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ナガ族の若者たちはとても気の良い人たちだった。
滞在期間をどう過ごすか訊かれた時に「まだ決めていない」と答えると、次々とガイドに名乗りを挙げてくれて、毎日交代で誰かが凌についていることになった。
まさかこんなことになるなんて想像もしなかったが、より効率的で楽しい観光になるように彼らでプランを組んでくれると言う。
そこまでする必要はないと断ろうとすると叱られた子犬の様に項垂れてしまうので、日中の数時間で、無理のない範囲で、という条件で了承してしまった。
明日の約束をしてからホテルに戻ると、もうすぐ日付が変わるところだ。
シャワーを浴びようと服を脱ぐ。
覚悟をしていたナガ料理は想定以上に辛くて、もう自分の体臭そのものが香辛料みたいだと錯覚してしまう。
ナガの青年たちはライム水を片手にナガチリという唐辛子をかじり、まるで平気な顔をしていた。
とても真似しようなんて気にはなれず、凌は添え物のりんごをかじった。
ホテルの設備はとても整っていて、凌のような一人旅行客が殆どだった。
祭りの季節ではないので満室ではないが、格安で上質のサービスを受けられるので素泊まりのバイカーたちによく利用されているようだ。
固く閉まったノズルに少しだけ格闘してから、温い湯を浴びる。
長距離の移動はやはり堪えるもので、肩に流れる湯がとても心地よく感じる。
どこか張り詰めていた気分も湯と共に流され、普段は鴉の行水の凌も、いつもよりも長くそうしていた。
乱暴にタオルで頭を拭いながら、そのままベッドに倒れこんで寝てしまおうかと思った。
けれどいつもの習慣でベッドサイドに置いたPCを起動した。
ログインして、メッセージの確認をする。
やはり、欲しい人からの連絡だけがない。
なにか縋るような気持ちがあって、凌はフォロワーの一覧をスクロールした。
日本では深夜だ。
この時間に活発になるフォロワーもいて、いくつかのアカウントがオンラインになっている。
メッセージが飛んできた。
「起きてんのー?元気ー?」
欲しい人からの連絡だけがない。
「re:起きてんのー?元気ー?」
『元気だよ
最近忙しくてROMってた
皆に宜しく』
いくつかまたオンラインの印が点き、視線をそちらにやって凌は目を見張った。
『ダーシャ』が来た。
慌ててPCをサイドテーブルから落としかける。
危ういところで受け止めて、もう一度スクリーンに向かった。
なんと書いたら読んでくれる?凌は光が消えない内にとタイピングする。
「今、コヒマにいる」
『ごめん』
なんと書けばいいのかわからない。
どんな意味で謝るのかもわからない。
けれど急いでエンターキーを押し、消えないで欲しい光を見つめた。
「re:今、コヒマにいる」
嬉しさで吐きそうだ。
『どうして?』
『もうダーシャと話すこともできないかと思った
どうしていいかわからなかった
とりあえず来た』
『馬鹿みたい。』
『そうだよ、俺は馬鹿だ
ダーシャが思ってるよりずっと
会いたいなんて言ってごめん
謝るからここ、やめないで欲しい』
『やめるよ、もう無理。』
『ごめん、俺のせいでやめるなんて言わないでくれ
もう会いたいなんて言わない
なんなら、俺がコミュ抜けるから』
『いいよ、別に。
のぐは残ればいい。
私はもう無理。』
『でもそれは俺のせいだろ?』
『のぐのせいと言うか…ただのきっかけだから。
もう潮時だったんだよ、きっと。
私は私の生活に戻るから、のぐものぐの生活に戻って。』
『俺の生活にはダーシャがいるんだ』
返信はなかった。
朝方まで、オンラインの光は消えなかった。
2019/07/18
現在のナガランド州の実情にそぐわない描写があったため変更しました。