14・『^^』
「お帰り」
「ッ…た、ただいま」
自室の、廊下からリビングへと繋がる扉を開いて電気を点けたら、目の前にエプロン姿の修ちゃんがにこやかに立っていて、滅茶苦茶ビビった。
部屋に来るっていうのは帰宅中に携帯へメッセージが届いていたので知ってはいたし覚悟もしてたんだけど、こんなに早く、しかも電気も点けずに佇んでいた事に冷や汗が出た。
メッセージの一言目が『^^』だったので余計に。
その後すぐに『後でお前の部屋に行くな』って続きが来たんだけど、思わずヒヤッとしたね。数分前までは、目の前でプリンを食べる会長をまた見られてルンルン気分だったのに、一気に血の気が引いた感じがした。
「なぁ、ハル」
「…はい」
相変わらずにこやかな表情。それが逆に怖い。
放課後逃げた俺が悪かったです。すみません許してください。
「飯にするか?」
「え」
「風呂にするか?」
「え?」
あれ、実は怒ってない?
「それとも、寸法?」
「!」
ぎゃー!やっぱり怒ってらっしゃる!?
「修ちゃん…」
「そうかそうか、寸法一択か。て、何をそんな怯えてんだ?いつまでもそんな所に立ってないで、こっち来いよ」
優しくエスコートされ、しかしそのままリビングを抜けて寝室まで連れて行かれた。
「あれ?修二さん…?」
「ん?」
「俺が放課後逃げたから、実は怒ってる…んだよね?」
おずおずと見上げると、修ちゃんはそれに一瞬目を見開き、だがすぐにキョトンとした表情になった。
「?逃げたってなんだ?なんでそれで俺が怒んだよ」
「あ、あれ?」
可笑しいな。
もしかして全部俺の思い違い?
「俺、女装にはやっぱり男として抵抗があって、女装の為に寸法測るっていうから、放課後修ちゃんから逃げてたんだけど…」
「あ?なんだハル。授業終わってさっさと教室から出てったの、あれは俺から逃げてたのか。午前中にキャラメル食ったとはいえ、何か作りたい作りたい言ってたから普通に調理室行って菓子作ってんのかと思ってたわ」
「!」
あれ、あれれー?
「で、でもっ…あ!じゃ、じゃあさっきのメッセージは!?これ、この顔文字!」
慌てて携帯の画面を見せる。
最初の『^^』に、俺は酷く恐ろしさを感じたというのに。
「あ、それか?いやぁ実はさ、ハルに早く見せたい物があってな。テンションぶち上がってうまく文字が打てなくてそうなった」
「っ…」
もうっ馬鹿馬鹿!
修ちゃんたまにそういう所あるよね!
俺が思わず項垂れると、修ちゃんがエプロンを外した。それを恨みがましくじっと見つめたら、その視線に気付いた修ちゃんは僅かに首を傾げた。
「あ、やっぱ先に飯が良かったか?」
駄目だ。許しちゃう。
「……ううん。俺に見て欲しい物って何?」
俺はとりあえず自分のベッドに腰掛ける。修ちゃんは嬉しそうに頷くと、いつの間にか部屋の隅に置かれていた大きな紙袋を手に取って、そのまま中身をベッドに滑り落とした。
「これだ!」
「?…………っ!!」
(なっ…!?)
「…しゅ、修ちゃん、これって…」
俺はそれの正体に、もう何かは分かっていても思わず指差して確認してしまう。
「ああ、衣装だな!」
「…衣装」
「おう!これはウェイトレスの衣装だ」
「…ウェイトレス」
「衣装係にハルのだいたいのサイズを伝えたら、試しにって作ってくれたんだ。取り合えずこれ着て、また改めて正確な寸法測るからな」
「っ…」
俺は思わずベッドへ乗り上げ、活き活きとした表情の修ちゃんから離れた。全力で逃げたい。
「逃がさないぜ?」
「うぎゃっ」
右足首を掴まれて、ズルリと引き戻された。修ちゃんの目がキラキラではなくギラギラと光を放っていてマジで怖い。
「しゅ、しゅしゅ修ちゃん、落ちちゅ、まず落ち着こうか!話せば分かる!」
「…いや、お前が落ち着け?滅茶苦茶噛んでんじゃねぇか」
「取り敢えずその右手に持った物は離そうか!」
「それは断る」
「わーっ!!」
ギシッと音がして修ちゃんまでベッドに乗り上げてきた。
逃げ道は…クソォ、ない!
「んな警戒すんなって。最初は違和感あるかもしんねぇけど、慣れたら快感が待ってるぜ。たぶん」
「絶対待ってないから!そもそも慣れたくはない!」
「今嫌がっても結局本番になったら着る事になるんだ。今のうちに馴れといた方がいいだろ。それに、オーブン欲しくないのか?」
「…オ、オーブン」
「そうだ。業務用オーブン」
「…ギョウムヨウオーブン」
上から見下ろしてくる修ちゃんに俺は誘惑される。
「自分で着るのに抵抗あるなら、俺が着せてやろうか?」
「え?」
そう言って、修ちゃんが俺のYシャツのボタンに手を掛けてきた。今日はとことん強引すぎない!?
「ちょ、修ちゃんっ」
慌てて止めようするが、器用に外されていく。あっという間に全てのボタンが外され、前が完全にはだけてしまった。
「あ、やっぱ着る前に寸法測っちまうか」
「ぎゃっ…つ、冷たいよ!」
「男の子だろ。我慢我慢」
「それ男の子関係ある!?…あっ待ってそこ駄目くすぐったい!」
文句は一切スルーされ、身体中をメジャーで測られる。修ちゃんはいつどこから取り出したのか、小さなメモ帳に真剣に書き込んでいた。
「…」
その表情に、俺はそれ以上何も言えなくなった。でもよくよく考えてみたら、こんな真剣な表情しておいて、頭の中はミスコスの事しか考えてないんだよなぁ。俺は遠い目をしながら、結局自分で衣装に着替えるのであった。もう諦めたよ。
「ど、どうでしょぅ…」
着替えを済ませ、最後に胸元のリボンを結んで修ちゃんの前に立つ。
足というか、太腿辺りから上がスースーして落ち着かない。
「…うむ」
修ちゃんは、俺のコスプレ姿を上から下まで眺めると、考えるように顎に手を当てた。
文化祭で女装なんて普通ウケ狙いの出し物だよね。なのにこの修ちゃんの真剣さはホントなんなの。
「…やっぱ化粧は必要か」
「へ?」
うんうん頷いてそう呟く修ちゃんに俺は固まる。
(…け、化粧…?)
「あのぉ、ちょっとそれは…」
「あとウィッグも用意すっかな」
「っ…」
マジご勘弁を…。
まさか修ちゃんは本気で俺を女に変身させる気なのか??
「…あのさ、何もそこまでしなくても…」
俺は慌てて暴走しかけてる修ちゃんを止めようとしたけど、修ちゃんは首を横に振って、何やら説明し始めてしまった。
「ハルは別に女顔って訳じゃねぇからそのまま着てもただの美少年の女装にしかならねぇ」
「美少年って誰の事だよ」
「この学園の生徒の前だけならそのままでも問題ねぇんだけどな。今回は一般客の前にも出るんだ。完璧な女装の為には化粧とウィッグは必須!ハハハッ、これで元々の端正さも相まって美女の出来上がりだ!」
「っ…」
無茶振りだ!
「ハル、お前は絶対に優勝しなくちゃいけないんだからな!」
「ゆ、優勝!?」
いきなりガシッと肩を掴まれて驚く。なんで優勝を狙わないといけないんだ。出場するだけじゃ駄目なのか。
「ああ、優勝だ!なんせミスコスで優勝した奴にはもれなくか…」
『ピンポーン』
とそこで、興奮する修ちゃんの声を遮るようにして、部屋のチャイムが鳴った。
なんというタイミング。
「俺以外に副会長の部屋に来る奴なんて…、はっ!会長かっ!?」
「それはないと思う」
「…ちょっとモニター見てくるわ」
「え?あ、うん。ありがと」
どうせ誰が来てもこんな格好じゃ俺出れないし、相手を確認だけしてもらって居留守使おう。
「…それにしても」
寝室を出ていく修ちゃんの背中を見ながら考える。
ミスコスで優勝したら…。
修ちゃんはあの後なんて言おうとしたんだ?




