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30cmの人造人形  作者: アサキ
弔慰
16/51

作戦会議


 それからも時間が許す限り、連日連戦を重ねる。相手がチームだろうと、単独の使い手だろうが常に全力で壊し……奪いに行った。

──殴られることもしばしば。

 仕方ないだろう、誰かを差し出し得た人形を奪われるのだから、

 けれど──その誰かをこんな風に扱うべきではないと、気付いている人は少ないのかもしれない。


 徐々に溜まっていく壊れた人形を前にカンナと話す。

「これ、どうするの?」 

「この区域の人形を全部壊したら──」

 そこで地下に繋がる扉が開くので、視線を音の元へ送る。マスクをずらしながら出てきたミキにカプセルを手渡された。

「直ったけん」

「……ありがとう」

 地下にいると体に染み付くのか、兄さんと同じ様にツンとした刺激臭が近付くと漂ってきた。

「今回は腕が一本千切れるくらいか……大して壊れもせんし、ほんに動く人形らしいの」

 頷く。戻った彼女を手に抱え、大切に抱き締めた。そんな僕の様子をミキは静かに見ていた。

「──今、聞こえてきとうたが」

 話しながら首元のボタンを緩めて、どしんとふてぶてしく椅子に腰掛けるアイツ。

「今やっとることが終わったら、次はどうすんじゃ」

 手で仰ぎ、長い前髪を後ろにかき上げる。防護用に着込んでいるせいか、額には汗がうっすらと浮かんでいた。細長い目がじろりと僕を捕らえる。

「前、政府に抗議する言うとったが、具体的にどう考えとる」

「どうって……」

「もっと先を見据えて動かんかい。手遅れになって周りに迷惑掛けてからじゃ遅いんぞ」

 僕達の間で、また険悪な空気が流れる。それを破ったのは、地下から遅れてあがってきたカズエ兄さんだった。

「ミキ、ちゃんと片付けろ。じゃないと次にやる時にお前が怪我するぞ」

 兄の声が聞こえた瞬間、ミキからの睨みは止む。代わりにバツが悪そうに……いや、子供のように手足を投げ出して伸びをした。

「んなん、カズエがやってくれるからええやろ~」

「ふざけるな」

「やっぱりわしは生物(なまもの)は好かん、無機物が触りたいのぉ」

「お前がやると言ったんだろう。俺の後を継ぐなら、しゃんとしろ」

「それとこれとは別じゃ。言うても実質カズエがおってくれるけん、ゆっくり勉強させてもらうわ」

 地下で作業する時は二人一緒に潜っているらしい。引き継ぎや技術面を補うためだそうだ。

 だとしても……そのやり取りを聞いて鼻で笑ってしまう。

「人に偉そうに言う癖に、自分は兄さんに甘えてるじゃないか」

「なんや、坊」

「アンタ達……」

 いがみ合いが再開すると、カンナが溜め息。何だ何だと兄さんも参入してきた。

「何の話をしていた」

「……これからのこと」

「本気で政府に反抗しよう思うとんなら、簡単に構えとると潰されて終わる。坊は甘いねん──カズエやカンナちゃんに被害がいったらどないする」

 最初は苛々したが……少し抑えて、自分の中で意味を咀嚼する。特に後半の言葉──的確な指摘だった。何も返せない。

「わしの言うてること、何か間違うとるか」

 ぐっと自然と奥歯を噛み締める。これ以上、周りの人を傷付けないためにやっているのに──逆に危険に晒していることを反芻する。理解しているつもりでも、自分の気持ちを優先していたかもしれない。

 カラカラと車輪の音を引き連れて、兄さんも机の定位置につく……と同時に、隣のミキの頭を軽く叩いた。

「いった! 何でわし!」

「お前も大人気ない。そんな言い方するな」

「カズエ、甘々やんけ!」

「弟に甘くない兄貴はいないだろう? うちの兄貴達は違ったが、俺は違わない」

 兄さんとは、避けられていた理由がはっきりと分かった今、分け隔てなく接せるようになっていた。多分幼い頃と変わらない関係に戻り……こうやって味方してくれることも、しばしば。

 恨めしそうに兄さんを見るミキ。

「こないだまで違ったやろ……」

「今までの分も惜しみなく」

「……もう嫌じゃ、こん職場!」

 そう言うとミキは、床に座っていたノゾミにちょっかいを出すが、今は絵を描くことで忙しいのだと相手にされない。兄の発言は少し嬉し恥ずかしだったが……ミキに関してはいい気味だと腹で笑った。

「俺もセンチがここまで成績をあげるとは……正直思っていなかった。実績が揃った今だからこそ、話せることもある」

 兄の発言で、ひとまず場の空気は持ち直す。そっぽ向いているミキも含めて、四人──改めて机に揃う。

──作戦会議みたいだ。

 前回、人形の全破壊を宣言した時もこんな風だったことを思い出した。

「確かにミキの言い分も最もだ……そうだな」

 間を持たせた後、真顔になったカズエ兄さんの問い掛けに頷いた。

「今のところカンナちゃんも特に問題ないか」

「はい、大丈夫です」

「よし……ここまでは、マリオネットの一環としてまだ許されるだろう」

 確かに次だ──と、兄さんは真剣な面持ちで付け足した。

「今後新たな人形を生み出さない……それがお前の望みだな」

「うん」

「マリオネットの破棄なんぞ、政府が認める訳あらへんわ」

 視線を僕達の方へ戻して、ミキも打って変わって真面目な面持ちで話す。

「本気で反抗する気あんなら──反政府、立てることも辞すんな」

「前も言ってたけど、それって……謀反ってこと?」

「せや」

「政府を乗っ取る勢いでやれ、ということだな」

 ミキの荒々しい発言に、カズエ兄さんも追い討ちを掛ける。黙って様子を見守っていたカンナだったが、僕達三人の顔を交互に見比べて……むすりと不機嫌そうに声をあげた。

「それこそ皆がもっと危険な目に合うんじゃ……」

「そうだね、僕もそこは本望じゃない」

 頭の中では浮かんでいた色々な可能性と方法。初めて口に出して表現する。

「いきなり政府の長の首を取ろうとは思わない。まずは、話し合う機会が欲しい」

「話し合う? 神様と?」

「神……って?」

「政府の統治者だ。全ての頂点」

 神──それが最終目標相手。

 素朴な疑問が口からぽろりと溢れたが、案の定反応は冷ややかだった。

「どうやったら会える?」

「会う! とんでもないわ!」

「謁見が叶うことはない。恐らく政府関係者でも限られているはず……まず聞いたことがない」

 予想通りと言うか、やはりと言ったところだった。ミキはまたバカにしたように甘い甘いと連呼。

──分かっている。

 そうだとしても、自分が持っているものが少な過ぎるのだ。うつ向いて拳を握り締める。

 すると……隣から肘でこつり。

「──持ってるもので精一杯戦いなさいよ」

 小声で囁いてくるカンナ。無表情で擁護することはないが、否定もしない。心配や不満、不安は訴えるが……決して彼女は僕を否定しなかった。

 それだけでとても嬉しく、心強くて──顔を上げる。上げて、すぐに戻すこととなる。

「僕だけじゃ足りないんだ──だから」

 頭を下げる。自分の力ではどうともならないことは当に痛感していた。カンナには伝えたが、二人にはまだ正式に頼んでいないことが気になっていた。

 いけ好かない奴に言うのは嫌だったが、天秤にかければ当然の行動。

──僕の知識じゃ足りない。だけど、幸い僕は独りじゃない。

「お願いします……力を貸して下さい。僕だけじゃ、この後の具体的な方法が思いつかない。どうしても政府との接点が欲しいんだ」

 空間を静寂が占める。ポキンと、ノゾミが使っている筆記用具が折れる音が大きく聞こえた。

「……謙虚なのか無鉄砲なのか、よく分からない育ち方をしたな。話し合いで解決しなかったら、どうする」

 兄の声に顔をあげる。変わらずカズエ兄さんは真面目な顔付きで真っ直ぐにこちらを見つめ……ミキはまた違う方を向いていた。

「とても話し合える相手じゃなかったり、猶予が無くなったら……その時は謀反も選択肢だと思う」

「繰り返すが、そうなれば確実に俺達だけで済まない。大騒動になるし、俺達以外の力も当然必要となる」

──ここにいない、他の人の力。

 まだ全てが想像出来る訳ではないけれど、気持ちは変わらない……そう伝えると兄さんは頷いた。

「確かに詰めは甘いが、コイツなりの考えを持っている。これで手を打ってやったらどうだ」

「……けっ」

 兄さんは楽しそうに口角をあげながらミキに投げ掛け、投げ掛けられた本人は眉間にシワを寄せた。

 しかし前のめりで話していたカズエ兄さんも、小さく息を漏らしながら後ろへもたれる。

「とは言っても、政府との接点か……難しいな」

「え?」

 意外だった。この二人なら確実に知っていると踏んでいたので、兄の反応は想定外。困ったように腕を組み、宙を眺めている。

「俺達は誰も神を知らない……神どころか、普通の生活をしていれば政府との接触は皆無だ。食糧の配給くらいだろう」

「え、でもコロンの時とか──」

 冷たくなった体を平然と運んだのは間違いなく軍服をまとった政府の人間だった。悪夢に見ることは減ったけど、口にすると吐気。気分は良くなかったがそんなこと言っていられないので続けた。

「……人形師なら、政府と絶対繋がっているよね?」

「実際のところは、お前が見た新しい遺体の運搬、使わない遺残物の回収、あとは定期報告くらいだ」

「それだけ?」

「意外やろ」

 頭の後ろで腕を組み、椅子を前後にぎしぎしとさせながらミキが言う。兄さんから椅子が壊れると注意を受けても気にしない様子。

 僕と決して目を合わせようとはしないが──答えてくれるということは、少しは妥協してくれたのかもしれない。僕も未だにコイツを認めることは出来ないけど、それでも有り難いことに違いはなかった。

「わし等かて、そんにまともに話すことなんざあらせん。というか相手にされん。数もカズエの時とかの方がよっぽど多かったろうに」

「俺? ああ、足の時か。まぁそうだな、あの時ほど軍服の群れを見た時はない」

 さらりと言う兄を内心凄いと思った。二人はいつも通り会話を続けていく。

「自治とか言うて結構放任されとうが、許容範囲外の問題が起きれば即刻処刑じゃ。どっかに戦力隠し持っとんのは分かっとるが、それ以上は掴めん」

 天を仰ぐミキに、口元に手を当てて唸り声をあげる兄さん。カンナは静かに見守っていた。

「そん時のこと、何か覚えとるか。坊は恐らく覚えとらんやろ 」

 その時──処刑を指しているのだろう。勿論自分にはその頃の記憶がない。全てはオトナシが残した録音から手に入れた事実だけ。兄さんは更に唸りながら、古い記憶を絞り出しているようだった。

「外との境界線……扉の向こうを少し歩いたら、防護服を着こんだ連中……普通の軍服もぞろぞろと出てきた。あの辺りに駐在しているのだろうが、それも足を切った後はさっさと撤退していった」

「おりはするのやろうが、つまるところ連中は必要最低限しか介入してこおへんっつうことじゃ」

 カンナはしかめっ面……色々想像してしまったのかもしれない。当時を考えると身の毛もよだつが、二人が淡々と話すので、つられるようにして僕達三人は問答を続ける。

「街の中で……たとえば喧嘩とか、騒動を起こしたら?」

「見たやろ、放置じゃ。たとい死人が出ようが自治の範囲内」

「そんなの、自治なんて言わない」

「不思議なことじゃない。経験上、積極的介入は壊滅が予測されなければまず無いだろう」

「壊滅したって、どうせ他から人口つっこむだけじゃろうて」 

 嫌な話ばかりで胸糞が悪くなる。焦点がずれそうになるが、本題を忘れていけない。

 必要なのは──政府との接点、すなわち情報。

「じゃあ、こっちからの接触って……」

「正直難しい」

「まあ、無理じゃな」

 思い切り伸びをするミキ。真面目に話すことに飽きたのか、床で遊ぶノゾミに対して再びちょっかいを出し始めた。小さな体を抱き上げて、膝の上に乗せる。

「おい……落とすなよ」

「わしかて政府の情報が欲しい。じゃけん人形に関わったんに、この様じゃ。目ぼしいことはあらへん」

「そうだな」

「……そうなの?」

 同じような返事をしてしまうが、恐らく各々が違う箇所に反応していた。僕としてはミキが政府の情報を元から欲していたという事実は意外だった。

 かく言う本人は完全にノゾミと戯れ始めていた。手遊びをして、関心はもはやこちらには無いようだった。

「期待に応えられなくて悪いが、所詮俺達も政府の駒の一つだ──何も知らない」

 兄からその単語が出るのは不思議な感覚。ミキの代わりに、すまなそうに目を伏せるので首をぶんぶん横に振った。

「ありがとう。そうなんだね」

──手詰まり?

 突破口が浮かばない。直談判が通るとも思いにくい。

「……強行突破?」

「野蛮やのぉ」

 呟いた言葉が聞こえたらしく、ミキのぼやきが耳に入る。ムッとして睨み付けるが、変わらず遊んでいるだけ。相手にするだけ無駄だと諦めることにした。

 頭を抱える一方だったが……今まで黙っていたカンナが、そこで口を開いた。

「ねぇ──マリオネットは?」

 僕とカズエ兄さんの視線が彼女に集まる。

「さっき却下されなかったっけ?」

「造る側じゃなくて、やる側」

──どういうこと?

 意図が分からずポカンとするだけ。やる側……使い手はまさにこの中では僕のことだが、接触する機会なんてなかった。

 けれど兄さんは何か察したのか、なるほどと感心したように呟く。

「立場が違うから忘れていた……それなら可能性がある」

 二人の顔を交互に見る。どういうことかと尋ねると、いつものように、そして慣れたようにカンナは話し始めた。

「マリオネットに勝ち続けていると、政府から声が掛かることがあるの」

「どういうこと? 勝ち数も管理してる?」

「新製時に個体ごとにナンバリング──数字をふり分けている。誤作動を防ぐために周波数を変えているから、そう言った意味では数えることも可能だ」 

「でも詳細は分からない」

 時期や条件も不明瞭。確かなのは──強者であること。

「招集されたら勿論拒否権はないし、帰って来た人も聞いたことがない」

「嫌な匂いぷんぷんするわぁ。けんど、たまーに呼び出しくらった奴は喜んで行っとったな。政府お抱えの人形使いなら食いっぱぐれん言うて」

「お前のとこの前のボスだろ、確か前回の招集受けたのは」

「忘れとった。興味あらへんわ」

──興味がない?

 ミキの立ち位置がよく分からない。最初に出会ったチームにいる時の印象が強烈だったが、その実、興味がないだの、政府の情報が欲しいからだの……近くにいても真意が掴めなかった。

「ねぇ、それっていつ?」

「半年くらい前やったか」

「その前は?」

「わしは覚えとらん」

「一年前……いや、二年前か。そんなに狭い間隔でないのは確かだ」

 悠長に待ってなんかいられない──その間にも、違うところで人の命を使って人形は生まれていくのだろう。知ってしまった今、そんな命の使い方を見過ごせない。一つでも少なくしたいのだ。

「──待つ必要、ないんじゃない」

 視線が彼女へ集まる。

「センチがこのまま、本当にの区域の人形を全て破壊出来たなら……戦う相手はもういない」

「ほう……それもそうやな。なるほど、おもろい」

 皆が色んな表情を見せる。カンナは無表情、ミキは好戦的な眼差し、兄さんは難しい顔。ノゾミは一人だけ、きゃっきゃと楽しそうだった。

──全て倒せば。

 それが、政府にも繋がる。意図せずとも行き着く先は同じ。

「まあ……坊の頑張り次第ちゅうこっちゃな」

 ミキはいつものニヤリとした意地の悪い笑みを浮かべた。


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