10・寮の管理人
「これは裏技になるんだけど、正面玄関以外からでも寮には入れるんだ」
「それは…従業員用の入り口か何かですか?」
「ちょっと違うかなー」
俺もたまに使わせて貰っている方法だ。副会長って目立つからね。誰かと一緒だったり、人が少ない時は普通に表玄関から入るんだけど、疲れてたり人が多くて騒がれたくない時とかはお世話になっている。
「只、寮に入る事は出来るけど、自室にはやっぱ普通に寮内歩く事になるんだけど、大丈夫かな。山下君達って何号室?」
「部屋には戻らない」
「えっ、北嶋君?」
俺が自室までのルートを決めようと部屋番を聞くと北嶋君がハッキリ言った。彼は目線を地面に向けたまま続ける。
「俺、最近部屋には戻っていない。管理人室に泊めてもらってる」
管理人室は同室同士で何かあった時とかの為に、いつでも泊まれるようになっている。北嶋君、同室の人と何かあったのかな。
「…あ、そっか。北嶋君の同室って確か」
「…」
一瞬驚いた山下君だったけど、すぐに何かに気付いたようだった。しかし、俺にはさっぱりなんだよね。
「んん〜?」
「あっすみません!あのですねっ…」
俺が、訳わからんという顔をしていると、それに気付いた山下君が慌てて説明をしてくれる。どっかの誰かさんと違って、察しが良くてすごく空気読んでくれるから好きだよ。感動しちゃうね。
…それで。
彼の話しによると、北嶋君の同室はなんと、あの転校生なんだそうだ。
確か修ちゃんから聞いた『転校生に関する噂話』の中に『同室の一匹狼にしつこく付きまとってる』てのがあったけど、まさかその一匹狼が北嶋君の事だったとはね。転校生に対して総スルーらしいけど、北嶋君には同情するよ。
「なるほどね、ありがとう。じゃあ北嶋君はこのまま、まだ暫くは管理人室に泊まっていた方が精神的にもいい感じだね」
「…そうですね」
俺の言葉に山下君が苦笑を返す。ああそうだ。彼も転校生の被害者だった。
「ま、どちらにしても正面玄関から入るのはなしだね。案内するから立って?行こっか」
そう声を掛け、二人を立ち上がらせる。北嶋君が若干まだフラついているので、俺も山下君とは反対側を支えてやりながら、寮への歩みを再開させた。
北嶋君に無理させない速度でゆっくり歩きながら、舗装された道から少し外れて寮の横の細道に入って行く。木とフェンスに囲まれた空間を通って行くと、その途中に鉄製の扉が見える。その扉にはしっかり鍵が掛かっていて、俺は制服のポケットから合鍵を取り出した。
「あの、その鍵は…?」
「貰った」
「へ?」
山下君が戸惑っていたけど、俺は気にせず鍵を開けて二人を中に通す。
「廊下?」
「…」
少し暗いけど、歩けない程じゃない。俺は扉を閉めて、今度はサムターンのツマミを回して鍵を掛けた。
「あっちね」
「あっ…はい」
「…」
廊下にはまたいくつかの扉が並んでいる。俺はその中の一つを指差して誘導した。
「失礼しまーす」
「んっ…」
「っ…」
その後また二つほど扉を抜け、ノックをしてからドアを開ける。さっきまで薄暗かったので、明るい電気の眩しさに思わず目を細めた。
「お〜ん?」
俺の挨拶が聞こえたのか、開け放された隣の部屋から男の人の声がする。それに山下君と北嶋君が同時にビクリとした。
「よぉ、シロじゃねぇか。お前のその姿久し振りに見たな」
「新さん」
出て来たのは、長身で逞しい体つきの男前。名前は津村新さんだ。この寮の管理人。
新さんの言う“その姿”っていうのは、変装なしの素の格好の事で、シロっていうのは新さんが付けた俺の渾名。
永代の代から取って“シロ”。この人は渾名を考えるのが好きらしいんだけど、正直ネーミングセンスがないというか…いつも微妙なんだよね。修ちゃんの事も同じ感じで“カミ”って呼んでいるし。
あと、もうお分かりだろうと思うけど、新さんは俺と修ちゃんの素を知っている人物の一人だ。信用・信頼出来る先生方には、仲良くしたいというのもあるけど、協力してもらう為にも素をバラしているんだ。
「…あ。なんだタジ、お前もいたのか。お前ら知り合いだったの?」
ふと、新さんが俺の背後を見て少し驚いた顔をした。
「…」
いや待って。タジって何。