開国
やがて、大きな動きが現れる──。
日も雨も今まで通りに管理できるようになったが……人形制度を廃止した今、何をもって統制すればいいのか、あと付随的に食糧がいつまで持つのか……心配と不安が重なるばかりだった。勿論弱音なんて吐けない。
「うーん……すぐに食糧って出来ないんだね」
「そうだよ。今のものを収穫しても、すぐに次って訳にはね」
「それって、気温とか日照時間調整しても?」
「おや、いいところをつくね、カンナちゃん」
おばあちゃん達と相談し、うんうん唸っているところへ──ランさんがやってきた。
「どうしたんですか、また乱闘ですか」
「いえ。カンナさんに来てほしいと……あのコンピューターの部屋に」
あれがそういう名前の機械だと分かったのもごく最近。ひとまず書きしたためた束を手繰り寄せて、言われた場所へ向かう。
城の中は閑散としていた。以前のような厳かな空気はどこにもない。今となっては人がいるのは、半分ほど使えなくなった地下の農業や酪農施設と……あの部屋だけだった。
「ミキさん、どうしたんですか」
「お、来よったか、神様!」
「やめてくださいよ……」
「自分で宣言したのに、何を照れとると」
その場にはカズエさんもいた。着いてきてくれたランさんも後ろから顔を覗かせる。
二人は揃って、画面を正面に見据えており……そこに何か映し出されているのは明白だった。
「何か新しい情報が?」
「新しいどころ違うで──カンナちゃん」
口調はそのままに、ミキさんの声が高くなる。機械へと視線を送るものだから、私もつられる。ランさんも近付いてきて、私達は四人で覗きこんだ。
そこには──画面一杯の、見慣れない文字。
「なに……?」
「通信じゃ」
「にわかには信じられないが……」
「どういうことです」
よく理解できない。通信というのも、あの謀反の時に使っていた器械しか思い浮かばず、それのことかと尋ねるがミキさんは首を横に振った……嬉々として。
「そんなレベルとあらへん」
次々と現れる文字を、画面を操作して映し変えていく。目で追うのが精一杯で、何を言わんとしているのかすら分からない。
「これって、何ですか。文字? 全然読めない」
「わし等かて声出しては読めん。けんど、医学書とかに書いてあるのと同じ言語じゃ」
「だから、意味を読み解くことは出来る」
「通信なら……誰からの? 何と書かれているんですか」
ミキさんが、静かに指で画面をなぞる──。
「戦争は、終わった」
「……え?」
カズエさんがまた別の箇所を、ゆっくりとなぞる──。
「貴方が生きているか、私達は、ずっと心配していた」
後ろからランさんが身を乗り出してきた。
「まさか……」
「ああ、そのまさか──外の世界からじゃ」
受けた概略の説明はこうだった……外から接触の試み、支援の話があると。物資の提供、情報の共有。私達は取り残された国。全ては戦争の遺産、世界は復興を望む──と。
疑ってはいけないが、罠の可能性はと討論にもなった……しかし受け入れなければ、いずれ衰退の危機が迫るだろう。その結論に至り、外からの支援を受け入れることとなった──あの洞窟の先にある海から。
指定された日に向かう。
──あの日、センチとお姉ちゃんが見たもの。
「気分は大丈夫なんか」
「ああ……平気だ」
──カズエさんが足を失う直前に見たもの。代償となったもの。
「今じゃ見張りも任務放棄ですね」
「放棄させてのはわし等やけどな」
残党がつけた鍵を壊しながらランさんとミキさんが言う。
私達には届かなかった場所。
──アイと名乗った悲しい人が、あの時に遠ざけてくれたもの。
カズエさんから話を聞いて、今は彼女を思い出すと胸がチクリと少し痛んだ。
灰色ばかりだった景色が、色を変えていく──。
徐々に大きくなる、ざざっという音が、近付く足音に聞こえて不気味だと言うと……あれが波の音だと教えてくれた。
眩しい世界に──光を手で遮る。
見えたのは一瞬……自ら動く水と、広い砂地。好奇心が勝って、皆より先へと駆け出してしまった。
すぐに外からの来た人達に奥へと戻されたが、私にとっての海はそれが初めてだった。
心配していた裏切りを受けることも騙されることもなく、外の世界から来た彼等は親切だった。
言葉に関しても最初こそ一切分からないものだから、知識ある人達が筆談で対応していた。しかしそのうち、たどたどしいながら私達と同じ言語を話せる人を向こうは連れてやって来た。顔付きも、目の色も異なるに言葉が通じることに驚き……何より安堵した。
改めて、私達の世界がいかに閉鎖的な空間だったのかを……思い知らされた。
船と呼ばれる乗り物から積み運んできた防護壁を、彼等はテキパキと組み立てて、いつの間にか停留場なるものまで作っていた。お陰で物資の輸送も順調で、大きな混乱は起きていない。
好意的ではあるが……ミキさん曰く、時折やはりバカにされるそうだ。人形に関係する技術記録や臓器移植に関する実績経験は、今後確実に強みになると話していた。
「使えるもんは使わなあかん」
ミキさんは何だかんだで相変わらずだ。だけど以前より格段に生き生きとしていた。
私は国内の動きを監督しながら──いつまでもカズエさんやミキさんに頼っていられないと、語学の勉強を始めた。




