09・不良と平凡
遠目からだと黒髪に見えたけど、近づくと青みがかっている。切れ長の少し大きな目は深い青で、鼻筋はスッと通っている。紛うことなき美形だ。学園のランキングでは絶対上位にいると思う。そんな彼は喧嘩でもしてきたのか、服はボロボロで髪も乱れていて、口の端が殴られたように腫れてちょっと切れている。たぶん服で見えないけど、体の方も殴られているのだろう。
「名前…山下、だ」
キツイだろうに、彼はそれでも蹲み込んだまま、俺を無表情で真っ直ぐ見据えてきた。
「!…ああ」
それで俺も気付いた。そうだ。平凡君の名前は、山口ではなく山下だった。俺はとんでもなく失礼な間違いに、申し訳なさと照れを感じながら、素直に山下君に謝罪をする。
「間違えてごめんね山下君。名前覚えるのとか苦手なんだ」
「い、いえっ!全然、そんなっ」
あわあわと首を振りながら許してくれる。優しい。
「あの…それで、あなたは?」
続けて山下君が申し訳なさそうに俺の名を聞いてきて、どうしようかとちょっと悩む。
「…えっと俺は」
と、ここで。青髪君の方から独特の音が聞こえてきて思わず固まる。これはあれだ。空腹の時に鳴る、腹の音。結構大きな音だったね。思わず山下君と共に視線を向けた。
「…腹、減った」
見られた本人は照れもなく平然としている。天然かな?
「北嶋君…」
あ、青髪君は北嶋って名前なんだ。
山下君がふにゃりと眉を下げて、なんだかその顔は可愛い。そう感じた所で北嶋君に睨まれて戸惑った。なんで今睨まれているんだろう。まぁそれよりも、と手に持った箱を掲げて見せた。
「あのさ、北嶋君て甘いもの平気な人?」
「…?」
睨みが無表情に戻ると、コテンと首を傾げてくる。
「これ、食べる?」
そのまま無言で見つめてくるだけなので、俺は箱の中のドーナツを見せてやる。山下君が小さく、美味しそうと呟いたのが聞こえて、俺の中の彼への好感度がちょっと上がった。
「……食う」
たんとお食べ。
彼も顔に似合わず甘いものは好きらしい。躊躇いなく口へ運んでいく。
「…」
そのまま無言無表情で、もぐもぐもぐもぐ。
「あ、あの…どうですか?」
それには俺ではなく山下君が北嶋君に聞いてくれた。
「…旨い。もう一個」
「はいよ」
相変わらず無表情だけどバクバク食べてくれる。俺と修ちゃんの分までなくなる勢いだけど、お腹空いてるみたいだし、人に食べてもらうのは好きだから気にしない。修ちゃんだって事情を説明したら分かってくれるだろう。明日生徒会にも持ってくしね。
「あ、山下君も食べていいよ」
「え、でも…」
「いいからいいから」
「ん」
すると、北嶋君が自分の食べ掛けのドーナツを山下君の口元へ持っていく。
「へっ!?いや、あの……あぅ」
あらら、山下君の顔が真っ赤になっちゃった。一体どうしたの?俺と北嶋君は同時に首を傾げた。結局山下君は新しいドーナツを一個食べて、後は遠慮してしまった。
「そういえば、結局何があったのかな?」
無表情で未だにパクパクしている北嶋君を二人で見守りながら、俺は山下君に聞いた。山下君は、それにちょっと困ったような表情をする。
「実は俺も何があったか詳しくは知らないんです。俺はただ肩を貸していただけで…。多人数を相手にしていたみたいですけど…」
「…それって、喧嘩?」
「俺は無視しようとした。でも相手が殴り掛かってきたから」
満足したのか、指をペロッと舐めながら、無表情で口を挟んでくる。
「ああ、それじゃあ仕方ないね。正当防衛だ」
「…はぁ」
山下君がなんとも言えない複雑な表情をしているけど気にしない。
「で?」
「流石に相手が多くて、ギリで勝ったけど結構怪我負った。で、寮に戻ろうとした所で…山下に会った」
「成る程」
把握把握。
「何年の奴等だった?」
「え?あの?」
「たぶん全学年はいた。いつも校舎裏にたむろってる奴等」
「ああ、了解。後は俺の方でなんとかしとくよ」
「いやいやいや!あなたホント何者ですか!?」
「えー?それより、このまま二人で一緒に寮に入るのは危険じゃないかな。目立つと思うよ?」
俺がそう言うと、二人は今気付いたようで固まってしまった。
「…お、俺は平気です」
「…山下」
そう。目立って危険なのは山下君の方だ。北嶋君が美形って事もあるけど、山下君は既に“俺達”と接触している。あれから転校生と行動しているかは知らないけど、山下君の顔を覚えている人がどれだけいるか分からない。
「やめといた方が良いよ」
「で、でもっ…!」
「正面から入るのは、ね?」
「「…え?」」
俺の発言に二人はキョトンとした。シンクロ率高いね。相性良いんじゃない?