそれだけではやはり足りない。見て覚えるのと実際にやるのとでは大分違うので。
という事で。
教室内の準備をするのと並行して、クラスメイト同士で見せ合い接客し合って身体に叩き込む事になった。普段はされる側の人間の集まりなので最初はかなり酷いものだったが、お陰で今では大分板についている。
ちなみに今日のシミュレーションは最終確認みたいなものだ。散々やって来たし、明日の本番には問題なく動けそうなので、肩の力を抜く意味も込めてちょっとおふざけが入っているが。
今は丁度俺と修ちゃんの番。
俺達は、御主人様もとい重増先生の座るテーブルの前で、何も乗っていないおぼん片手に火花を散らしていた。
「御主人様は一体どちらをお選びになるのですか」
「私のピリ辛トマトソーススパゲティですよね」
「僕のカルボナーラスパゲティですよね」
さっと二人して先生の方に顔を向けると、先生はヒクリと口を引き攣らせた。
「辛い物が苦手という御主人様の為に私、特別に敢えてピリ辛をビリ辛にしてみたんですよ」
「何を。僕だって御主人様の為に敢えて御主人様の苦手なチーズを増量してソースメインに仕上げてみせました」
「オイ、俺の苦手なもん情報は一体どこから仕入れてきやがった!?…つか、そもそもなんでお前らの番の御主人様役は俺なんだよ!?」
「はい?」
「何か言いましたか?」
「っ……あ、いえ、ナンデモナイデス」
青褪めながらも強気で口を開いた先生だったけれど、俺と修ちゃんが揃って目を向け問い掛けると途端にガクンと項垂れてしまった。
(…ごめん、先生。俺達、先生で遊んでます)
「永代、水上、少し良いですか」
クラスメイト達の反応は、顔を赤らめる者と青褪めさせる者とで別れたが教室内は相変わらず静かだ。そんな中、後ろの扉が開いて委員長に呼ばれて参加していなかった秀君が俺達に声を掛けてきた。
俺と修ちゃんはあっさり先生から視線を外し、秀君の方へ近付く。三人が集まった事により、興奮した周囲の空気が少しだけ室内温度を上げたような気がした。
「どうした梅木」
「お仕事でしょうか」
「いや、文化祭中の分担で一部変更があって…」
真面目な顔で見回り分担の変更点について話す秀君に、俺は今更ながら大変な事に気付いた。
(あれ…もしかして俺、文化祭中やる事盛りだくさんじゃね?)
実は、我が学園の文化祭は三日間で開催される。他の学校とかは知らないけど、学園の広さと文化祭自体の内容のボリュームの多さにより、一日では収まらないからだ。
で、そんな三日間の中で俺は、風紀の巡回とクラスの出し物で執事として接客、さらにはミスコスに出て女装しなくてはならない。間にちゃんと休憩もあるし、文化祭を回る時間もあるけれど…。
俺、三日間ちゃんと頑張れるだろうか。
+++
全員のシミュレーションが終わり、後は本番を待つだけとなったうちのクラスは、午後まで自主練という名目の自由時間となった。衣装係のこだわりにより、明日着る衣装はギリギリで今日の午後に届く。修ちゃんは文化祭実行委員の顧問に呼ばれて嬉々として行ってしまったし、俺はどうしようかな。
一般棟は文化祭の準備でいつもより人目が多いので、わざわざ特別棟まで来てトイレで変装を解いた。取り敢えず調理室に行こうと思う。あそこは文化祭でも使われないらしいから助かった。久しぶりにお菓子でも作ろう。最近忙しくて全く作れてなかったので地味にストレスが溜まっていた。楽しみだ。
「何作ろー♪おいしいカステラ食べたいなー♪」
「おい」
「ぎゃ!?」
誰もいないつもりで調子良く歌いながら廊下を歩いていると、いきなり背後から肩を掴まれ滅茶苦茶驚いた。全く感じなかった気配。でもこのパターンは経験があるぞ。俺は違う意味でもドキドキしながらそっと息を吐いた。
「こ、こんにちは。先輩…」
手を離されそっと振り向くと、会長がなんだか不機嫌そうな表情で立っていた。うん、通常運転ですな。
「えと、お久しぶりです」
この姿で対面するのは文化祭の準備が本格的に始まる前以来だからつい照れ照れしちゃう。今日会えるとも思っていなかったし。
「…」
「先輩?」
俺の挨拶に、しかし会長は黙って睨んでくるだけだ。思わず首を傾げた。
(あれ?俺また何かしちゃったかな)
もしやらかしたとしたらメッセージだろうか。今はもう送ってないけどやっぱり、俺の日常とかくだらない事送ってくんなってウザかったのかな。
「おい」
「っ…は、はい」
ちょっと不安になっていると、会長は一度小さく溜め息を吐いて、やっと口を開いてくれた。
「ただてめぇも風紀で忙しかっただけか」
「え」
「…れ」
「会長ォ、こんな忙しい時にィ、そんなとこで何してんのォ」
「早く戻ってきてください。この後改めて明日のスケジュールの確認をするんですから」
「ていうかぁ☆誰と話してるんですぅ?」
会長が何か言い掛けたが、そこで聞き覚えのある声達が遮った。目の前の存在のみに意識を集中させていたせいか、その複数の気配に気付けなかった俺は少し驚き、思わず会長の陰に隠れる。そして、そっと彼の背後を覗いた。
こちらも久々だ。
陸と空と緒方と久山。生徒会メンバーが勢揃い。
「関係ねぇだろ。すぐ行く。お前らは先、生徒会室戻ってろ」
舌打ちして振り向く会長だけど、四人はそのまま近寄って来る。あらら、彼等とも素では初めての対面しちゃうのかな。
「本当にすぐ来るんですか?会長がいないと打ち合わせ自体が始められないんですけど」
「俺ェお腹すいたぁ。会長早くゥ」
「で?そこにいるの誰ですか☆?」
「会長、邪魔、見えない…」
俺は少しこの状況が面白く感じて、大人しく待機する事にした。ここに修ちゃんまでいたら、もっと面白い事になっていたかも。
四人は会長の体を避けて俺を覗き込んでくる。俺は黙って見返した。会長が小さく舌打ちするのが聞こえて、理由は分からないけれど、もしかしたら俺と彼等を会わせたくなかったのかもしれない。もう遅いけど。
「え、ホントに誰?☆」
「俺も見た事なァい」
「この容姿ならランキングに載るか、噂くらいあっても可笑しくない筈ですが…」
「銀、髪…」
そんなじろじろ見られると、流石に照れるよ?
そう思うが尚も黙ったまま待機だ。
「会長ォ、こいつ誰ェ?」
「同じ制服を着ているので中等部の生徒ではないですよね。だとしたら同じ学年?見た事ないな…」
「俺も、ない…」
え。中等部とか酷いのだが。一応君より年上だからね!俺より背低いのに何その発言!?そして久山。同い年!同じクラスだよ!
変装時はちゃんと相応に見られるのに、ホントなんで素に戻るとこんな幼く見られるんだろう。不思議すぎる。
「髪の色、永代と一緒」
内心地味にショックを受けていると、久山がボソリと呟いた。一瞬ドキリとしたが、髪色のバリエーションに富んだこの学園の生徒を思うと心配する必要なんてなかった。
「あっそうだね☆そういえば銀髪は思ったより少ないよね。もしかして君、永代先輩に憧れてその髪色にしたの?」
「この学園の生徒って、奇抜な髪型・髪色の方が多いですよね」
「それ、永代も…染め?」
「いやいやまっさかァ!」
「あの副会長がお洒落の為に銀髪に…?」
「絶対ないない!てかこの今の話の内容、本人の前じゃ怖くて言えないし聞けないよね☆」
本人目の前で滅茶苦茶聞いてますけど。
「で、君のお名前はァ?」
「会長とはどんな関係ですか?」
「まさか親衛隊の子だったり?★」
「早く、名前…」
一斉に聞いてくるじゃん。みんな目が笑っていない。これはバリバリに警戒されてるね。
さてはて。どう答えようか…。




