敵討
大方片付いた。悲しんでいる存在を改めて知り、躊躇は消えた。
残る大きなチームは一つ。そこさえ消せば、障害となるような勢力はない。
──決めていた。
最初が奴等なら……最後は、アイツ等だと。
連れ添って歩くのは今日はカンナではなく──ミキ。横に並ぶと無駄に大きいので身長差が際立って気に入らないが仕方ない。アイツは正面を見ながら話した。
「あんチームは、この辺りでいっちゃんごつい。血気盛んな連中の集まりじゃ」
かつて自分が身を置いていた場所のはずなのに、まるで他人事のように説明を付け加える。
ちらりと隣を盗み見るが一切表情も変わらない。思い入れはないのだろうか。ぽそりと疑問を伝えても、はぐらかすだけ。
「なんでそんなところに……?」
「さぁて──何でやったかのう。交代してから、あすこのボスは比較的まともじゃ。下はどう思っとるか知らんが」
すると向かいを顎で指される。遠くに集団を見つけた。
──区域内で一番強いチームだと聞いた。
かつて他のチームを壊滅させるまで至ったこともあるらしい。強く、容赦はしない……だから時に残酷。
彼等の溜まり場と化している空き地があり、踏み込むと視線が一斉に集まった。
僕よりも──隣のアイツに。
じゃり、と砂を踏み締める音が大きく響く。
「久しいのぉ」
「ミキ……何しにしにきた」
中央の男が最初に声をあげた。忘れられない顔に、込み上げてくる殺意を抑え込む。今は僕が荒ぶる時ではない。
案の定、呼ばれた当人は僕相手の時と変わらずニヤリと口角をあげる。気に入らないのだろう、険悪な様子で数人がミキを囲んだ。
「お前、話が違うじゃねーか」
「俺等を優遇するって話だったから、前のボスが引き入れたんだろ」
いつも僕個人が気に入らないからあの態度をしているのだろうと思ったが……そうでもないらしい。見慣れた意地の悪い笑みを浮かべて、周りを囲む人間をバカにする口振り。
冷たい視線を向ける先は──今は僕ではない。
「そら、お主等の勘違いやろう」
「はぁ?」
「わしが約束したのは先のボス。お主等とは違う──人形師はあくまで平等じゃ」
「テメェなめてんのか」
「政府から指名を授かった人形師が当然やろう。よくて身内まで──そうやろう?」
そう言って、ミキは中央に陣取り、最初の発言以降黙したままの男を見た。
「……用件を言え」
「おい、ボス!」
「話が早くて助かるわ。だーが、今日用があるのはわしやあらへん……このお坊ちゃんじゃけん」
どんと、乱暴にお尻を蹴られた勢いで一歩前へ出た。
視線がミキから移り、僕に集中する。誰だと言う声も中には聞こえてくる。
──そうか、覚えてない人もいるのか。
彼等にとってあの出来事すらも些細な日常なのかもしれない。
勿論僕は……忘れた日はない。
──コロン。
今でも彼を思うと苦しくなる。もっと理解してあげることが出来ていれば、もっと世間を知って人形を取り上げていれば、止めることを提案出来ていれば……なんて無い物ねだりばかり考えた。
──君の命のお陰で、僕は今ここに立っている。
だから目の前で並ぶ顔を忘れたことなんて無かった……笑いながら腹を裂いた奴、手足を抑えていた奴、苦しむ様を他人事だとただ見ていた奴、動かなくなった体を足蹴りした奴。
「僕の友人を──コロンを返してもらいに来ました」
名前を出すと思い出したのか、ああと声を漏らす奴もちらほら。他はニヤニヤと笑う奴、じとっと見てくる奴、面倒臭そうに睨む奴……興味なさそうに明後日の方向を見ている奴。
「噂は聞いてる。条件を言え」
ボスと呼ばれる男は表情を一切変えることなく、淡々と応じる。何を思っているのか……ミキと同じように読めなかった。
けれどやることは変わらない──同じ言葉を繰り返す。
「全員で」
すっと立ち上がり、目の前に立たれる。彼が歩くと道を作るかのように人々が退く様からは、キド達のチームとは違う……頂点への畏怖を感じた。
「賭物は……お前が体、兼人形のパーツ。俺達は全員分の人形か」
「はい」
「勝てば高価な優良品、負ければ没収。無謀に見える多勢に無勢……なるほど、食い付きそうなネタだ」
静かに見下ろしてくる瞳は、僕を見定めているよう。ゆっくり瞬きを繰り返す。
「だが、それで他が負かされているのだから素直には頷けない。こちらの条件だ……あと二人分、追加しろ」
周りからは歓声。そりゃいいと誰かが笑う。
──やはり。
顔を歪める。覚悟はしていたが、言葉にされると辛いものがあった。応じるしかないのだが、返答に悩んでいると……隣のミキが勝手に発した。
「カズエとカンナちゃんか」
「ちょ……何を勝手に!」
「なんじゃ。あん二人以外おるんか」
本当に、嫌いだと思った。向こうのボスと同じように淡々と言葉を連ねる。事実には違いないが、さらりと述べることに理解も賛同も出来ない。
「……本人達に了承も無しに」
「少なくともカズエは分かっとる。ま、勝てばええ話やろう。負けたらわしからも捌かれる説得したるわ、コイツに賭けた方がハズレやったてのお」
睨み付けるが勿論効果はない。ちらりと一瞥されるだけだった。
向かいの男も抑揚なく話す。
「じゃなければこちらは一体破損した時点で終了、譲渡もその個体のみに限らせてもらう──目的は全人形の破壊なんだろう」
奥歯を噛み締める。負けるつもりは毛頭ない。だが……周りの近しい人を巻き込むと明言するのは苦しかった。
いいなという問い掛けに──頷いて応じる。男はポケットに手を入れたまま、更に続けた。
「俺とはタイマンだ」
「え……?」
周囲がざわつく。単語が分からないで狼狽えていると、後ろからミキが耳打ちをしてきた……一対一のことだと教えられて、僕まで驚く。噂を知った上でその提案は自信なのか、自惚れなのか。
先に声を荒げたのはチームの面々だった。
「おい、ボス! ほんっと生温ぃな!」
「黙ってろ。お前等がまとまってコイツ倒せば済む話だろ」
「ボス抜いて俺達だけでやれって?」
僕達を差し置いて、始まる内輪揉め。呆然としばらく見ていた。
「俺は一人でやる。コイツの力に興味がある」
「それで俺達が負けていいってか」
来る途中に聞かされた内容を理解する……ここもキド達と同じかもしれない。反発、反抗。頂点から引きずり落とそうと、下が機会を狙っている。集団になるとはそういうことなのかもしれない──統率者が孤独なのは何処でも変わらないようだ。
男は慌てることもなく、騒ぐ連中を横目で静かに見た。
「お前等で勝てば、俺はトップから下りる」
「え、マジで」
「好きにしろ。強い奴が相応しいだろう」
再度あがる歓声。彼等にとってはこの出来事すらお祭り騒ぎに過ぎないようだ。
「信じられない……」
「こういうもんじゃ。ラン達みたいに補足し合って維持する連中もおれば、冷静に独裁貫いて釣り合いとる輩もおる」
さて、と──傍らに立つ二人が目を合わせる。
「俺は後手だ」
「見物させてもらうわ」
少しの間ぽかんとしていたが、二人が場所を譲ると他の連中が前へ出てきた。知っている顔を見て……気持ちが固まる。
──やっと敵が討てる。
今はただ倒すだけ。
腹を裂いた奴は腹からぶちまけて。手足を抑えていた奴は四肢を引きちぎって。笑った奴は首を吹き飛ばした。
やはり今までのチームと比較すると手強いが……問題なかった。水死体のように浮かぶ個体を眺める。
「はは! ほんにやりおる」
座って見ていたミキが手を叩きながら笑う。笑い声は耳に障るが体の痛みが酷く、相手にする余裕は無かった。
「くそっ……おい! これで盗られたらボスのせいだからな!」
ミキの隣で地べたに座り、黙って眺めていただけだった男がゆっくりと気怠そうに立ち上がる。
「俺が負けたら俺のせいだが、お前達の負けを俺のせいにするな」
鞄から取り出した彼の人形は……綺麗な服で着飾られていた。
「けどメンバーの尻拭いするのが、先代から引き継いだ俺の役目だ──もう黙ってろ」
場がしんと静まる。くつくつと低く笑うミキの声だけが響いた。
「変わらんのぉ……コウの言う通りじゃ。お主等の有無は有意ない、ボスの勝敗がチームの結果そのもんや」
一同の反感を買ったのは僕でも向こうのボスでもなく、ミキだった。恨みがましい視線がアイツに集中する最中、黙々と準備を整える。
表示された画面には──こちらと同じように、全てのパーツが揃っていることが示されていた。
「お前の中枢は誰だ」
画面上の腹部パーツに目を奪われていると、そんなことを言われた。戸惑わせるための挑発かと思ったけれど、至って真顔なものだから……自然と返していた。
「──大切な人です」
「そうだろうな……俺の中枢は昔馴染だ」
彼がコネクターを装着すると、人形が水の中で立ち上がる。僕達は彼等二人を正面に見据えた。
「繋がる時、お前には何が見える」
接続された瞬間……僕と同じように顔をしかめる。けれど慣れたように、それもすぐ戻った。ゆっくりと上がった瞼から熱を持たない瞳が覗く。
「僕は……彼女の歌っている声が、聞こえます」
「声。そうか」
「……貴方は?」
ふっと彼は鼻で笑った。
「昔、一緒に遊んだ空き地だ。ここじゃないけどな」
色が変わる。明るい色が向こうの周囲をまとい、くるりと一回転。
──こんな風に誰かと話すのは初めてだった。
まともというのも間違いじゃないのかもしれない……そんな幻想は打ち砕かれる。
「追加条件──俺も自分の臓器を賭ける。好きなのを持っていけ」
「なっ! そんなの!」
「平等のためだ。お前の大切な友達も……コイツの中には入っているからな」
黒い感情が──沸き上がる。
会話を交わして相手の良心に触れたつもりでいたが……自分の中で影を潜めていた、攻撃的な部分が表面に現れる。
「……返せ」
「感情に流されるのはリスキーだと教わらなかったか。それとも、感情で振り回しても勝てる相手ばかりだったか」
鮮やかな蛍光色──互いの人形が動き始めた。
荒れ狂う気持ちのまま突進すると、するりと避けられる。そのまま側面から蹴り飛ばされる。
──速い。
蹴られた腹と、水槽にぶつかった衝撃で背中にも強い痛みが走った。
今まで相手にしてきた中でも、突出した速さ。力が強い個体とも出会ったが、全て速さで押し負かしきた。自分達の強みが抜きん出た伝達速度であることを自然と理解していた。
それが今回……大きな差を生まない。こちらの方がやはり有利ではありそうだが、ついてこられる能力の持ち主。流石、区域一番のチームの頂点……自信があるのも当然だと思えた。
けれど──変わらない。
「この気持ちの高ぶりが……僕の強さでもあると信じてます。そんな冷めた目で、僕はこの子達を見られない!」
「……ふん」
全ての攻撃が防がれる。まともに通らない。連続して仕掛ければ、押せはするが致命傷には至らない。
「若いな」
すっと……後ろに避けられて体勢が一瞬崩れる。その隙を狙われて、腕が腹部を貫通。引き抜かれると手に握られていた内蔵物が一部水の中に散らばった。
えも言えない激痛に腹を抑える──コロンはこんなものを耐えたのだろうか。音に鳴らない悲鳴。対照的に、周囲からの賑やかな声が耳に入った。
そうしてまた……壁際まで蹴飛ばされる。堪らず片膝をついた。
「痛いか。適合がいいほど近い感覚を受けるらしいから、相当だろ」
冷や汗、吐き気。うつ向いてはダメだと、顔だけはすぐにあげる。見なければ回避することも出来ない。
「僕よりも、彼女達の方が……今でも痛いはずだから……」
どうにか距離をつくり、体勢を立て直す。吐物がこれ以上あがってこないように口元を押さえながら僕自身も立ち上がった。
「何を言っているか、意味が分からない」
「貴方も痛いはずなのに……気付いてないだけだ」
攻撃が止んで、向かいの人形は余裕そうにまた一回転。
──このままじゃダメだ。
じわじわと削られて、終わる最後を想像してしまう。
詰め寄られる距離を保つために、とにかく水槽の中を動き回る。腹から出た内蔵物が浮かんでいる……腸の一部だろうか。
それを見て、先程までとの僅かな差に──気付く。
動くことを……止めた。
向かってくる人形をその身そのまま受け止める。再び貫通し、今度は背中まで飛び出した腕に……周囲からは歓声があがった。
離れる時、腹部の開放創は大きくなり内蔵物が露になった。
──まだダメだ。
嘔吐まではどうにか抑えるが、端から漏れた唾液を手の甲で拭う。気分が悪すぎてちかちかする視界。腹を押さえる。同時に僕の人形も内蔵物が落ちないように腕で傷口を抱えた。
「行って……!」
自由な右腕を持って、相手に向かって拳を振るう。近距離からの攻撃で加速はつかない。簡単に手首を掴まれる。
「イカれたか」
引き寄せられる力に対抗すべく、残った左手を、腹から反対側の上腕へと移す。
みちみち、と──引き剥がされる音。すぐに、ばきっと大きな音を立てて……右の前腕は引きちぎられた。
起き上がる喝采。誰の声ももう耳には入らない。自分達のことで手一杯だった。
向こうの人形は、不要物とばかりに離れた前腕を水槽奥底へと投げ捨てる。中心の芯にあたる金属は主にこちら側へ残ったため、力なくふにゃりと肉片を曲げた。
「ボロボロだな、可哀想に」
チームのボスは少しだけ目を細める。哀悼の意のつもりだろうか。そんなの……まだ早い。
「僕達は──神に会うんだ」
「神……?」
「四肢をもがれたって、内臓を奪われたとしても……まだ、やりたいことがある!」
出来るだけ壁際まで下がり、極力また距離をつくる。
そうして、願う。いや、頼む。
──君も痛いけど、僕もその痛みを分かち合う。
だからと……正常に残る腕で腹に開いた穴から、自らの内蔵を引き出した。全てを取り出して、接続された配線を引きちぎる度に小さな火花が走る。
喝采が喧騒へと、どよめきへと変わる中……腹を全て空にした。剥き出しの奥、脊椎に相当する隆起だけが覗いた。
「──オトナシ!」
繋がるのはもはや、僕と彼女だけ。
予想外だったのか止まっていた敵方。はっとして、動き始める。
「とち狂ったか」
「これが僕達の絆だ……!」
攻め込む。一気に詰める距離。向こうは避けようと後ろへ下がるが……
距離は縮まる一方。
「なんで」
──逃がさない。
増した速度に、ちぎられて露になった右腕の金属骨格を振りかざす。
勢いのまま……思い切り顔面部へと突き刺さった。
後頭部から貫通した鋭縁──引きちぎられて露になった金属が、飛び出して、バチリと大きな火花。男の叫喚が響き渡った。
「こんに、ぐっちゃぐちゃに壊しおって……直す側の立場も考えんかい」
「いいよ、このままで。オトナシとは繋がってるから」
四肢はかつての兄達のものを使っていると聞いたので、正確には彼女だけではないが……まぁいいとしよう。
「良かないわ、何があるか分からんけん。はぁ……カズエの奴、グチグチ細かいんよな。これ直すんか……」
ぶつぶつ文句垂れながら、僕のカプセルを手元に見るミキ。唇を尖らせている様は本当に大人気ない。
視界の隅で、ふらりと起き上がる影が見えて……僕はすぐさま、そちらを向いた。
「あの……大丈夫、ですか」
「ああ」
頭を貫かれる痛みは経験したことないが、相当な負荷だった様子で……意識が飛んだらしい。うずくまったまま動かない彼に、中枢神経系を損傷されて動けない人形。戦闘状態を解除して、回収した後だった。
何だかんだで……遠巻きから、チームの部下達も彼の様子を見守っていた。ミキは他のカプセルも弄りながら、ちらりと男を見た。
「おう、起きたか」
「……どのくらい落ちてた」
「少しだけじゃ。まぁ体の方は問題なかろう、今日は休んどき」
「休むも何も、しばらくは何も出来ないけどな」
額を押さえながら話す。眉間にはシワが深く寄せられて、まだ痛むのかもしれないと思うと申し訳ない気持ちがあった。チームの一人だろう小柄な人物が、水の入った容器を渡すと彼は口をつけた。
「──俺達の負けだな」
大きな溜め息。終わった後、どちらの結果に転がるしても喧しいと思っていたが、場は静かだった。
彼は傍らに置かれていた、カプセルの中に戻った自身の人形を見つめる……額には大きな穴があいて周囲も潰れていて、言われなければそこが顔面とは確認できない。
「──全て削いだのは、軽くするためか」
「え? あ、はい……余分なもの捨てた方が速くなるかなって……肝臓とか重いし……」
思い出すのは先のこと──内蔵物を失った後、動きが少し速くなるのを感じとった。代わりに力や持久力が落ちることは予見したが、その際どうでもいいと思えた。純粋に彼女との繋がりだけで、乗り越えられるならばそうしたいと。結果、予想通り速さに繋がったのは幸いだった。
じっと穴のあいた人形を見つめたまま……彼は問い掛ける。
「マリオネットの強さは何だと思う」
考える間もなく、答えた。
「──繋がり」
「……そうだな」
視線を動かして、今度は僕を見つめてくる。その瞳は変わらず温度を持たなかった。
「何をするつもりか知らないが、好きにしろ」
差し出される壊れた人形を……両手で受け止めた。
──やっと君を取り返せた。
抱き締める。あの日の光景を思い出して目頭が熱くなった。
「無下にはしません」
「……そうだと嬉しい」
ふっと、少しだけ笑う──彼の本来の一面を垣間見れた気がした。
「あとは……どれを持っていく。出来たら対の片方だと助かるが」
「何の話ですか?」
「俺の臓器、持ってい──」
「遠慮します!」
複数のカプセルを運ぶとなると毎回大変だった。特に今回は個体数も多いから一苦労……と思ったが、僕は向こうのボスのカプセルを一つ持つだけに留まっていた。もとい、これは自分で持つと言い張った。
政府側には人形師であることが周知されているのか、ミキが呼ぶと軍服姿が運搬を手伝った。滑車のついた箱で家まで着いてきてくれる状況は、正直気味の悪いものだった。ちなみに試しに話し掛けてはみたが、何の反応も得られないのは予想通り。以前聞かされた通り、政府との接点を持つのが難しいことをこんなところで実感した。
帰路の途中──あのチームが今後どうなるのだろうかと考える。キド達のように崩壊して辛い目に合わせるようなことがあったら、願うところではない。現状、他のチームも解散はあれど下克上や崩壊した話は聞かないので……彼等もそうあってくれるよう祈った。
「最初に話しとったが──」
始終無言で歩いていたが、ぽつりと斜め前を歩いていたミキが呟く。ちらりと一瞬見るので、僕に話し掛けているらしい。
「映るって……何のことじゃ」
何のことかと思って首を捻ると、向こうのボスとマリオネットの前に交わした会話のことだと言う。
ああ、と──人形使いではないから、いくら人形に触れていても繋がったことがないのだ。いかにもな雰囲気をいつも醸し出している癖に、知らないことが奴にもあるのは意外に感じた。
「なんか……そういうのあるよ。僕は主に聞こえるけど、あの人には見えるみたいだね」
「どういうこっちゃ」
「コネクター着けた瞬間に、なんか流れ込んでくる感じ。多分……思い入れがあるものが伝わってくるんだと思う」
「神経系に強烈に刻まれた記憶は、繋がった使い手に映るっちゅう訳か──」
また無言。正直ミキが何も思っているかに関心はなかった。ただそんな話をきて、先に戦ったあの人の言葉を思い出していた。
空き地が見えると……きっと一緒に遊んだ思い出の場所なのだろう。今、手で抱えているこの人形は、あの人とのどんな想い出を胸に身をやつしたのか。ちゃんと弔って……出来たらあの人も呼びたいと、そんなことを思った。したことは許せないが、故人を偲ぶ気持ちに違いはないはずだから。
「坊、お前……」
またかと。いつもバカにしてくるだけなのに、今度は何の話だろう。怪訝な顔をして背中を睨んだ。けれど今度はこちらに顔を向けなかった。
「ランの──いや、キドが前に使うてた人形と接続したことあるんやろ」
「え? あ、ああ……」
思い出したくもないが、強烈に記憶に刻まれているので忘れられない。そんなことを聞かれるとは思いもしなかったので、少しどもった。
「何が見えた」
「えぇ……そんなの──」
覚えていないと言おうと思ったが、何故か思い出す。一度繋がると、焼き付くのかもしれない。
「二人……」
──あれ?
「なんじゃ」
なんとなく……似ている誰かが今は思いあたったが、気のせいだろう。有り得ない組み合わせだ。引っ込みかけた言葉をそのまま伝えた。
「知らない二人が映ってた」
「そうか」
「……なんで?」
「興味本位じゃ。ほれ、我が家が見えたで」
「お前んちじゃないだろ」
とは言うものの、帰れたことが嬉しくて自然と早足になる──終わるならこの戦いだと本当は思っていた。
「ただいま!」
「遅い!」
まだ日が暮れ掛けた頃合いだと言うのに、扉を開けた瞬間……カンナの怒声が聞こえてきて一歩後ろへ下がった。
唯一喜んで迎えてくれたノゾミを腕に抱えて、不機嫌なカンナと苦笑いを浮かべるカズエ兄さんを前に頭を下げる。
「ごめんなさい!」
「何が?」
「ねぇカンナ……まだ何も言ってないのに、何でそんなに怒って──」
「センチ……それ以上言うと、俺はお前を地下へ連れて行かなければならなくなる」
「え? 兄さんまでどうしたの」
「緊張感のない連中やのぉ」
ミキだけはいつもと変わりなく、大きく笑った。
気を取り直して──事情を説明する。
「ごめんなさい……二人の了承もなく、勝手に巻き込んでしまって」
「結果的に何もあらへんかったけん、言わんでもええんに」
「うるさい」
兄さんは僕達を見て、また苦笑いしたが、すぐに真顔に戻った。
「ミキの言う通り、俺はとうの前に覚悟していた。捌いていたのだから、捌かれて終わっても文句はない」
「ありがとう……でも極力そういうことが無いようにしたい」
「だから、そういうとこが甘ったれてるって言われるの」
内容を考えると発現したのは一見ミキのようだが……実際のところはカンナだった。
「アンタのバカみたいな夢物語聞いて、それに力を貸すって言った時から予想出来たことなのに。今更何、綺麗事言ってんの」
「カンナ……」
「私もとっくに顔突っ込んじゃってるんだから、他人事みたいな扱いは気に入らない」
ふん、と怒った表情。なのに……むくれているだけのように感じられた。
「──ありがとう、二人とも」
カンナは顔を背けたけれど、兄さんは笑って頷いた。