08・ストレス発散
「俺も行くっ…ます、行きます!」
すると、転校生はこれまた驚くような事を言ってくる。俺と一緒に行動して、何がしたいのだろう。そもそも彼は…。
「僕の行き先を知っているの?」
調理室でドーナツ作るんだよ。出来れば来ないでほしんだけど。
「知らない!です!けど一緒に行きます!行きたいです!」
「…」
嫌だ!俺は一緒に行きたくない!!
イケメン二人はまたなんか睨んでくるし、生徒会メンバーは苦い顔してくるしで鬱陶しいな。
「僕は調べ物があるんだ。だから一人で行きたい」
「えっ…で、でもっ」
なんでそんなに俺と一緒に行きたいんだ。俺は知らない間に何かフラグというものを立ててしまったのかな?
「悪いけど、君がいたら集中できない」
こういう時は小さい子を相手にするように。宥める感じでポンッと頭に手を置いてみた。触り心地が、ごわごわして少し気持ち悪いな。
「春斗先輩…」
うん、名前で呼ばないで。
「楓君、彼は仕事の為に行くのでお邪魔は駄目ですよ。それよりも中へどうぞ。美味しいお菓子があるんです」
「お、お菓子…?」
お菓子に反応し目を輝かす転校生。あれ?君は本当に子供なのかな?周りがそれに微笑ましい視線を向けているけど、意味が分からないよ…。
取り敢えず、これで転校生から逃れる事は出来た。皆が生徒会室に入って行くのを見届けると、俺は今度こそ意気揚々と調理室への歩みを進めるのであった。
「それにしても、あの転校生ホント色々と面倒な行動してくれるなぁ。これ以上関わりたくないけど…無理だろうしなぁ」
はぁ、と俺はいつものように椅子を並べて寝転がる。そうしていると、会長が生徒会室に来る前に転校生と会っていたらしい事を思い出してムカムカしてきた。
「あーっもう!」
ぐしゃぐしゃと片手で髪を乱す。折角セットした優等生ヘアが台無しになったけど、今日はもう生徒会室に行く気はなくなってしまったから良いかと全ての変装を解いてしまう。
こうなると今の俺は生徒会副会長の永代春斗だとは絶対にバレない。髪型をちょっと優等生ぽくセットして、黒のカラコンを装着し眼鏡を掛けただけなのに。素の俺と副会長の時の俺とじゃ雰囲気や性格が真逆という程違うから、誰も気付かないみたいだ。実際、修ちゃんにさえ驚かれたくらいだし。
それに、素の俺は相当幼く見えるらしい。身長は副会長時と変わらないし、化粧とかしている訳じゃないのに。これって結構失礼な話だと思う。俺はもう17歳になるのに、中学生位に見えるという人までいるんだよ。
「…うっし。ドーナツ作ってこのムカムカを発散しよ」
俺は起き上がって材料の準備を始めた。
「次回は揚げないドーナツ作ってみよっと。で、今日はプレーンとココア味にしてー、材料はシンプルな感じでー」
ふんふんと鼻歌を口ずさみながら材料を混ぜていく。生地が出来るとドーナツの型でくり抜いて、温めた油の中に投入!キツネ色になるまで揚げたら出来上がり!ココア味もいい感じに揚げて、ある程度冷めるまで携帯でレシピサイトを見る。
「今頃、生徒会室の様子はどうなのかなぁ」
関わりたくないけど、ちょっと気にはなる。転校生がまた余計な事をしてないと良いけど。それと、これ以上会長と仲良くなりませんように。
「…」
俺はそれが不安になって、つい修ちゃんにメッセージを送った。
『そっちどんな感じ?』
すると、返事はすぐに返ってきた。携帯見れる状況なのかな?いや、修ちゃんだったらどんな状況でも弄れそうだけど。基本携帯は無音の俺達です。
『すっげぇ騒がしい。主に王道君』
『何故かまた俺が茶の準備した。誰も手伝いやしねぇ』
『王道君がお礼を言って来た途端、次は俺が淹れる争い勃発w』
ポンポン送信されてきて、修ちゃんもちょっと不満を抱いている模様。あの人数分のお菓子とお茶を一人で準備するのって意外と大変だもんね。
俺は苦笑しながらもそれにまたメッセージを送った。
『俺、このまま寮に帰っても良い?』
『というより、帰る気満々です』
今度はすぐに返事が来なかったので、ちょっくら洗い物を始める。今日は片付けながら作ったからほとんど終わってはいるけど。油の片付けなども終えて再び携帯を手にすると、修ちゃんからの返事が来ていた。
『それ正解。どうせ今日はもう仕事にならねぇわ』
『王道は好きだが俺も帰りてぇw』
『俺の分のドーナツは必ず持ち帰って来なさい』
「ふはっ!了解っと」
修ちゃんからのお許しも出たし、俺は帰る準備を始める。鞄はきっと修ちゃんが届けてくれるだろうから、俺の持ち物はこの子達だけだ。何故かあった、持ち帰り用の箱にそのドーナツ達を詰めて行く。自分用と修ちゃんの分とだ。生徒会の分は密封袋に入れて明日持って行く。俺は再び鼻唄を口ずさみながら、今度は寮への歩みを進めた。
+++
「ゔっ…」
そんな呻き声のようなものが聞こえたのは、木々の間から寮の建物が見えた時だった。
この学園は周りを自然に囲まれている。校舎と寮に帰る間も周りは基本木ばかりで、通る道だけが綺麗に舗装されている感じだ。虫が苦手な生徒もいる為、虫の対策はバッチリされているらしいけど。
そんな林の向こう側、俺の左手の方からやはり気のせいではなく人の気配がする。
「っわ、…あ、もう少しで寮ですっ…もうちょっとだけ、頑張って下さいっ」
二人か。
「…」
俺は少しだけ考えてからドーナツの入った箱を持ち直し、そちらへ方向転換する。ストレス発散して気分良いから、助けが必要なら手を貸してあげよう。
「っ…」
「あっ…わ!」
声が近付いて来ると、前方からドサリと倒れ込む音がした。呻き声がしてたし、一人は怪我をしているのかも。俺は物音を立てないように、さらに近寄った。
あ、見えた。
視線の先。そこには、少し薄汚れた制服の青年とそんな彼を支える少し小柄の少年。少年の方には見覚えがある。そう、彼は確か…。
「山、口君…?」
「「!?」」
俺が呟くと、二人が驚いたように振り向いた。俺はその顔を見て、うんと頷く。やっぱり彼は、この前転校生と一緒にいた平凡君だ。
「こんな所でどうしたの山口君」
「…え?山ぐ、え?」
「連れの彼、怪我してるみたいだけど大丈夫?」
「えっと、すみません会った事ありましたか?というか、いつの間に…?」
いきなり名前を、しかも親しげに話し掛けた事で混乱させちゃったみたいだ。
「声が聞こえたから気になっちゃって、手伝いいるかな?」
「て、手伝い?…あっ!は、はい、あの、でも…」
「んー?」
俺がへらりと笑うと、さらに戸惑った表情をされる。
「…山下」
「え?」
するとそこで、山口君とは違う低い声が入り込んで来た。なので、俺はその声の持ち主である青年の方に視線を向けた。