開始
【弔慰】
傷が癒えて、行動制限が無くなった頃──身を整えて家を出る。隣には彼女も一緒だった。
「ねぇ、本気なの? 病み上がりなのにいきなり……」
「うん、決めてたんだ──最初にやるなら、そこだって」
宣言通り協力してくれるカンナの働きで、街の情報収集に困ることはなかった。お陰で目的地を迷うことなく定められた。
ただ今回お願いしたことに関しては……渋々といった具合だった。心配しているのか、無茶だと呆れているのかまでは言及してこなかったが。
「勿論僕が悪いんだ。けれど──」
兄さんは明らかに不安気な面持ちだったが何も言わず送り出してくれた。
ミキに至ってはやはり僕に興味が無いのだろう……背中を向けたまま、特に反応はなかった。
──ともかく。
思い出すのは彼等。
「あの二人は悪くない……決まりか何か知らないけど、恩を仇で返す奴等は好きじゃない」
角を曲がると──集団を見つける。見知った顔。ただし中央で偉そうにふんぞりかえっているのは……以前とは違う男。
「この辺も大分静かになったな。残党もいねぇし」
探していたのは──かつてキドとランさんが率いていたチーム。面々に見覚えがあったので確信したが、全体数は一回り小さくなっている気がした。
足音で気付いたのだろう、視線がこちらに集まる。
「何の用だ、勝手に入ってくるな……って、お前確かに」
初めて会った頃と比較して、場の雰囲気が悪くなっているのが一目瞭然だった。集まっている人々の目付きも鋭い。
中心で座っていた男が立ち上がり、僕達の方へと歩み寄ってくる。
「カズエの弟か。よう元気か」
馴れ馴れしい口調は以前のリーダーと被るところがあるが、明らかに違う……人を見下した態度。
「チーム探しか? 入りたかったら、入っていいぞ。お前には恩があるからな」
「恩……?」
「アイツ等を引きずり下ろす正当な理由を作ってくれた」
言わずもがな……だけど、尋ねずにはいられない。
「──アイツ等?」
「ああ、最近さっぱり見なくなったな。お陰で清々したわ。あのチビ、何かにつけて偉そうだったし、お付きもいつもチビの肩ばっか持ちやがって」
はは、と楽しそうに笑う。ミキの方が断然悪人らしい笑い方をするのに、何故だろう。
──凄く、腹が立つ。
「まだちっさいチームの頃はマシだったんだけどな。メンバーが多くなってきたら、やれ分配が、最低限やら……耳障りでよ」
考え方の相違は幾らでもあるだろう。それ等に対応し、まとめていくのが統率者の役割。分かっている……だけど、だとしても。
──許せない。
キドはお節介だった。でも、優しかった。生温かった。本気で服従させようとすれば、姑息な手でも使いさえすれば、全て叶っただろうに。それでも最後まで未熟な僕すら尊重し、挙げ句……心配してくれた。
──そのせいで、あんな結末になってしまった。
申し訳ない。今でも罪悪感で胸が一杯だった。
『どうして僕の腎臓を……人形に使いたかったの?』
『──キドの妹に、腎移植が必要だったからだ』
カズエ兄さんから理由を聞かされて、気持ちはより深く沈んだ。彼が妹のために腎臓移植のドナーを探していただなんて、思いもしなかった。
──知っていたら、僕は自ら力になったのだろうか。
分からない……所詮は仮定の話、全ては終わったこと。もしかしたら信じないか、他人の為に体を捧げるなんてバカらしいと聞く耳を持たなかったかもしれない。
でも──あらかじめ知りたかった。
僕が傷つけられるのは仕方がない、自業自得だ。だけどあの二人は……僕とは違う。そんな仕打ちを受けることがおかしい。皆のことを想ってやってきた。
だから──絶対に許せなかった。
肩に乗せられた手を払う。パチンと皮膚を叩く音に、一同の視線が僕に集まった。
「あ?」
何かを言われる前に。有無言わさず、発する。
「僕と──マリオネットをしましょう」
ざわつく場。だけど関係ない。隣でカンナが眉をひそめているが気にしない。
──敵はこの場の全て。
「ははっ、面白い……いいぞ。だが条件をつける。お前カスタムしまくりだったよな? 俺達貧乏人なんでね、こっちはハンデを」
「──全員で」
「は?」
「条件を提示します。そちらは全員で構いません」
喧騒。現役のリーダーだろう男は、ニヤリと口角をあげる。
「報酬は? お前は何が欲しいんだ」
「そちらの人形全て」
「はぁ?」
そりゃ突然言われた側は理解できないだろう。団体戦があるのは聞いたことがあったけど、単体で集団に挑むことは聞いたことがない。
だけど自分で決めたこと……何と言われようと実行する。
「こっちが勝ったらどうすんだよ」
「好きなものを──僕の四肢内臓含めて全て。各部位、保存されている優良パーツと交換出来るように、弟権限でカズエ兄さんに依頼済みです」
実際に施行しているのはミキだが、名目上は兄さんの名前がまだ残っているらしい。お陰でこんな無茶なお願いも出来た。
──実際負けたところで捌くのはミキだと思うと、少し気持ちは軽かった。
兄さんはまた自分を責めてしまいそうだから。
勿論……負けるつもりはないが。
「八つ裂きにされてもいいって言うんだな」
「構いません」
「生きたまま」
「お好きに」
「へぇ」
「センチ……!」
売り言葉に買い言葉で、流石のカンナも声をあげた。後ろに立つ彼女に微笑んで応える。
「ありがとう……でもごめん、これは僕の意地でもあるから」
せめて彼等と同じ立場で。
──どんなに心許なかったか。
たとえ信頼してる相方が一緒だとしても、かつてを共にした仲間達から手の平を返されるのは、どんなに辛かっただろう。
「せめて……味わえばいい」
僕自身──敵自身が。
条件を互いに飲み、場所を移動する。あれから……初めての水槽の前に立つ。緊張で手に汗を握るが、敵対する相手に対してというより、マリオネットそのものに対して。
──オトナシ、君はここにいた。
「早くしろよ。条件の撤回は無しだからな」
胸の中で、人形に身をやつした彼女達に繰り返し謝罪する。
──それでも、君の力が必要なんだ。
目を閉じ、深呼吸して……気持ちを固めて目を開く。
──ここからもう一度、力を貸して欲しい。
行動に対して無知であること、有知であること……言い訳かもしれないが、重みは違うと思いたい。
水の中に浮かぶ敵の数は十体ほど。人形自体の数だから、実際の人数はもっといるはず。
無茶な条件を飲むほどだから、負けるつもりなんて露もないのだろう。楽しそうにニヤニヤとこちらの準備が整うのを待っている。
こうやって見れば──あの二人がいかに上手く統括してきたかが分かる。今でこそ雰囲気は悪いが、以前はもう少し和やかだった。
それを壊したのは自分。もう一度言い聞かせる。
「だから……負けない」
人形を水の中に放ち、コネクターを装着する。突き抜ける鋭痛には慣れないが、彼女の声が聞こえると、共にいるのだと一種の安堵を覚えた。
音だけでなく──微かな懐かしい映像も見える気がした。
飛び交う人形──複数相手は初めてだった。避けても次の個体が待機しているから、思ったよりも動きにくい。伝わる痛みに耐え忍ぶ……視界がちかちかする。
「無様だな。さすが世間知らず」
聞こえる嘲笑も気にならない。彼等と彼女の痛みに比べたら、今の痛みなど大したものではない。
止んだ攻撃の合間に、共に前を見据える……数は多いが、いずれも並みの性能。
──マリオネットは確かに不気味だ。人の命を使って成り立つ。
だけど、その強さは──絆の強さに比例している。
構える。
「だから僕は……誰にも負けない」
誰よりも繋がる人と共に戦っているいるのだから──。
「いこう、オトナシ」
本気で動く速さに、奴等はついてこれない。保身も考えず突撃する様は恐れ知らずの愚者に見えるだろうが、それでも勝機があることを確信していた。
再起不能なまでの破壊……ひとまず神経系を主に狙えばよい。
「ふっ……ざけんなよ」
ばらばらになった人形の四肢やパーツが水槽の中、あちこちに浮遊する──異様な光景だった。
最後の一体も羽交い締め。絞めた首が……ポキンと折れて胴体から離れる。残酷に思えたが、これが手っ取り早いと教えられた。
しかし同時に忌み嫌われる行為だと──それこそ暗黙のルールだと。
「クソガキが……マナー違反だって、習わなかったか?」
案の定、敵のリーダーは鬼の形相。僕は平然と回収された自身の人形を戻す。重なった痛みによって、強い疲労感を伴っていた。
「世間知らずなんで」
駆け寄ってくる敵のリーダー。掲げられる拳が見えた。
「センチ!」
殴ろうとする腕を防いでくれたのは……カンナだった。
「はっ、女がでしゃばんな」
「女だからって何よ、雑魚」
不愉快そうに互いを睨み付けている。呆気にとられる僕を他所に、拳を振るうのと構えて防ぐ動作が二人の間で続く。
──カンナ強い。
「……軽くかじってるくらいで、いい気になるなよ」
けれど足蹴りされるのは防ぎ切れず、一歩引くことでカンナは身を守った。向こうは声高く笑う。
「アイツより全然弱ぇ弱ぇ!」
「くっ……」
カンナは不満げに自分の手の平を見つめていた。
「カンナ、大丈夫?」
「てめぇは自分の心配してろ!」
ガツンと頬に大きな衝撃と実質的な痛み。今度こそ殴られたが、避けることは身体能力的に最初から無理だし……避けるつもりも全く無かった。
襟を捕んで再び殴ろうとしてくるが、今度は周りが仲裁。
「おいやめろって。こっちが違反扱いされちまう」
「次の人形作ろうぜ」
次──また次の供物を選ぶのだろうか。犠牲はとても終わる兆しを見せない。
なだめられた結果、首元を閉めていた手は緩まる。代わりに罵倒を残し、彼を彼等は踵を返した。
「お前……恨まれるぞ」
──分かっている。
痛む頬に手を当て、倒された体を起こす。彼等の背中を見送った。
「無茶なことする」
「カンナこそ」
水槽の前に残ったのは僕等二人だけ。
──あの人は人形を失っても、まとめていけるのだろうか。
去っていた彼等を想う。手段を奪ったのは確かに僕だが、何もなくなっても皆はあの男に付き従うのだろうか。簡単に裏切るような統率者に。
「センチ……これ、どうするの?」
指された先は水の中から回収されて、地面に無惨に放り捨てられたカプセル。指摘されたように他人の心配より、まずは自らのことだ。
力無く浮かぶ人形はバラバラで、もはや人の形を成していないが──ようやく歩み出せた一歩。僕にとっては大切な命の対価。誰かの……大切な人。
「持って帰ろう」
「重くない?」
「……確かに」
結局何回かに分け、往復して運ぶことになった。もう使い道のない人形には誰も見向きもせず……僕達が回収するまで、いつまでも悲しく地面に転がっていた。
夜──五体満足で戻った僕等を兄さんは安堵した表情で迎えた。ミキは行きとは打って変わり、手を叩いて大笑い。
「ほんまにやりおったか!」
「無事で良かった……」
何も言わないが、カンナも緊張が解けたのか、ほっとした顔だった。
「兄さんのお陰で、賭けにのってくれたよ。ありがとう」
「まだ続けるのか」
「うん、勿論」
「すぐに噂は広まる──条件交渉が厳しくなるだろうから気を付けろ」
「分かった……って、冷たい!」
突然頬にひんやりとした感覚が襲ってきてびくりとするが、黙って濡らした布を押し当ててきたカンナだった。