聖者と翡翠の物語
俺の名は坂木沢。今俺は大変困っている。見てもらえばわかって貰えると思うが、ゴブリンの群れに襲われているのだ。
……鼻で笑ったな?ゴブリン?雑魚じゃんって思うか。もしかしたら変な理屈をつけたよくある逆張りだと思われるかもしれない。ゴブリンは過酷な森で生き抜いた戦士だから強いとかそういうことではない。考えてもらえばわかると思うが、ゴブリンとは子供程度の大きさを持つ……多分哺乳類だ。鋭い歯と人間に等しい頭蓋を持つ亜人種であり、なにより重要なのは人間の子供と同程度の質量を持つのである。大体30kg程度だろうか。それが津波に見間違うかのような群れになって襲ってきているのだ――冷静になって数えれば10にも満たない数であるのだが、この時の俺にそんな余裕はなかった。
「だっておまえ、30kgが10もあれば300kgだぜ。ベンチプレス世界王者だって持ち上げるのがやっとだぜ」
ゴブリンなどという雑魚に追われ絶体絶命の俺は、もはや混乱し誰に言ってるかもわからない戯言を叫ぶのであった。
慣れぬ悪路に張り巡らされた木の根をとうとう避けきれず、蹴りで吹き飛ばしてしまう。はは。流石ランクSSSの最強パラメーターだ。木の根なんて怖くない?まさか!俺の体重は50kgほどである。大地に根付いた木の根は土の圧力とあわせてシャベルカーでも持って来なければ掘り返せないほどの安定性で地面に縫い付けられている。1t近い重量のあるシャベルカーが掘り返そうとして逆に持ち上がる強さなのだ。
当然、木の根を吹き飛ばせるパワーで1tの10分の1にも満たない体重しか持たない俺が木の根を蹴れば『俺のほうがぶっ飛ぶ』。
「バカがっ!!」
もはや罵倒である。誰に対してか。俺だ。
幸いなことに俺の足という小さな衝突点によるインパクトにより木の根は破損し、ある意味ではプリンを指で弾いたように、跳ね返ってくる威力の多くは俺に届かず発散していく。しかし、プリンほどは吹き飛ばないのだ。吹き飛ぶまでにタイムラグがあり、応力は否応なくこちらに向く。シャベルカーを持ち上げる威力のいくらかがこちらに向くのだ。
SSSランクの防御力を持つ俺は態勢を崩して転ける程度のダメージを負うだけで済んだ。はは。平気だと思うか?津波のように追ってきているベンチプレスじみた総質量のゴブリンが俺を追ってきてるんだぜ?ベンチプレスを持ち上げられるボディービルダーだって群がって鉄アレイで殴られ続ければ死ぬよ。
子供の足とSSSランクの俺の足の速さの違いによるアドバンテージは幾度も木の根に転がされたことでこの時ゼロに近付いていた。
これは走馬灯だ。
「おお、勇者様だ!王様に良い報告ができるぞ!異世界召喚によりSSSランク勇者の召喚に成功した!」
胡散臭い顔をした男だった。カップラーメンの値段を知らなそうな顔だ。いや、異世界なら知らないのも当然か。
「おい、おまえ!なに惚けてやがる!」
訳のわからないまま無意味に重いざらざらした服を重ねられ臭い液体を頭から被された状態でなんだか妙に偉そうなおっさんに会わされたんだよな。
「バカ!早く立て!死にたいのか!?」
そうそう、魔法だ。どうもこの異世界、エネルギーバランスがおかしいようで直ぐ火がつくんだよな。SSSランクパラメーターとかいう意味のわからない力もこれと関係するに違いない。それは今は関係ないな。とかく、砂利を踏む程度の火花で炎が燃え上がるのだ。そのせいもあるのだろうか、森だというのに雑草が少なく、歩きやすい。
そうそうこんな感じ。火打石の粉みたいなものが軽く擦れるだけであっという間に火がついちまうんだ。カチッとしてボウッ。一瞬で一帯の空気を燃やし尽くし消えてくんだよな。そのせいか空気が薄い気がする。少し息苦しいんだよな。俺の目の前では大木が燃え上がり倒れていた。
黒い煙が顔にかかり、そりゃあ息苦しいのも納得だった。
俺の腕に柔らかい?いや、ざらざらした硬い板で布団を揉んだような奇妙な感触があって俺の視界は急に揺れ動いた。
無理矢理立ち上がらされた俺は触るのも嫌な不潔そうな革鎧を来た謎の人物に引き寄せられていた。
「いつまで惚けてるつもりだ!言葉がわからないのか!?ほら自分で立て!逃げるぞ!」
汗の滲んだ嫌な感触と泥にまみれた粗末な格好の中で、青い瞳が際立って美しく見えた。
「綺麗だ……」
混乱で頭のおかしくなっていた俺は頭に浮かんだ言葉をそのまま呟いていた。
「やっぱり、言葉は通じるみたいだな。ほら、あんた。ゴブリンはもう大丈夫だと思うが、火に巻かれた死ぬよ。早くうご……え?」
俺は慌てる誰かもわからない俺を助けてくれたらしき人物に抱きつくような形でスイッチが切れたように気を失うのだった。
気紛れに書き出した物語なので、うんと褒められたら調子にのって続きがはやく出てしまう恐れがある。