聖者と翡翠の物語
「おかん……うるさい。スムース止めて……」
歌声が聴こえた。
俺は坂木沢。どこにでもいる普通の人間だ。訳のわからない世界で毎日8時間という人間の活動限界ギリギリの時間、やる意味のわからないごっこ遊びに付き合わされ、訳のわからないおままごとで互いを縛りあってる人間どもにうんざりしている普通の坂木沢だ。内心が見透かされているのか全然働き口が見つからず、親が死んだらどうなってしまうのだろう?と不安になるいわゆるパラサイトシングルだ。ジングルか?福音が聴こえてくるのかも。
いや、違う。
俺はSSSランクパラメーターを持つスーパー有能な勇者様だった。
ズタボロになってゴブリンなんて雑魚に追われ、誰とも知らぬ人物に助けられたなさけない勇者様だった。一対一なら勝ってた。思いっきり胴を蹴飛ばしてやればあいつらなんて木の根を蹴り飛ばすように内臓を吹き飛ばして絶命させてやれるのに。
「おう、起きたか?待っててくれ。今食事を用意している」
情けないことだ。異世界に来ても誰かに飯を用意されてまるで要介護者だ。いや、実際にそうなのだろう。泥を落としてすっきりした顔の謎の人物は美しい相貌を横顔にちらつかせ、こちらに警戒心を持っているように見えない。
わけがわからない。
俺は身体をゴツゴツとした岩場から起こすと自分の身体を見下ろした――流石SSSランクパラメーターだ。こんな場所で毛布一枚で寝たら普通は身体中が痛むだろう。見事な肉体が美しく輝いていた。
裸だった。全裸だった。
「は?」
意味がわからない。
「ああ、おまえの服はおまえが枕がわりにしている。その、なんだ。助けたと言え、こちらは一人、妙な武装をしてるとも限らないので全身を改めさせてもらった」
水でふやかしただけの芋を持った人物はこちらに来るなり困惑してる俺を見て頬を掻きながら声をかけてくる。
「本当にそんな身一つでエバーウッドの森に入ってくるバカがいるとはな。まあ、食え。話くらいは聞いてやる。なんでそんなバカをやった?」
自分が勇者であること、魔王を倒すために旅だったこと、SSSランクパラメーターを持ち確かに尋常ならざる力を震えること、ゴブリンなんて本当は赤子を捻るように倒せること、自分のこれまでの考えと立場を包み隠さず話した。隠す意味もわからなかった。
「よし。やはりおまえはバカだな。ゴブリンなんて私でも捻り殺せる。それに魔王だ?そんなものいるわけないだろう。いたとして他国に侵略する他国の王なんて戦力が均衡してる状態で市井の民にもたらされる情報じゃない。仮にそんなものが知られているとしたらプロバカンダか、既に魔王の侵略は事実上完了していて抵抗すら困難な状況だろう。今はプロバカンダを撒き散らす必要性を感じるほどひっぱくした状況でもないし、私が魔王を知らない時点でその線は消える。他聞に聞いたこともない。そのおまえを旅立たせた王様とやらはそれならばレジスタンスのような立場にあるはずだが、だとするとやはり魔王の支配下にある地域に住む私が魔王を知らないのはおかしい。」
怒涛のダメ出しを喰らった。意味がわからない。
なんだ?詐欺?詐欺だったの?
「おまえなぁ。騙されやすいだろ。勇者召喚なんてのはあれだぞ、力の誇示みたいなもんだ。無から人間一人生み出す、しかもその人間はすごい力を持つ、その技術を絶えさせないために行われるパフォーマンスの一種が勇者召喚だ。多分な。必要なら無から無限の兵を産み出せるのだ、という力を周辺諸国に見せつけるのが目的なんだよ。そんな下らないことより飯を食え」
は?なに?俺が呼ばれた理由?え?なんなの?
「あ、もしかして食いかたわからんか?そのまま食えばいいんだよ。芋だ。ほらかじれ。なにはともあれ食わなきゃ生きられん」
おまえはいつも惚けているんだな、先程までのまくし立てが嘘のように鳴りを潜ませ、美貌を持つ謎の人物は芋をボリボリと食い始めた。
俺はまるで産まれたばかりの赤ん坊のように裸でやるせなくて、意味がわからなくて泣きそうな顔のまま芋に口をつけるのだった。
…………くそまずい。