12・こぼれ落ちたもの
プリンには、市販じゃないから蓋代わりにラップを付けていただけだった。転校生はそれをペッと外すとそのまま地面へ投げ捨てる。いや、ポイ捨ては駄目でしょ。
「楓やめろ!」
中に一緒に入れておいた使い捨てスプーンでプリンをひと掬いした転校生に向かって、会長が怒鳴る。周りの生徒達が突然の会長の怒声に何事かと吃驚していた。そしてそれは転校生も同じで。
「ひ、比呂?」
「いくらお前でもそれは」
「な、なんだよっ、俺は比呂の為を思ってっ…!あ、謝れよ!」
転校生はショックを受けたのか、泣きそうな声で叫ぶ。俺は思わず溜め息を吐いた。
「王道君、そもそも先輩の為ってなぁに?」
そう聞くと、キッと睨まれた気がする。
「王道君はどうして先輩が甘いもの苦手だと言い切るの?先輩に聞いたの?本当は甘党だったらどうするの?」
「おいシロ!」
はいはい、会長は今黙ってて下さいな。
「ふざけんなっ!この顔で比呂が甘党な訳ないだろ!シロこそなんでそんな変な冗談言うんだっ!」
いや、甘党に顔は関係ないと思うけど。
チラリと確認すると、会長がぐっと唇を噛んでいた。ちょっと気にしていたのかも。可愛い。けど転校生許すまじ。
「変な冗談、ねぇ…」
「なんだよ!比呂に甘いデザートとかスイーツとか似合わねぇだろ!?まぁお前には似合いそうだけどさ」
え、俺って見た目からしてスイーツ男子に見えるの?何それ嬉しい。……じゃなくて。
会長を密かに傷付けた罪は重いよ。
俺はとりあえず、転校生が握っている袋の持ち手を掴んでみた。
「何回も言うけど、これは王道君にじゃなくて、俺が先輩にあげたものなの。だから貰ったものをどうするかは、君じゃなくて先輩が決める事でしょ。言ってる意味ちゃんとわかる?これ、先輩に返してあげて」
そして、ちょっと真面目な表情を作って諭すような口調で言う。
「っ…」
「ね?王道く…」
「う、うるさいっ!」
すると突然、袋を掴んだままの俺は転校生に袋ごと引っ張られた。
グシャッ!
そんな音を耳が拾う。
「あ…」
目の前で転校生が呆然とした表情で固まっている。俺は一瞬何が起きたか理解できなかった。地面を見つめ、そらせない。
転校生の足元だ。
まず、袋が口を開いた状態で落ちている。
そして、そこから飛び出るプリンのカップ達。
中身が全てこぼれ落ちていた。
先程、引っ張られた俺は反射的に手を離してしまった。すると何故か転校生も同時に手を離してしまい、そのままの勢いで袋は地面に叩きつけられた。地面に飛び散る無惨なプリン。全滅だ。とても食べられる状態ではない。
「お、俺はっ…」
転校生が小さく口を開く。
「っ…シ、シロが急に離すから…」
俯いて、震えた声でそう言ったのが聞こえた。
この時ふと、調理室で仏頂面ながら嬉しそうにプリンを口にする会長の姿が浮かんだ。
「っ…」
駄目だった。音が遠のく。
身体が勝手に動いた。
「!?…ッめろ、シロ!」
「っ…!」
グンッと身体がつんのめる。はっと意識が戻ってきて、気づくと目の前で転校生が尻餅をついていた。そして、息を飲む周りの生徒達。
会長は俺の腕を掴んでいる。
「あ…」
どうやら俺は、転校生に殴りかかろうとしてしまったらしい。
「ご、めんね…王道君」
会長が止めてくれなかったら、今頃転校生をぶん殴って病院送りにしていたかもしれない。ここは素直に謝っておく。それを聞いた転校生は、一瞬唇を噛んで顔を上げた。
「…き、気にすんなよな」
口元は引き攣っていた。俺はそんな転校生に、へらっとした笑みを見せてから、背後を振り向き、未だに腕を掴む会長にも笑みを見せる。彼にも迷惑を掛けてしまった。
「先輩もすみませんでしたね。とんだご迷惑を」
「…別に、俺は腕を掴んだだけだ」
そっと解放される。
俺は会長を見上げた。会長へのお土産が一瞬でなくなってしまった。二人きりの調理室。会長の寝顔。美味しいとは言わないけどあっという間に空になったプリンカップ。
ポロッと、頬に何か熱いものが流れる。
「…あ、れ…?」
触ると水滴が付く。
なんだこれ。なんで…。
「!シロ、お前…」
会長が俺を見て驚きに目を見開く。
「か、…いちょ」
俺、なんで泣いてんの?
「っ…ぁ」
すぐに、はっとした。
「ち、違いますっ。違いますから!これはあれです!えと、その…プ、プリン様の怨念のせいで、目からバニラエッセンスが流れ出ているだけですから!香り付けですから!泣いてません。俺は泣いてないので全くもって気にしないでください!」
袖で拭うと、もうこぼれ落ちる事はなかった。
「で、では!俺はそろそろこの辺で失礼します!先輩、プリンは冷蔵庫にまだ沢山ありますからっ、泣かないで下さいね!」
あ、これ墓穴だ。
「なっ、誰が泣くってんだよ!泣いたのはてめぇっ…て、おいこらちょっと待て!」
会長のそんな怒声を聞きながら、俺は寮に向かって全力で走った。我ながら滅茶苦茶速かったと思う。周りには誰もいなくなって、そこでやっと走るのを止める。
「ッあー……」
顔が物凄く熱かった。
あんな大勢の前で泣くなんて。でも暗かったし会長くらいしか見えてなかったかも。ああいやでも会長が大声で俺が泣いたって事言っちゃったしうわあああ。
そんな風に内心悶えながら、とぼとぼと歩いて寮の自室。誰にも会わずに帰って来れた。
「はぁ…」
制服から着替えてベッドの端に座り込む。再び先程の出来事を思い出して深く息を吐いた。
自分の作ったものがあんな風に扱われるなんて…。思い出したくはないが見事にグチャグチャだった。
あ、片付けしてない。
いや、そもそも実際に落としたのは転校生なんだから彼がするべき事か。
「…」
そっと、指先で頬に触れる。
「俺…」
泣いちゃったんだ。
落ち着いた今なら自分が涙を流してしまった理由が分かる。
初めて、だったんだ。
自分で直接、会長にお菓子をあげたのは。
いつもは修ちゃんに持って行ってもらったりして、皆には誰が作ったか分からないようにしている。だけど今回は、俺が会長の為に、会長が食べたいと言ったお菓子を作って、直接手渡した。
ただ、それだけの事が本当に嬉しかったんだ。
それなのに…。
「っ…ふっ、あは、あはは」
でも、目からバニラエッセンスは無かったかも。
『ピンポーン』
「ん?」
思わず一人で笑っていると、部屋のチャイムが鳴った。モニターで確認すると、修ちゃんが会計スマイルを浮かべて立っている。
「どうしたの、修ちゃん?」
ガチャリと玄関の扉を開けると、修ちゃんが素早く入ってきた。そういえば俺、今変装してなかったんだ。
「ハル、文化祭の日なんだけどな」
リビングへの廊下を進む修ちゃんを追うと、修ちゃんは歩きながら話し始めた。
「来るってよ」
「へ?」
来る?…て、何が?
「さっき久々に連絡が来た。…師匠から」
「えっ」
振り向いた修ちゃんと目が合う。少し疲労は見えるが嬉しそうな顔。
「修ちゃんっ」
「ハルっ」
パンッ!と手のひらを叩き合った。
それは楽しみだ!




