03・ふたり並んで
腕を掴まれたまま、会長と向き合う。
彼の目の下には以前より濃くなっているような気がする隈が見えた。
「先輩、今日もお疲れですね?」
掴まれている手とは逆の手で目元に触れる。会長はそれに少し驚いたようで一歩後退った。ちょっと傷付くなそれ。
「…お前には関係ねぇだろ」
会長の言葉。
そんな些細な言葉で、しかし今は深く心が抉られる。
「あ、はは…ですよね…」
自分でも無理して笑ってるなって分かるような声だった。きっと表情も強張ってる。それについ俯くと、会長の方から小さく舌打ちが聞こえた。
「それより、さっきの質問に答えろ」
「?」
さっきの質問?何か質問されたっけ?
思わず顔を上げて首を傾げると、会長が少しムッとした表情になった。
「なんでお前がここにいんだよ」
「…ああ」
その事か。
「俺が学園の外にいちゃ可笑しいですか?幼馴染みと買い物ですよ」
「ふーん、そうかよ。で?その幼馴染みとやらはどこにいんだよ」
「はぐれましたけど?」
そう言うと呆れた表情をされた。ひどい。
「お前、迷子かよ…」
「!?」
そのままの表情でそんな事を言われ、心外が過ぎる。
「ち、違いますよ!この後ちゃんと合流予定…というか、待ち合わせてますんで!そもそも幼馴染みの方が俺から離れて何処か行ってしまったのであって、決して俺が迷子という事ではっ…!」
「じゃあ暇なのか」
「いやだから違いまっ…て、えっ?」
「ついて来い」
「わっ」
掴まれたままだった手を引かれ慌てる。
(え?え?何っ?)
会長はそのまま、来た方向へと戻るように歩みを進める。
「せ、先輩っ!?あっちに用があったんじゃないんですか?」
声を掛けながら、会長が向かおうとしていた方向を指差す。さっきの転校生の言葉では、会長は転校生を探していたのではないのだろうか。
「は?別に用なんかねぇよ。まぁ、確かに連絡は来たけど、俺がわざわざ行く必要もねぇだろ」
「で、でも」
転校生がいるんだよ?会長は転校生を気に入ってるんだよね?
「っせーな、てめぇは黙ってついてくれば良いんだよ」
「っ」
結構理不尽な台詞だったけど、変わらない俺様態度に少し胸が軽くなった気がする。それにしても、会長は俺をどこへ連れて行く気なんだろう。そのまま路地裏を抜け、大通りに出る。休日だというのもあって、なかなかの人通りだ。
「うぅっ…」
そんな中、俺達はかなり目立っていた。
手を繋いで歩く男二人組ってのは注目の的だ。さらに隣を歩くのはあの会長。彼へ向けられる女の人の熱い視線が、俺のちょっと回復し始めていた心を再び重くさせる。
美形ってのもあるが、会長は背が高いうえに堂々とした態度で存在感が有る。その為、修ちゃんといる時以上に目立っているんだ。
学園でもそうだけど、周りは芸能人を見付けた時のように俺達に注目し、たまに携帯をこちらに向けてシャッター音を鳴らしている。女の人たちが所々で黄色い声をあげていて、その中の数人の目が時々見る修ちゃんのものに似ていて若干怖い。
「おい、シロ」
「へっ?」
周りの様子に若干ビクビクしていた俺は会長の声に慌てて顔を前に向ける。
「着いたぞ」
「え?」
会長の背後にある建物を見て固まる。会長の事だから、お金の掛かったような所に連れていかれるのかと思っていたんだけど。
「…パン、屋さん?」
「アホ。ドーナツ屋だ」
会長はそう言うと、俺の手を掴みなおして店に入った。
『いらっしゃいませ』
店内には馴染みのある甘い匂いが広がっていた。しかしホットケーキミックスとは違う本場の匂いだ。俺は途端に興奮した。実は俺、こういう店に入るのは初めてなんだ。
「せ、先輩っ、…凄く!すごーく!うまそーです!」
「はっ!たりめぇだ。俺が連れてきてやったんだからな!」
「お、俺っ…買ってきます!」
テンションが爆上がり、ひゃっほー!という気持ちでドーナツを選ぼうとしたら、会長に襟首を掴まれ阻まれた。
「わっ…」
思わず後ろに倒れ掛かり、頭部が会長の胸に当たって支えられる。
「今日はドーナツを買いに来たんじゃねぇんだよ」
そのままの体勢でそんな事を言われ、俺は内心ドギマギしながら、それを誤魔化すようについ反抗的な言葉を返した。
「先輩は馬鹿なんですか?ここはドーナツ屋さんです。ドーナツ買わないで何買うんですか」
「あ?てめぇ今なんつった表出ろや」
「えへ?ちょっとした冗談じゃないですか。すみません、先輩」
なんかこういうやり取り久し振り。まぁ、いつもこんな会話をするのは副会長時だったんだけど。
「チッ」
あ、舌打ちされた。
「…たく。心の広い俺様に感謝しやがれ」
心が広い人はすぐに喧嘩腰にはならないと思うな。
「それより、ドーナツ買いに来たんじゃないってどういう事ですか?」
俺が首を傾げて聞くと、会長はニヤリと偉そうに笑い、腕を組んで見下ろしてきた。それを格好良いと思った俺は重症かもしれない…。
「今日はドーナツに用はねぇ。その代わりにこれだ!」
「?」
会長は店の隅に設置された冷蔵庫から何かを取り出してきた。
「今日は特別に俺が支払ってやる。ありがたく思えよ」
「あ、ありがとうございます…?」
おずおずと受け取る。掌に冷たい感触。
それは瓶詰めされたプリンだった。
店の外に設置された椅子に二人して座る。通行人がまたジロジロ見てくるけど、相変わらず横にいる会長は全く気にする様子はない。やはり慣れてるって事だろうか。俺には無理だ。
会長は無言で手と口を動かしている。でも、その表情はどことなく嬉しそうで。それを見て、俺も手元のプリンに視線を戻してスプーンで掬う。
「先輩はよくこの店に来るんですか?」
そしてそのまま、ぱくりと口に入れた。
「……たまにだ」
一瞬答えてくれないかも、と思ったけど、会長はちゃんと返してくれた。
「…おいしいですね、これ」
本当に。
「だろ」
俺に向けてニヤリと笑う会長。周りから黄色い悲鳴が上がった。
「っ…」
そんな顔、他の人達にまで見せないでほしい。つい俯きながら口を尖らせてしまう。
「ごちそうさまです」
暫くして先に食べ終わってしまった俺は、さっさと席を立つ事にした。会長と会えて、こうして並んでプリンを食べられた事は嬉しい。でも、まだ気持ちの整理ができていない。それに修ちゃんとの待ち合わせの時間も近いから。
「…おい」
「え?」
そのまま会長に別れを告げようとしたら、それよりも先に声を掛けられる。何故かまた手を取られ、それに戸惑う。
「な、なんですか先輩」
緊張しながらも座っている会長を見下ろす。すると、すぐに手は離され会長が立ち上がった。俺よりいくらか高い身長の為、今度はこちらが見上げる格好になる。
しかし会長は何も言わない。
「?」
俺が思わず首を傾げると、会長は癖のようにまた舌打ちをして、襟足を掻きながら言いにくそうに口を開いた。
「あー…その、だな」
「はい」
「…プリン、旨かったか」
「え、はい。旨かったですけど…?」
感想は既にさっき言ったと思うんだけど。会長どうしたんだろう。
「っ……あ゛ー、その、シロ」
「先輩?」
「昨日のは、…だな。その…台無しになっちまったけど…」
「昨日?」
なんの事を言ってるんだろう?
「て、てめぇ忘れてんな!昨日の事っつったら、放課後あったアレの事だろうがよ…!」
「えっえっ?アレ!?」
急に怒鳴られて吃驚する。
何何!?会長ってば何に怒ってるの?
「…ッあ゛ークソ!だからなっ!」
「今度はクソ!?え?ホント何!?」
「てめぇのプリンも旨かったっつんだよ…!」
その言葉に固まる。
「………え?」
「俺は滅多にこんな事言わねぇんだからな!…その、だから、てめぇはいつまでもウジウジしてんな」
「…」
俺は会長の言葉にポカンと見つめ返す事しかできない。
(え?これって…)
もしかして、励まされたのだろうか。
明日は雪?それとも槍でも降るのかな。
そんな俺の表情に気付いたのか、会長が途端に眉間に皺を寄せ始めてしまった。
「…んだその顔は」
「え!あ、いや、そのっ…」
俺が泣いたから?だから会長はあれからずっと気にしてくれてたの?
「えへへ…」
「あ゛?」
理解した途端、思わず顔がにやける。会長が訝し気に見てきたけど、抑えられないんだからしょうがない。
「シロてめぇ何笑って…」
「先輩」
会長が不機嫌そうに口を開いたけど、会長の手を掴む事で止めさせる。
「先輩、ありがとう」
「…は?」
「プリン食べてくれて。褒めてくれて、ありがとうございます」
「!…お、俺は別に」
「嬉しかったです」
会長の言葉に、胸がぽかぽかする。さっきまでの胸の苦しさが嘘のようだ。
(俺、やっぱり会長が好きだ)
なんであっさり諦めようなんて思ったんだろう。もうちょっと頑張ってみようかな。
昨日も決意した事だったけど、今はその気持ちがより大きい。俺に出来る事を精一杯頑張って、いつか会長にこの気持ちを告げられたら良いな。
「って、先輩?」
そう決意した所で、会長が妙に静かな事に気づく。見ると、今度は会長がポカンとしている。その表情にさえキュンとした。
「せんぱーい?」
「!」
さらに呼び掛けると、はっとする会長。
どうしたんだろう?
「クソッ…帰るぞ!」
「うえっ?」
掴んでいた手を離され、逆に手首を掴まれ引っ張られる。ずんずんと進む会長に焦りながら俺は速さを合わせた。
「先輩どうしたの?俺何かしちゃいました?」
「うるせー黙ってろっ」
うっ、酷い。
会長が今度は何に怒っているのか分からない。
早足で進む俺達に周りの人達が驚きながらも避けてくれる。当然また目立ってる。
「あ、あのっ先輩!俺、噴水のある所に行かないと!幼馴染みとの待ち合わせでっ」
会長の背中を見ながら必死についていってると、修ちゃんとの待ち合わせの事を思い出した。そんな俺の言葉に会長はやっと立ち止まってくれる。しかし、いきなりだったので、俺は会長の背中へ見事に顔面からダイブした。
「うぶっ…」
「…お前の幼馴染みってどんな奴だ?」
「へ?」
鼻を押さえていると、会長が前を向いたまま問いかけてきた。急に雰囲気が変わったような気がする。
「喧嘩は出来る奴か」
「は?」
「身長はどの程度だ」
会長からの質問の意図が分からなくてちょっと戸惑う。すると会長は痺れを切らしたように振り向いた。
「…日本人か?」
「!」
(あ…)
もしかして会長は…。
「えっと…、喧嘩は出来ます。かなり強いです。あと身長は俺より数センチ高い位で…あ、バリバリの日本人です」
我慢しろ。我慢だ。何また暗くなろうとしているんだ。さっき決意したばかりだろ!
いくら会長が“黄金”を探していようとも、俺は会長が好きで、会長の為にできる事をするんだ。
「っ…だよな。忘れろ」
何考えてんだ俺は、と呟く会長に俺はどうしても視線が行ってしまう。
「先輩」
辛そうな会長の顔は見たくない。気付くと、感情とは真逆の言葉を吐いていた。
「大丈夫ですよ。先輩が、山浦学園のトップである優秀な生徒会長様が探しているんです。見つかりますよ。先輩にこんなに想われているんですから、見つからない訳がありません。俺を、信じて下さい。先輩の探している人は絶対に見つかります」
すぐに痛む胸。敵に塩を送っているみたい。俺ってば本当に馬鹿みたいだな。
「シロ、お前…」
会長が驚いたように俺を見てくる。何か可笑しな事を言っただろうか。不安になる。けど俺は…。
「俺が人を探しているってなんで知ってるんだ…?」
「…っ」
カクンと項垂れる。そこですか。
俺は力なく、噂になってますよー、とだけ適当に返しておいた。
修ちゃんはもう待っているだろうか。




