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30cmの人造人形  作者: アサキ
世界
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思い出と、これから

【世界】


 そうやって日々は過ぎていき……壁越しだが、洞窟を抜けて海を見ながら話も出来るようになった。

 物資に関する手続きの兼ね合いで、珍しく以前の面々で集まっていた。仕事を分担しているせいで、最近は皆と顔を合わせる機会も随分少ない。ずっと一緒にいたのに……何だか妙な感じだったが、留まらないことを選んだのは私達だ。寂しくても、バラバラになっても、今は進もうと思う。

 そんなに遠い昔のことではないのに、当時を思うととても懐かしく感じた──。 

 お姉ちゃんがいなくなって、センチが引きこもりを止めて……政府に反発し、一緒に神に立ち向かった一連の騒動。

 今は、防護壁の窓からカズエさんと一緒に海を眺めていられるようになった。もう波の音も怖くない。むしろ穏やかなものだと知った。

「──ごめん、カンナちゃん」

「いきなり何ですか」

 すると突然そう言い放つカズエさん。何事かと思って返すも……言葉と言葉の間隔は広がる一方。何か言いにくいことを伝えようとしているのだと察した。

 そのまま待って、ようやくカズエさんは次の言葉を絞り出す。

「いつか……謝らないといけないと思っていた」

「どうしてですか? 私は何ともないですよ。腎臓が片方なのも私の意思ですし」

 お腹に触れる。傷はもう別に気にならない。むしろ新しい傷ができて今更どうってこともなかった。

 腎臓移植は──自ら申し出たこと。

 ランさんの奇襲で、センチの腎臓を二つとも奪われた。保存してある物から補おうとしたカズエさんに……私は自分の腎臓を一つ分けることを頼んだ。本人には説明しないのを条件付けて。

──どうしてだったんだろう。

 正直今となっても、はっきりとした理由は分からない。ただ……自分の手で助けたかったのかもしれない。

 それに今となれば──私の腎臓が彼の中にあったから、最後にあの動きができたのではないかとも思う。

 積み重なり、全ては因果となり、連なっていった──その一つ。

「そうか……」

 だけどカズエさんは私を見ない。どこか遠いところに想いを馳せているようだった。

 またしばらく黙って待つ。聞こえるのは波の音。心地よい音色とは、こういうことを言うのだろう。姉が聞いたらきっと喜んでいたはずだ──故人を懐かしく思う。

 そうして数分後……もう一度、重い口を開いた。

「いや──センチとのこと。本当に……申し訳なかったと、思っている……」

 言葉に、つまる。返事に困る。

 今はもう傍にいない彼の名前に、喉の奥がぎゅっと苦しくなった。

──センチ。

 蓋をして、区切りをつけて、幼い自分に言い聞かせてきたこと──。

 私は窓から海を見つめたまま、カズエさんは俯いたまま呟いた。

「カンナちゃんだって被害者だ……何もなければ、今だってアイツと──」

──カズエさんがそれ以上の音を繋げることはなかった。

 有り難かった。きっと全てを言葉にされたら、私は泣いただろう。怒っただろうか。それとも……もうそんな高揚も残っていなかっただろうか。

 遠くを見る、海の果て。あの日、アイツも同じものを見たのだろうか。


 誰もが持っていた小さい頃の楽しい記憶。目を閉じれば、私は今でも思い出せる──。

 お気に入りはピンクの長靴。履いて出掛けるのが日課だった。あまりにも履き汚れるものだから、可哀想で雨の日はお休みをあげていた。

 幼馴染の年の近い男の子といつも遊んだ。駆けっこは必ず私が勝った。あまり負かせると泣くもんだから、家の中で一緒に絵を描いたり本も読んだ。飽きると、お互いの兄姉の元へ遊びにいった。彼のお兄ちゃんは誰よりも足が速くて、二人で歓声をあげた。私のお姉ちゃんはピアノがとても上手くて、二人で真似をした。

 センチの隣は──私だった。

 ずっとずっと、私だった。幼馴染は私。ずっと一緒に遊んで、ずっと隣にいたのも私。

 なのに……あの日を境に、私と姉はセンチの中で入れ替わった。

 カズエさんの隣にいた姉は腕をなくした後、センチの隣に。センチの隣にあった私の居場所は、姉にすり替わり、本来の場所をなくした。

 事情の分からなかった私は憤怒した。許せなくて、私からアイツを盗った姉も、私ではなく姉といるようになったアイツも許せなくて。

──事情が分かるようになった頃には、既に手遅れだった。

 現状を受け入れ、抜けた穴を異なる記憶で補完した後だった。

 ずっと隣にいたのは私ではなく……オトナシだと。

 悔しくて悔しくて、二人を嫌悪した。大嫌いになった。会いたくなかった、顔も合わせたくなかった。

 それはノゾミに対しても向き──。


 過去を思い出して気持ちが沈んでいると……もう一人駆け寄ってくる足音が聞こえた。

「こんなとこにおったか!」

 ミキさんの声に私達は振り返る。嬉しそうに笑う姿に助けられる。

 私達の会話はひとまずそこで途切れ、今度はミキさんを交えて話が進んだ。カズエさんは浮かない顔のままだったが、私は勘づかれないように感情を隠した。

「お、神様も一緒やったか。お疲れさん」

「だから、やめてくださいって」

「慣れんのぉ」

 何事かとカズエさんが尋ねれば……手には見慣れない器材。器械と表現するには単純な作り。まるで動物の足のような形をしているが、何かは分からなかった。

「見てやカズエ!」

 勢い余って、ぐいっと顔に近付けるミキさん。打って変わってカズエさんは面倒臭そうに顔を歪めた。相変わらず二人は仲良しだ。大人びているカズエさんがここまであからさまに感情を表現する相手は、ミキさんくらいだろう。

「これが義肢言うねんて! 本物初めて見たわあ!」

「義肢……ああ。どうしたんだよ、これ」

「外人さんが貸してくれたんじゃ! なんでも走る専門のもあるんやて! いや~見よう見真似でやってもこら無理やわ、凄いもんやなぁ外の技術は」 

 この前まで対応が悪いとぶつくさ文句を垂らしていたのに、打って変わって今日はとても機嫌が良い。いつもより饒舌に話す姿は何だか微笑ましく、沈んだ気分を払ってくれる。私まで笑ってしまった。

 すると今度は私の方にも見せようと近付けてくる。

「な、凄いやろカンナちゃん! これでもっかいカズエ走らすこと出来るで!」

「何で俺……だからいいって」

「よかないわ! こんな技術があるなら、試さな損やって! 任しとき、カズエの足はわしが造ったる!」

 眉間にシワを寄せるカズエさんにお構い無く、目をキラキラさせて熱弁する様は少年のよう。これが本来の姿なのかもしれない。

「お、なんじゃ。ノゾミちゃんもこれ気になるんか」

 すると義肢と呼ばれるものに、私と繋いでいない反対側の手をのばすノゾミ。不思議そうにペタペタと手で触った後、にやっと楽しそうに笑った。

「そやろそやろ! これはええのぉ! わしは人の体なんぞより金属触っとる方が合っとるけん」

 大きな手でノゾミの頭を撫でるミキさん。カズエさんは困ったように笑っていた。

「あ、そうじゃ。今、外人さんに言われたんだが」

 何かと尋ねると──

「遊び来んかって」

「は? 遊び? 正確に言え」

「視察来んかねって──外に」

 あまりにもさらっと話すミキさんに、私達二人は呆然とした。


 驚いて確認しに行ったところ……良ければ次回連絡船の帰り、一緒に乗って外の国を見に来ないかという申し出だった。

──外の世界。

 既に破壊され、本に記載されているだけだと思っていた存在……とうとう手が届くところまで近付いてきていた。開国したのだから当然の流れだが、それでもやはり信じられない。

「視察に行くなら、声を掛けられたミキさんですかね」

「何でわしが行かなあかんのじゃ」

「……え? じゃあカズエさん?」

「足が悪い」

「お前、ここぞとばかり最近それ使うの悪い癖やで」

「いやそんなことない」

「いや絶対そんなことある。前言わんかったやろ」

 引っ張ってくれている年長組がてっきり行くものだと思って話を聞いていたけれど……どうやら違うらしい。

 想定外の問題。誰が行くのかということだが──現場に居合わせた二人は頑なに頷かなかった。

 

 戻ってからも、しばし動揺し続けている私を……涼し気にランさんは眺めていた。

「何をそんなに狼狽えているのですか」

「だ、だってこの流れ……あ、ランさんは」

「お断りします。僕の関心はまだそこではありません」

 言う前に却下されるのは、雑な扱いを受けている気分になる。

 チラリと、意味あり気な視線を送ってくるランさん。

「どうしてですか。カンナさんが行けばいいじゃないですか」

「食糧の管理とか」

「申し送りがあれば大丈夫ですよ」

「街の巡回が」

「実際しばいてるの僕等ですから」

「他の人に負担がいくと、迷惑かかっちゃいますし……」

「ぐだぐだ言い訳連ねて鬱陶しいですね──人間、無いなら無いでどうにか回るもんですよ」

「それ……ランさんが言います?」

 彼は小さく笑ってみせた。

「勿論良い意味でです。何者にも代えがたいものがあるのも、また事実ですよ」

 腕に巻いている二種類のバンダナを今度は私がチラリと見る──今のランさんだからこそ言える台詞。

「何が貴方をそこまで躊躇させているのです」

 それこそ話すこそをためらったが、誤魔化すことも出来なさそうだったので……正直に伝える。

「……私が行って、いいのかって……復興に助力してくれているのは、やっぱり年上の人達の力が大きいから……」

「面倒臭いですね、散々巻き込んでおいて」

 さっきから、鬱陶しいやら面倒臭いやら……。

──絶対、毒を吐くのが増えてる。

 口調は以前から変わらず丁寧なのに、様子は明らかに変わったように思う。これが本来の姿なのかもしれない。

 ぐさりとくることも多いが……決して嫌ではなかった。

「行きたくないのですか」

 淡々と、ただ続けられる。答えられずにいると……ランさんは歩き、私を追い抜いて行った。

「行きたいなら、行きたいって言えばいいじゃないですか。周りが協力してくれるなら──それが貴方がやってきたことの結果です」

 すれ違い様に風が生まれる。さらりと彼の髪が柔らかそうに棚引く。

「ま、勿論例外はありますけどね」

 相変わらず失った片目は眼帯で覆っているが、最近は前髪で隠すことも増えてきた。髪が伸びたランさんは、以前よりも少し意地悪に感じた。

「──時間ですよ」

 少し距離を置き、私も後を追いかけた。



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