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作者: 芦田孝祐

エブリスタの「バケモノ」をテーマにしたショートストーリー部門へ登録した作品です。

無事(?)落選したのでこちらにも載せたわけです。

謎解きと言えるほどではないですが簡単なトリックはありますのでその推理をお楽しみください。

 ある男のアパートから見つかった手記


一日目


 ここに、一人の男の闘いの手記を残す。そしてこれを私以外の他の誰かが見ているのならば、おそらくそれは私がもうこの世にいないということだろう。

 なぜそんなことを言うのか。実は、一人の男が私に強烈な殺意を抱いていることに気づいたのだ。奴はずっと前から私を狙っていたのかもしれない。今まで殺されずにすんでいたのは、たまたま機会がなかったのだろう。しかし、昨日私は完全に自覚した。奴の殺意を。

 奴の殺意は尋常ではない。もはや奴は殺意に駆られたバケモノと言ってもいいだろう。奴は私を捕まえたらたちどころに亡きものにしてしまうはずだ。

 奴がそれを実行に移すのはいつか分からない。だが、執念深くチャンスを探っていることだけは確かだ。

 私は自分のアパートに籠城する決意を固めた。しかし、いつまでもそうはいかないだろう。生活に必要なものは大概ネット注文で宅配してくれる時代だが、いずれは仕事もクビになり給料が入らなくなる。資金が尽きれば、籠城にも限界がくる。

 せめて私にも家族や友人がいればと思わないでもないが、それは仕方がない。私はそういう人生を選択してきたのだ。そこに後悔はない。

 とにかく、この手記が一日でも長く続くことを祈る。


 二日目


 ほとんど眠ることができなかった。当然だ。いつ奴に命を奪われるか分からないのだから。

 眠ることができないので、奴について注意するべきことを頭の中でまとめた。

 まず確実に意識しておかなければいけないのは、奴に捕まったら最後、絶対に殺されるであろうことだ。だから、間違ってもこちらから闘いを挑もうなどと考えてはいけない。とにかくいかに捕まらないかを考えることが大切だ。

 二つ目は、奴はいつどこで現れるか分からないということだ。人と会う機会が増えればその可能性が高まるのは確かだが、こうして一人でアパートにこもっていても奴が現れないという保証はない。常に気を抜くことはできない。

 私にできることは少ないが、できるだけのことはしておこう。意味はないかもしれないが、自分の周りに凶器になりそうものは置かないようにしておく。奴に利用されることを防ぐためだ。

 また、スマートフォンは常に肌身離さず持っていることにしよう。バケモノの前兆を感じた時にアパートの大家にでも電話しておけば、もしかしたら殺される前に来てくれるかもしれない。

 しかし、こうして改めて書き出してみると、有益そうな対抗策はないということに気づく。気休め程度、といったところか。

 とにかく、奴に捕まらないことが重要だ。絶望的に思える闘いだが、自分から根を上げることはしたくない。私はまだ、死にたくない。


 三日目


 状況は好転しない。耐えるしかないのだが、いずれはこの籠城も限界がくる。それまでに何か妙案が浮かばないかと思案するが、そうそう良い案が出てくるはずもない。

 実は、私が強烈な殺意を向けられている理由については察しがついている。しかし、それは今更どうにもならないものだ。奴だって本当は私を殺したところでどうにもならないことを知っているのだろうが、そんなことを説いても絶対に奴が止まることはないだろう。奴は自分の行いが正しいと信じている。そういう人間には利害を説いても無駄なのだ。

 いっそ警察に電話してみることも考えた。だが、やはりそれはダメだ。

 こうしている間にもいつ奴が襲ってくるかと想像すると背筋が震える。そして、出口の見えない闘いであることも私を押しつぶそうとする。この闘いに私の勝利はない。この闘いに出口があるとすれば、私の死だけだ。

 

四日目


 奴が思っていたよりも近くにいることを感じる。私の住まいが築三十年を超える安アパートなのもあり、いくら窓を閉ざしカーテンで光を遮っても音は聞こえる。

 外からの様々な音から、奴の存在を感じずにはいられない。正直に言うと、この籠城はいつ終わってもおかしくないと感じている。

 自分はもう少し強い人間だと思っていたのだが、命の危機という状況が続くことは想像以上に私の心身を消耗させているようだ。数日前とはうって変わって自分がどのように死ぬのかということばかりを考えている。思考が働かない。

 この手記を書くのも辛くなってきたので今日はもう切り上げる。


五日目


 何を書けばいいのか分からない。もういつ奴が私のもとへ来てもおかしくない。

 まだか、まだか、と思っている自分がいる。すべての感覚が奴に繋がっているような気がするので、光や音もできるだけ入れたくない。

 手記もこれ以上書く気はない。

 だが、最後に一つだけ。私は自殺だけは決して選ばない。死ぬのであれば、必ず奴の手にかかってだ。それも最後まで抵抗して。それが私の最後の選択である。


六日目


 ついにきた。おおやにれんらくしたがむりだろう。さらばだ。



 

 手記の近くに見つかった別のメモ


 ついにバケモノを殺すことができる。苦しい戦いだった。

 これを発見した人は、すぐそばに死骸が一つあることに気づいたことだろう。驚かせて申し訳ないが、許してほしい。私には時間がないのだ。バケモノを殺せそうなものがなかなか近くに見当たらなくてずいぶんと時間を食ってしまったためだ。

 最後に、ことの真相を手短に語っておこう。私が書かなければ、この真相を語る者はいなくなってしまう。

 バケモノは、たくさんの人を殺した。そのあまりに周到で巧妙な手口から一度として疑いをかけられることはなかったが、これは事実だ。こんな奴が生きている資格はない。

 もっと早く止めたかったのだが、今日までずっと私とバケモノの力関係はあちらのほうが上だったのだ。それでも、日常生活を送り人や自然と関わる中で、このバケモノは弱り、私は強くなれた。

 インターフォンを鳴らす音がしている。どうやらバケモノは私が来る前に誰かに連絡していたようだ。ここまでだ。

 では、私はバケモノとともに死ぬ。


バケモノの中の人間らしい部分より


 いかがでしたでしょうか?

 実は本作はミステリー要素のある私の初めての作品です。

 非常に拙いトリックですが、一応解説をしておきましょう。こんなシンプルなのを自ら解説するのは恥ずかしいですが、「どういうこと?」という方もいるかと思い。


 手記中の「バケモノ」は殺人鬼の中に潜む良心なわけです。

 殺人鬼は冷酷で計算高いですが、日常の生活の中で他者や自然に触れる中で少しずつ良心と呼べる別人格が生まれ始めます。その人格は殺人鬼を殺す、すなわち自分の肉体を殺す自殺と言う行為を目論んでいるのです。

 殺人鬼は自己の良心の人格に殺されないように、良心が強くなるのを恐れ、外界と交わるのを絶って籠城を決め込んでいます。それでも結局は良心の人格に乗っ取られて、良心の人格は遺書を残して自殺するという結末へ至ります。

 序盤はそのことがバレないように書きつつも、終盤に向けて少しずつトリックのヒントを散りばめていっています。


 ミステリー処女作なので、バレバレなのかネタ明かししても分かりにくいのかの加減がさっぱり分からないで苦労しました。もし感想を書いていただける方は、そのあたりのバランスを教えてくれると非常にありがたいです。

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