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30cmの人造人形  作者: アサキ
弔慰
19/51

変化


 把握出来ていない少数はともかく──おおよその人形が手元に揃った。

 揃った今だからこそ、もう一度……あの場所を訪ねた。

──とても顔を合わせられる訳はないけれど。

 むしろ拒絶されるだろうし、正直会う勇気も無い。申し訳ないが託す形になってしまった。

「あれ、こないだのお客さん?」

 キドの妹──彼女は今日も家の前で一人遊んでいた。体調は良さそうだ。ただ遠くに行く許しはまだ出ていないのだろう。

「うん……お願いを頼まれてくれないかな」

「いいよ。なに?」

 日時と時間を書いた紙を彼女に──。

「……ランさんに」

「それだけでいいの? わかった!」

 屈託のない笑顔。ノゾミと仲良くなれそうだなと、何となくそんなことを思った。


 それから……一つの答えが自分の中に生まれた。実行すべく、アイツを探す。

 すると兄さんに随分しぼられているのか、一階の机に打っ伏してぐでっとしている姿を見つけた。向かいの椅子に腰掛ける。

「なんや、坊か……お前の兄貴どうにかしてくれ。いちいち細かくてたまらんわ……」

「人の体触るなら当然でしょ」

 何をそんなにしごかれているのか知らないが、僕には関係無いし一種の自業自得にも感じた。放っておいて、聞きたいことを尋ねる。

「あの、さ……」

「なんじゃ。どうせ坊から話し掛けてくるなんぞ、用があるんやろ」

 顔の向きを少し変え、目線だけ送ってくる。気怠そうなのは分かったが、この態度はいかがなものか。

 取り敢えず、頷いた。

「お前がいたチームのボス……」

「ああ、コウのことか」

 コウ──確かにそう呼んでいた。

「あの人って……いつもあそこにいる?」

 何かを察したのか、寝そべっていた上半身を起こす。正面から僕の顔を見据えてきた。

「まぁ大抵あすこやろな。それがどうした」

「……ちょっと」

「ほお」

 ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべるミキを恨めしそうに見返した。

「……なんだよ」

「感情に任せた判断するん、止めたんか」

──勘が鋭くて嫌になる。

 頭の中を覗かれているようで嫌気が差す。だけど図星なので、反論も出来ずに口ごもっていた。

「返り討ちあっても知らんで。カンナちゃんには言うてから行き、おなごをあんま心配させたんな」

「……分かってるよ」

 にししと歯を見せて笑う。悪人のような、悪ガキのような。その癖、言うことはいつもまともで嫌になる。

「ミキ! 何をさぼってる!」

「げっ!」

──あ、やっぱりコイツだめだ。

 兄さんに連行されていく情けない姿を呆れながら見送った。


 カンナには考えを話すだけ話して、一人でまたあの場所へと向かう。むっとはしていたが、怒ることなく送り出してくれた。

 向かう最中……どうしても駆け足になる。

 浮かぶ様は──キドの人形を携えてやってきた時のランさんの姿。ああはなって欲しくなかった。現状を壊そうとしている癖に何をほざくかと指摘されれば、それまでだが……心配だった。怖かった。人が壊れていく姿はもう見たくなかった。

 空き地に人がまばらに見えて、走るのを止めてゆっくりと近付いた。

「……お前」

──良かった、無事だ。

 確実に人は少なくなっていたが、中央にいる人物に変わりはなかった。五体満足で、不思議そうにこちらを見つめてきた。

 囲むうちの一人が怒った表情で掴み掛かろうとするのを彼は制止した。

「今日は何の用だ」

「お話したいことがあって──」

 考える素振りを見せたが、しばしすると頷いてくれた。

「二人の方がいいか」

「はい」

「ボス! コイツが何したか分かってるんですか!」

 ああ、まだボスでいてくれた──そう分かると胸が苦しくなった。涙腺が緩むのを必死に抑えた。

 よく見れば声をあげた主は、以前マリオネットの後に水を手渡していた人だと気付く。髪が短いのでてっきり男の人だと思っていたが、声を聞いて女の子だと知った。マリオネットは本当に色んな人が絡んでいるようだ。

「負けた方が悪い。俺達のルールだろ」

「けど! こんなすぐに、のこのこやって来るなんて頭おかしいよ、コイツ!」

 仕方ない一面もあるが、随分な言われ方をされて苦笑いするしかない。けれど彼は平然とその様子を無視した。

「黙ってろ。ボスの命令に従え」

「でも……」

 ミキとは違って冷たくはないが、熱を決して持たない瞳。反論を許さない鋭い強さがあった。それきり彼女は黙ってしまった。他もしかり。

「すぐ戻る──歩きながらでいいか」

「あ、はい……」

 すたすたと早足で歩き始めるので、遅れないよう慌てて後を追う。命じた通り、他の面々はその場から動こうとはしなかった。

「あの……あんな言い方しなくても」

「部外者が口を出すな」

「……すみません」

 この人ならと思って来たのに──自分の感覚は間違いではないかと疑ってしまうほどの冷淡な態度。

 でも彼に連れられてきた場所が……少し離れた、小さな空き地だったことで不安は薄らいだ。

「ここって」

「前、話しただろ」

 小さな子供達が遊んでいる。敷地の端には座れそうな場所があったので、誘導されるがまま距離をあけて隣に座った。

 この空き地が、人形と接続された時に見える場所だと言うのは明言されなくても察せた。

 改めて話す場を設けてもらうと恐縮してしまうが、ひとまずチームのことを尋ねる。

「随分人が減ってましたが……」

「集まったところでやれることがないからな。次の人形が決まるまで、解散状態だ」

 次の人形という言葉はとても嫌な響きだったが、周囲から手の平を返された訳ではないことを本人の口から聞く。胸を撫で下ろした。

「良かった……」

「良かった? 何を言ってる」

「あ、すみません。どうしてもキド達のことが──」

 音に出してから慌てて口を塞ぐ。関わりがなければ名前を出したところで知らないのではないかと思ったが、コウさんはああと声を漏らした。

「逆心でトップが変わったところか」

「……はい」

「あそこと違って、うちは代々躾が厳しいんでな。そう簡単に力関係は覆されない」

 なんとも言えない複雑な気持ちになる。それに口を出したところで、また部外者と吐き捨てられるだけだろう。

 頭を切り換えて、本題を話そうとすると向こうから振ってきた。

「それで、何だ。欲しい臓器が決まった」

「なんでですか!」

 真顔で言われるものだから、冗談なのか本気なのか分からない。どちらかと言うと後者の予感がしたが、気を取り直して……伝える。

「貴方の幼馴染の人も弔うので、来て欲しいです」

「弔う?」

 何度目かになる説明を繰り返す──人の命を尊み、死を偲ぶ文化。本来こんな風に扱うのはおかしいのだと熱弁する。途中、口を挟むこともなく、彼は静かに聞いてくれた。具体的な日時を決めたので、それを伝えて返答を待っていると……ゆっくりと口を開いた。

「そうか。お前、そんなことを考えていたのか」

「はい」

「断る」

 なんとなく、この人なら理解してくれるのではないかという期待があった。こうもあっさり拒絶されると、行き場のない怒りすら覚える。価値観を押し付けてはいけないと分かりつつも、詰め寄った。

「どうして……幼馴染の人、大切なんですよね。ここもその人との大切な場所なんですよね」

「今の俺は、チームのボスだ。俺個人より、統治者の威厳を遵守することの方が重要だ」 

「そんなの──」

 悲しくないかと呟くと、コウさんは静かに目を閉じた。

「……慣れた」

 ゆっくりと目を開けると遠くを見る。視線の先には遊んでいる子供達がいる。かつての自分を重ねているのだろうか。

「でも……そうか」

 今度はここではない何処かを見ているような様子。何をしても動じなかった瞳に、少し色が宿る。

「マリオネットに貢献出来るのだから、名誉なことだと思っていた。悲しむのはアイツに悪いって──」

 知っている。それが現状の世界の価値観。それを受け止めきれずに壊れたのがコロンに、ランさん……僕達だと。きっと表に現れないだけで、もっと沢山いるんだ。

 コウさんは僕を見る。少しだけ微笑んでいるように見えた。

「悲しんでいいんだと……お前は教えてくれるのか」

「──それが人として、当然の感情だと思います」

「……そうか」

 また僕ではなく、正面を向いて空き地の風景を眺める。

 その横顔を見て、やはりと思う。

 決意を固めて、話す。これを第三者に伝えることがどれだけ危険かを理解しているつもりではいた。それでも、この人ならと思った。

「コウさん」

「何で俺の名前……そう言えばそっちにはミキがいたな」

 一人で納得した様子で彼は頷く。僕は前のめりになって、自身の考えを話した。

「力を……貸してくれませんか」

 今度は何だと、また無表情に戻った顔で呟かれる。拳を握り締めて、緊張を誤魔化して言い放った。

「僕は──人形制度を廃止させたい」

「……なに? ああ、そう言えば神がどうとか言っていたな」

「はい。そのためなら、神を倒すことも辞さないつもりです」

 案の定、彼は黙った。じっと僕の目を見つめるだけ。

 どうしてそう思ったのか。今まで環境、周囲の悲しみ、自分の悲しみ、絶望──伝えられることを全て伝えた。彼が同情する人柄にはとても思えなかったが、悲しみの連鎖しか生まない世界を終わらせたい。そうはっきりと伝えた。

 変わらず反応は無い。もはやうんともすんとも言わない。

「あの……」

 黙って見つめられたままで居心地がすこぶる悪い。困ってしまい、視線があちこち泳ぐ。

 それでもまだ返答が何もないので、業を煮やし……一つを伝えた。

「もし、あの言葉がまだ有効なら──貴方の生きたままの心臓を僕にください。貴方なら信じられると思いました。コウさんが、僕達に足らないものを埋めてくれるはずです」

 すっと目を細める。思うことがあるのか口元に手を当てて、目を伏せて……僕には聞こえない大きさで、何かを呟く。

「アイツ、何をこそこそ動いているかと思ったら──」

「コウさん?」

 呼び掛けると、瞳にまた僕を映した。

「──浅はかだな」

 言われ慣れた卑下する言葉。でも彼の様子がそうではないのは、すぐに分かった。

「お前、名前は」

「……センチです」

「センチ──お前が言う世界が本当なら、俺の手は汚れきっている。お前が願う未来は、俺の居場所とは違う」

「でもそれは、コウさんのせいじゃない……そうさせたこの世界です」

 彼は立ち上がる。僕から視線を反らして、来た道を見据えている。

 ふっと、小さく笑った。

「お前はまだよく分かってないな」

「どういうことですか……?」

「本当の意味で、人が着いていくとしたら──それは俺じゃない」

 一瞥だけして、彼は歩き始める。

「力で押し付けてきた俺達じゃなくて……もっと他の奴だろうな」

──他の人。

「それって……?」

「さぁ。俺も分からん。言い出した奴が考えな」

 去り際に片手を上げる。

「──ミキに宜しく伝えてくれ」

 それからコウさんが振り返ることはなかった。去っていく背中を見送るだけ。結局返事が分からなかったが──。

「否定はしなかった……?」

 よい方に考えすぎかもしれない。彼の反応をどう解釈すればいいのか頭を捻らせた。


 沈み行く朧気な日の光を見ながら、子供達が居なくなったのを見届けてから立ち上がった。

──どうなるんだろう。

 漠然な不安。決して上手くいっていない訳ではない、むしろ順調だろう。目標としていた人形の破壊も叶った。やりたかったことの具体的調整も進んでいる。

「しょんぼりして、どうしたの」

 ゆっくりと歩き、家路につこうとしていたが……そんなとぼとぼと歩いていたのだろうか。自覚は無かった。

──というか、誰?

 黄昏の中……顔は見えない。けれど、明るかったところ確認出来なかっただろう。

 話し掛けてくる──誰かを見た。

「貴女は……」

「久しぶりね」

 最後に会ったのはいつだっただろう。上手く思い出せない、色々なことがあり過ぎた。

 そうだ、何も無かった頃、何が起きているかも知らなかった頃──マリオネットを始めて間もない頃。

「お久しぶり、ですね……」

「こんな所までどうしたの?」

「知人に会いに……ちょっと」

「あら、前よりコミュ力ついた?」

「こみゅ……?」

  浮浪者と呼ばれている割には、しっかりとした印象を受ける女性。変わらず全身黒い服に身を包み、顔を隠していた。

 少し……懐かしい気がした。

「一緒にいたい人とは出会えた?」

 そう言えば──きっかけをくれたのは、この人だったと思い出す。

「……どうしたの?」

 彼と出会った時を思い出して。

 彼女とまた会えると信じていた時を思い出して。

 彼等は変わらないと思っていた時を思い出して。

「……死にました」

 歩み寄り、あの時と同じように僕の頬に手を伸ばす。

「そんな泣かないで」

 言われるまで涙を流していることに気付けなかった。以前のような息苦しさも嗚咽もなく、涙が溢れるだけ。慣れてしまったのだろうか。

 その人は人差し指で涙を拭うと、強引に親指で目元を擦ってきた。

「い、痛いですって……」

「もう誰もいないの?」

「誰も──」

 不思議と、すぐに頷けなかった。確実に心を許していた二人はもういないのに……言われると、断言出来ない気がした。

「あの……貴女は、僕達を引き寄せたんですか」

「僕達?」

「前に会った時、見に行ってと言いましたよね」

「ああ、そんなこともあったね。街中ふらふらしてると、この子とこの子は仲良くなれそうかなって……そんな気もたまにね。気紛れ。当たってた?」

 きっと何が起きたか知らないのだろう──深くは告げず、当たっていたとだけ伝える。見える唇が嬉しそうに弧を描いた。

 僕の落ちた前髪を耳に掛け直し、離れる間際に頭を撫でていった。

「人の本質……ちゃんと見てね」

 前回触れられた時も思ったが、名前も知らない人なのに不快ではなかった。どうしてだろうと考える。身なりはともかく優しく、発言がまともだからだろうか。

「いつでも、ね」

──オトナシ。

 彼女と声が似ているのだと、その時初めて気が付いた。

 慌てて呼び止めようとしても、毎回のごとく……背中を向けて去っていった後だった。


 考え事をしながら歩いているうちに家に着く。中から賑やかな声が漏れてきていた。

──誰もいないのか、か。

 心の中で先程の問いを繰り返す。

「ただいま」

 扉を開けると……またミキが机に打っ伏している光景が、まずは飛び込んできた。

「うっわ……」

 残念な姿を見かねて溢れた声。それに気付いた兄さんが顔をあげる。

「ああ、おかえり」

「センチー」

 机に上ってミキの髪の毛を引っ張って遊んでいたらしいノゾミが空いている手を振った。

「……おかえり」

「あっ、カンナ。ただいま」

 変わらずむすっとしていたが、声を掛けてくれる。怒っている訳ではなさそうで安心した。

「ねぇ、この状況……どうしたの」

「カズエさんから説教されてるミキさんをノゾミが慰めてる」

「どう見たら慰めてるに見えんのじゃ……ノゾミちゃん、そろそろハゲるから止めてくれぇな……」

「話を反らすな。お前、回路繋ぐのは上手い癖に、どうして結紮があんなに適当なんだ」

「人には得意不得意……」

「結び目考えろと言ったよな? ちゃんと交互に──」

 どうやら内容は、出掛ける前からあまり変わっていないようだ。これじゃどちらが年上か分かったものじゃない。兄のお説教は続く。ミキはうなだれて顔をあげない。

「……あんな調子だけど、人形はほとんど直ったらしいよ」

「そうなんだ……とてもお礼を言える状況じゃないけど」

「うん……カズエさん、意外と厳しいんだね。私達には怖くなかったのに」

「うん、僕も今知った」

 こそこそと二人で話していると、兄さんは僕達に向かって声を掛けた。

「ああ、そう言えば今日菓子の配給あったから、お前達で分けて食べろ」

「わしの分は……」

「は?」

 何をやかしたか知らないが、こってり絞られている様があまりにも酷くて──度を越していて。僕とカンナは顔を見合わせて、少しだけ笑った。

「なに笑っとんのや……甘味、寄越し!」

「いやだよ、これ僕のだ!」

 本気で奪いに来るので喧嘩になり掛けて、今度は僕とミキがカンナからお叱りを受けた。そんな僕達の様子を、今度はカズエ兄さんとノゾミが笑いながら眺めていた。


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