15・副委員長の悩み
「え…?」
ちゃんと衣装は着て見せたし、今のうちにさっさと着替えてしまおうかと思った時だった。リビングの方から明らかに修ちゃん一人だけではない足音が聞こえてきて、俺は驚く。
「えっ、え…?」
それしか言葉が出てこない。
いや、ホント待って修ちゃんっ!
なんで勝手に人招き入れちゃってるの!?
ここ俺の部屋!!
だんだんと近付いてくる気配に俺は焦る。
まだ俺スカート履いてるんだけど!!
ウェイトレス姿なんだけど!?
慌てて衣装を脱ごうとするが、それよりも早く寝室の扉から二人が顔を覗かせた。
「ハル、待たせたな」
「…ごめんハルっち、お邪魔しま」
(うぎゃぁああああああ!!)
こちらの状況を全く気にする事なく普通に入ってくる修ちゃん。そんな修ちゃんに続いて申し訳なさそうに入ってきた人物と目が合って、俺は固まった。
「………ひ、秀君」
相手も俺の姿を確認して同じように固まってしまっている。
「「…………」」
「あ、なんだ。もう着替えちまうのか」
修ちゃんのそれはワザと空気読んでないのかな。いつもの鋭さどこやった。
「ハ…ハルっち?」
「っ…」
秀君からのぎこちない呼び掛けに、俺はスカートのファスナーに手を掛けた状態で、じわじわと顔が熱くなっていく。
(…うぅ…穴があったら入りたい)
「…あの、その格好…は?」
「……コ、コスプレ、です」
「……コスプレ」
居た堪れなくてベッドから掛け布団を引っ掴む。
「…あー、えと、……スカート?」
「…はい、スカートです。俺は今紛れもなくスカートを履いてます。完全に女装です。ありがとうございました」
そのまま全身を隠すように布団に包まった。
うぅ…修ちゃんめ。
この空気どうしてくれるんだ。
「…その、ハルっち」
「ハイ」
数秒の気まずい沈黙の後、秀君が布団の上から俺の肩辺りをポンと優しく叩いて来た。俺はそれにちょっとだけ顔を出す。
「ハルっちはあんま嬉しくないと思うけど、…悪い。ちょっと似合ってる」
「…ア、アハハ…はぁ」
うん。あんま所かちっとも嬉しくないよ。
俺は溜め息を吐いてから苦笑を浮かべた。秀君も同じように苦笑を返す。
そんな俺達の横では修ちゃんがうんうんと頷いてるけど、君は後で覚えとけ?
二人には先にリビングに行ってもらい、俺はやっと私服に着替えられた。リビングのテーブルには秀君だけが座っており、修ちゃんはキッチンの方でお茶を入れていた。
秀君とは対面の席に座ると、修ちゃんが三人分のお茶を持ってくる。ほうじ茶だ。
「で、秀君は俺に何か用があって来たんだよね?」
お茶を呑んでほっと一息してから聞いてみる。同室じゃなくなってからはお互い忙しかったりタイミングが合わなかったりで部屋に行くことはなくなっていたので、秀君が俺の部屋に来るのは珍しいのだ。俺の問いに秀君は何か言おうと口を開く。でもなかなか言葉は出て来なかった。
「俺、出てった方が良いよな」
「え」
そんな秀君の様子に、修ちゃんが突然そう言って立ち上がる。
「副委員長さんはハルに何か大事な話があって来たんだろ。俺がいちゃ話しにくいだろ」
見上げる俺に、修ちゃんは呆れた顔を向けてくる。それについ驚く。
「え?俺に大事な話って…」
「…悪い」
「っ…い、いや!全然良いから!むしろバッチコイだから!」
「…ははっ、なんだよそれ」
秀君は何処か肩の力が抜けたように笑った。
俺はそんな彼を見て内心興奮する。大事な話って、もしかして悩み事についてかもしれない。
(うわぁ会長、会長ーっ!)
「あの、水上も良かったら聞いてもらえますか?」
「…いいのか?」
「はい。気遣いありがとうございます。…それと、出来れば副委員長さんてのはやめてください。梅木で良いですから」
「おう、分かった。梅木」
「はい」
秀君の返事に優しい表情で座り直す修ちゃん。俺はそんな二人を見てなんだか嬉しくなる。
「秀君、ゆっくりで良いから話してみて?」
ドキドキしながらもそう促す。俺はきちんと役に立てるだろうか。
「……あ、うん。その、急にこんな事相談されても困ると思うんだけど…な」
「うん」
やっぱこれは悩み事についてだ。
秀君が俺に頼ってきてくれた。会長の言ってた通り。
俺は焦らせないように、リラックスした姿を意識して秀君の言葉を待った。会長が待てば良いって言ってくれたから、俺はちょっと余裕を持った状態で耳を傾けられている気がする。
「最近、変なんだ」
「……変?」
「何がだ?」
「…はい。えと………その、海道委員長についてなんですけど」
「海道委員長?」
秀君の口から出てきた名前に、俺と修ちゃんはぱちくりと瞬き一回。思わず二人で顔を見合わせる。秀君はそんな俺達に気付かないまま僅かに俯いて続けた。
「知ってると思うけど、海道委員長は来年の春には卒業する…」
「…うん」
「この前、委員長に言われたんだ」
秀君は少しだけ顔を上げて、上目で俺と目を合わせてきた。何でこんなにも秀君は苦しそうなんだろう。
「次の委員長はお前だ。…て」
「…うん」
それは随分前から言われてきた事。秀君はそう言われただけで苦しんでる訳じゃないんだよね。
「改めて言われたんだ。委員長と二人きりの時に。…俺は委員長を尊敬してる。だからそんな彼の後を任されて嬉しかった。俺は昔から、もう中等部にいた時からずっと海道委員長みたいな男になりたいと思っていたからっ…」
「…うん」
声を震わせ、眉を寄せて切なそうに話す秀君。だけど俺は頷くだけ。秀君には取り敢えず、全てを吐き出して欲しかったから。
「委員長にはもう随分と前から卒業後の進路が決まっていた。だからこれから先、委員長が自分で望まれた進路に向かっていける事は俺も素直に嬉しい。委員長の卒業はきちんと祝いたい。でも、その反面、俺はもの凄く寂しい気持ちになるんだ…」
「あ…」
ポタッポタッと数滴、テーブルに秀君の涙が落ちる。それに俺もつられて胸が苦しくなった。
「変なんだ。こんな、矛盾した気持ちっ…。嬉しいのに、なんでこんなにも卒業して欲しくない、なんて…」
「秀君…、秀君は委員長さんが好きなの?」
男らしく、ゴシッと袖で乱暴に涙を拭く秀君に、俺は聞いてみた。
「?…好きだよ。尊敬してるし」
「…うん、そうじゃなくてね」
「?」
目元を僅かに赤くして不思議そうに見上げてくる秀君に俺は少し困った。
「…ハルは、恋愛的に好きかどうか聞きたいんだろ」
はっきり聞けずにいる俺に、修ちゃんが助け船を出してくれた。俺は慌てて頷く。
「そう、それ。秀君は委員長さんの事、恋愛感情で好きなんじゃないの?」
「…え?」
秀君は途端に固まる。たぶん頭の中で、もの凄い考えているんだと思うけど。
「っ…なっ、ななな何言ってんだよハルっち!俺が委員長の事を好きだなんて!そんな男同士で!さっきも言ったけど俺は尊敬しているだけでそういう意味で好きとかっ…!」
「「…」」
必死で否定する秀君。強面の為威圧的だけど、その頬は赤く、全く説得力がなかった。
(秀君、なんだか可愛いんだけど!)
近くに座る修ちゃんも貧乏揺すりが激しかった。
「…えと、ハルっち」
「うん?」
全員で二杯目のお茶を飲んで、落ち着きを取り戻した秀君は、何処かすっきりした表情で照れ臭そうに頬を掻いた。
「話聞いてもらってありがとな。もう少し自分で考えて、自分の気持ち整理してみるわ」
「うん、そっか」
ちゃんと相談に乗れたか分からない。けど、会長に話した俺の時みたいに、秀君にもストンと来たものがあったようだ。
秀君はもう苦しそうじゃない。
秀君が一人でまた考えたいと言うんなら、俺はまた力になれる時に手を貸そう。
「本当にありがとう。水上も、話聞いてもらってスッキリしました」
「っ…あ、ああ!ふふ、気にすんなっ」
「…」
修ちゃんは興奮収まらずか。
「じゃあ俺行くな。お邪魔しました」
「ううん、またね」
挨拶し合う俺達。立ち上がる秀君に、何故か修ちゃんも一緒に立ち上がった。
「?どうしたの」
「なぁ梅木」
修ちゃんはどこか機嫌良さそうに秀君を引き止める。
「夕飯まだか?」
「え?ええ、はい。まだですが…」
戸惑う秀君に、修ちゃんは見惚れそうなくらい爽やかな笑顔で親指を立てた。
「食ってけよ!」
「は、はあ…」
「…」
ああ、修ちゃん。
秀君の事益々気に入ったんだね。
「…本当にキャラ違いますよね」
秀君はポカンとしながら、小さく呟いた。
+++
「すぐ出来っから、二人は座ったままそこで待ってな」
「うん」
「はい」
修ちゃんは再びエプロンを付けてキッチンに立った。俺と秀君はそんな修ちゃんを見ながら素直に待機する。
「なぁ、ハルっち」
「んー?」
「水上、料理出来るんだな」
「うん、そうなんだよ。しかもすごい旨いよ」
「完璧だな、あの人。なんかエプロン付けた後ろ姿さえ格好良いし」
少し尊敬の眼差しを向ける秀君に、俺は自分の事じゃないのに誇らしく感じた。でも何故か同時に、エプロンと後ろ姿って言葉だけでどうでも良い記憶が浮かび上がった。
昔、今みたいにエプロン姿でキッチンに立つ修ちゃんをのりにぃと二人で見ていた時の事だ。
…
『今日の夕飯、何を作ってくれたんだろうなぁ春~?』
『のりにぃ、さっきコロッケ食べたいって言ってたからコロッケだよ?』
『おぉ!そうなのか!…てか春も大分表情に出てくるようになったなぁ、益々可愛いぞ!…そしてあの修のエプロン姿、激しく滾る!ここが俺のパラダイス。略して俺パラ…』
『のりにぃ、たぎるって何ぃ?』
『まだ幼さを残す成長途中のあのエプロン姿は妄想を激しく駆り立てる。…ああッ!今すぐ修の服だけを脱がし、春も同じように剥いて隣に添え、メインディッシュとして美味しく頂きたいものだぜ。あ、やべ涎が…』
『修ちゃーん、のりにぃがまた可笑しくなっちゃったぁー』
…
「…」
いや懐かしいけど!
思い出さなければ良かった。なんで俺も覚えてるんだよ。あの頃はのりにぃが言っている意味をよく理解してなくて良かったと思う。
「ハル、梅木、待たせたな。出来たぞー」
俺が一人昔の思い出に唸っていると、修ちゃんが料理を運んできた。修ちゃんも成長するにつれてかなり料理の腕を上げたよね。
なんだかんだとその後は三人で楽しくおしゃべりをしながら食事を終わらせ、ちょっとゲームで遊んでから解散となった。いつもは修ちゃんと二人だけだから、秀君が加わって久しぶりにはっちゃけてしまった気がする。
秀君の悩みが早く解決しますように。
俺はそれを強く願う。
しかし数日後、梅木の態度がよそよそしくなったと委員長に相談されるのはまた別の話だ。




