聖者と翡翠の物語 3
SSSランク勇者として召喚されて、ゴブリンの群れに襲われて、それから幾日も経っていた。
俺を助けてくれた謎の人物は隠しているか、忘れているのか、その身分を自分から明かさず、俺も聞くような気分になれなかった。自分の領分を越えた先にある質問のような気がして、それを越えた瞬間居場所を追われるような気がしたのだ。
謎の人物は自分が食料を取るように俺にもそのやり方を教えてくれた。俺の権限で自由にできる食料を、その取り方を教えてくれたのだ。恵みを施してくれるなどという生易しいものではない。
どうしてそんなことをするのか、尋ねる俺に名も知らぬその人は美しい顔を陰らせて贖罪かもしれないと端的に答えた。
意味はわからなかった。
俺の心配を余所に、名も知らぬその人はさらに幾日も幾日も経てど俺を追い払うような真似をしなかった。それどころか、半分野生に帰ったような洞窟暮らしをしていて、人の住む場所に行く気配もなかった。まるで世捨て人であった。
俺は不安なこの身が見捨てられないようにただただ日々を生きるだけで精一杯だった。
「おまえはやりたいことはないのか?」
ある日、その人は辛そうな顔で窺うように俺に尋ねた。私に付き合う必要はない。おまえは存分に働き助けた分の借りはとっくに返してくれただろう。そうなにかを搾るような顔でその人は言うのだった。
「全く意味がわからない。俺はいつだって好きなように生きてるし……まさか迷惑になってきたか?俺をとうとう見捨てる気になったのか?」
焦った俺はいう必要のないことまで赤裸々に声に出してしまう。
その人は意外そうな顔をしながらだっておまえは芋をいつも嫌そうな顔で食べるじゃないか、と困ったような顔で呟いた。
「芋は確かにとてもまずい。涙が出るほどにまずくて噛み砕かないように呑み込み、それが喉を痛めてさらに涙が出るほどにまずい。しかし、最近は慣れてきたし、栄養も豊富なのか健康を害することもない。感謝こそすれ、俺からなにか恨むようなことなんてあるわけがない。自由にしている結果が今だ」
追い出されるほうが困る。俺はただそれだけだ。
「迷える子羊を救うのが私の義務だ。私からおまえを追い出すことなんてしないさ。一緒に生活していて困ることもないしな」
しかしだ、おまえが言うにはおまえは異世界から唐突に呼び出されたのだろう、その人がそう言いかけたその時だった。
ヤカンを蹴飛ばすような大きな金属音が鳴り響き下衆びた声が洞窟の入り口のほうから聞こえてきた。
「ゲハハハハ。情報は本当だったらしいな。聖女様が野に下って穴暮らしをしてるってな。大分探したが、やっと見つけたぞ」
「お頭、へへへ。数日前に森から火が上がったときはいつものボヤかと思いましたが、来てみるもんですね」
「ああ、大当たりだ」
髭散らかしたどす黒い顔をした大きな山賊のような何かが三人。
日常生活の中で完全に油断しているこちらと比べ、向こうは防具や武器を構え、完全な臨戦態勢でこちらに二人近付いてくる。一人は入り口を抑え、万が一にも逃がすつもりはないようだ。
しまった。名も知らぬ美貌の人はそう呟くと手近にあった鍋を片手に立ち上がる。どう考えても勝ち目のない状況だった。
俺?ゴブリンにも負けるんだぞ。数に入れてくれるな。