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30cmの人造人形  作者: アサキ
真実
14/51

弔い

「センチ、来たよ──って、なにこれ!」

 ノックをして、今日はいつも通りの時間に部屋へやってきたカンナから変な声が聞こえた。

「あ、カンナ。おはよう」

「どうしたの、これ……」

 顔が若干引いているが、今更気にならなかった。カンナが僕に好意的でないのは今に始まったことではない……今日はちょっと観点が違うかもしれないが。

「調べもので」

「だからって……全部引っ張り出したの?」

「うん」

 彼女がそんな反応をするのも仕方ないだろう──何分、僕の部屋が本の海になっていたから。この部屋にあるものから他の場所に保管してあったもの、思い付くものを全て集めてみた。多少の足の踏み場はあるが、あちこち広げられた本で埋まっている。

 隙間をねって、近付くカンナ。そろりと僕の傍らに膝をついた。

「……何を探してるの」

「昔、読んだ絵のついた本をね」

「絵がついた? 絵本とは違うの?」

「うん」

 かなり昔に読んだ本──絵の部分だけが印象に残っていた。軽く説明しただけなので彼女は怪訝な様子で僕を見つめていた。

 いっそのこと、探しものに関して彼女に尋ねてみることにした。

「“弔う”って、どうやるの?」

「──え?」


 バタバタとカンナが家を出ていった後、追うように僕も下へ降りる。

「なんや騒々しいのぉ」

 一階には予想通り、カズエ兄さんとミキの二人。驚いた様子で玄関の方を見つめていた。

 先に僕の存在に気付いたのは兄さんだった。眉間にシワを寄せて、心配なそうな表情。

「カンナちゃん、どうした……?」

 けれどお構い無く、机に勢いをつけて、ばんと手を置く。玄関の方を向いたままだったミキはビクリと肩を震わせた。

「びっ……くりさせおるわ。二人とも、何をそんに」

「兄さん! いや、もうこの際、お前でもいい!」

「突然人のこと指差して、お前とはえらい飯草やな」

 また口にフォークをくわえている。コイツ、うちで朝御飯食べるのを日課にし始めたに違いない……まぁいいが。

 息を吸い込んで、声を張り上げる。

「人形って──最後はどうなるの」

「どうなる?」

「どうもこうも……」

 僕が知りたいのは、人形の行く末。

「終わりはあるの?」

 二人は顔を見合わせた。変わらず不審な様子だが、先に兄さんから口を開いて教えてくれた。

──人形師の二人なら知っているはず。

「修理と管理さえちゃんとされていれば、永遠と動き続けるが……」

「動かなくなることはない?」

「いや……破壊されるか、使い手がいなくなれば不能と見なされて回収だ」

「回収されたものは?」

「使えるものは再利用待ち、使えないほど木っ端微塵にされたものは──」

「破棄じゃ。他のゴミに混ざって通常通り処分される」

 何となく僕の言わんとしたいことを察したのか、ミキも答える。二人とも真面目な表情に変わっていた。

 「ひどい……」

 話を聞いた僕の口からは、自然とそう漏れた。

──終わることのない役目。役目が終わったところでその扱い。

「お前……何を考えてる?」

 尋ねる兄さん。僕はまだ何も答えなかった。

「センチ、やっぱうちにあったよ」

 そこへ戻ってくるカンナ。近いとはいえ、あの距離を急いで往復して息を乱さないのは流石だ。

「もしかして、これのこと?」

 年上の二人をさて置き、今度はカンナと話を続ける。彼女は歩きながら持ってきた本をペラペラめくった。

「──図説?」

「うん、本とは少し違う」

「だから見つからなかったのか」

  話しておいたページを見つけて、カンナは机の上に大きく開いて置く。

僕とカンナ……そしてカズエ兄さんとミキもそのページを覗きこんだ。

「なんじゃこら」

 不思議そうに年上二人は目を落とす。僕は記憶の中の相違を確認するため、急いで文章を目で追った。

「──“弔い”」

「とむらい?」

──これだ。

 亡くなった人を想う気持ち……幼い頃、強く記憶に残っていたのはこれだと確信した。

「ありがとう、カンナ。よく分かったね」

「……うん」

 皆の視線は本の上。内容を理解した後は徐々に顔をあげ始める。

「遺体を燃やすんか? 勿体ない。パーツに使えへんやん」

「疫病を防ぐためって……今の政府のように全て検査して、安全性を確認したら問題は」

「あーもう! そういうのいいから!」

 やはり年を重ねると概念が定着しきってしまうのか、二人からはそんな意見ばかり。カンナは黙って、葬儀と呼ばれる儀式を描いた絵を見つめていた。

「人の体は材料じゃない、命の欠片だ」

──僕のやりたいこと、できること。

 一晩、いや……前から考えてきて、やっと生まれた一つの答えを宣誓のように歌い上げる。

「僕は──全ての人形を弔いたい」

 三人の視線が僕に注がれた。

「弔うって……これか?」

 ミキが本を指差すので頷く。

「要は燃やしたいんか」

「その言い方、止めてよ……なんかちょっと違う……」

「どちらにせよ、そんな権限は俺達には無い。他の人形使いも理解するとも思えないが」

「理解なんて、いらない」

 つい勢いで言い切ってしまったが、語弊があるので慌てて追加する。勿論理解して貰えれば尚のことよいが、現状ではとても難しい。人々の中に、この概念が存在しないのだから──。

 仕切り直して、もう一度伝える。

「全ての人形を、破壊する」

 しん、と静まり返る。兄さんの視線が厳しくなっていることに気付いた。カンナは相変わらずだが、アイツは……盛大に笑った。

「はは! とんでもないこと言いおるわ。さすが引きこもりだったお坊ちゃんは違う……自分の言うとること、分かっとんのか」

「勝てば全て手に入る──それがマリオネットでしょ。僕が勝って手に入れた人形なら、誰も文句は言えないはず」

「……ほーう」

 口と手で、交互に持っていた食器を机の上に置いて、ミキは人が悪そうにニヤリと笑った。

「全てを破壊してどうする。また新しい人形が生まれるだけだ」

「──人形制度を維持しようとする、政府に抗議する」

 今度は手を叩いて笑うミキ。放っておいた。カンナは難しい顔をして、小さな声で尋ねてくる。

「本気なの」

「うん、本気」

「抗議とは……どこまでを言っている」

「止めてくれるまで」

「そこまでいったら、反政府思想じゃ」

 笑いをピタリと止めるが、口角をあげたままの意地の悪そうな表情でミキが投げ掛ける。足を大きく組む様は尚更偉そうだった。

「坊……お前は政府がどんなけマリオネットを重視しとんのか知っとんのか。あれに関われば人の生死なんぞお咎め無しじゃ」

「ああ、知ってる。目の前でお前達に見せてもらった」

「えげつないモンに手を出そうとしとんのを、分かった上で喋っとんのか」

「うん。これが僕の考えだから」 

 僕達の不穏な空気を感じて、カンナが止めようとするのを制止する。しばらく僕とミキは睨み合っていた。

 兄さんは手を口の前で組んだまま、考え込んでいるようだった。よく見れば傷つけた右手も添えられており、多少動くようになってくれたらしい。口に出せる状況ではないが、嬉しいことだった。

 沈黙を破ったのは……アイツだった。

「──おもろそうやんけ」

 変わらず極悪人のような顔付きで口元だけ歪めて、笑って言う。

 肯定されるとは思っておらず、意外だったが……そこに兄さんが続いた。

「今の体制が気に入らない俺達として、異論はない」

 更に驚く。ミキが僕を否定しなかったことも、カズエ兄さんがはっきりと政府に対して嫌悪感を示したことも。

「え」

「なんじゃその顔」

「兄さんはともかく、だってお前とか……絶対強い奴に従う、ズルい奴だろ」

「なんつー印象持っとんじゃ」

「すまんな、訂正しても直る気配が一向にない。身から出た錆だと思え」

「カズエ、そらフォローなっとらんで」

 突然真顔で二人がふざけ始めるのは……少し慣れてきたが。カンナが心配そうに僕達を見ているので、ひとまず話を戻す。

「お前がそう言うのは……意外だ」

 鼻で笑うミキ。

「わしは常に、自分の関心事が中心じゃけん。別に政府や人形を優先するつもりはあらせん」

 そのために政府に歯向かってもいいと言うのだろうか。

「丁度尻尾が掴めんで飽き飽きしとったところじゃ」

──そう呟くアイツの真意は分からなかった。兄さんはミキを一瞥した。

「……じゃあまた、マリオネット、するんだよね」

 目を伏せながらカンナが言う。カンナにはランさんとの件で色々と面倒を掛けたから、申し訳ない気持ちもあった。

「うん……このまま僕が止めたところで何も変わらないから。だったら僕が止めにいきたいって思ったんだ」

「──分かった」

 彼女は顔をあげて、僕を真っ直ぐ見つめてきた。

「センチがやりたいこと、やれるように協力する」

「いいの?」

「力を貸すって約束したから」

 表情を変えず、淡々と読み上げるだけの口調。だけど心強く感じた。

「……ありがとう、カンナ」

「アンタ、頼りないから。もう内臓盗られないようにして。迷惑」

──ごもっともです。

 いい話の流れだったが、少し肩ががくんと下がり……ミキはまたケラケラ笑った。

「や~カンナちゃんは坊のケツ叩くのが上手いのぉ」

「ミキさんは茶化すのをもう少し控えてください」

「へいへい」

 考えを打ち明けたはいいものの……頭の痛い面々だなと思った。

 その中でも、兄さんだけは変わらず神妙な面持ちだった。ふと目が合うと……真剣な口振り。

「難しいだろうが、志を持つのはいいことだ。行けるところまで行けばいい」

「うん。ありがとう」

「だけどな、今の生活を何とも思わず、何不自由を感じずに生きている連中も大勢いる。反政府の動きは、そいつ等からしたら望まない世界……エゴの塊だ」

 兄が何を言わんとしているのかを察した。

 それを──受け止める覚悟はあるのか、そう目で訴えてくる。

 迷わず、頷いた。

「必ず……皆が笑える未来に導く」

 兄さんはもう深くは尋ねて来なかった。代わりに、ふと口角を軽くあげた。

 一方で、はんっと、ミキは鼻を鳴らす。

「ほんに甘ったれじゃのう」

 また僕達のいがみ合いが始まる。カンナは呆れたように溜め息をついていたが、口は出してこなかった。

「坊……お前がわしを嫌いなのも分かっとるし、わしもお前のそういう甘ったれたところが好かん」

 睨みながら黙って話を聞く。するとアイツは足を組むのを止めて、体を前へ乗り出した。

「けんど……一時休戦じゃ」

 目を細めて、今度は楽しそうにニヤリと笑う。

「坊のお人形さんが最強なのはカズエから聞いとる。カズエの代わりにわしが整備したる──最強のマリオネットでおらせたるわ」

 お礼は言わない……ただ頷いた。

 顔をあげて、胸を張って──三人を見渡す。もう無知のままではいない、いられない。

「これが世界なら。未来の可能性は……ここから作っていくんだ」

 はは、とまたミキが笑う。

「大層なこと言いおるわ」

「常識を崩すのは並大抵なことじゃないからな」

「生半可なことやってると、アンタまた足元すくわれるからね」

──各々が好き勝手に言い始め、僕自身も最後は苦笑いを浮かべた。

「カズエ、わし知っとるで。こういうの、ちゅうに病言うんやろ」

「ちゅうに?」

「……ノゾミ起こしてくるね」

 意味は分からないが、取り敢えず絶対バカにされている気がしたので、散らかした部屋の片付けとノゾミを迎えにその場から離れることにした。



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