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-༠༠༤- 『ダーシャ』



標高の高い地域特有の肌寒さの中キンキンに冷えた緑の瓶を煽って、凌は「ダーシャ」を待った。

店主は、日本に縁が深い土地なのに近年まであった入域制限により殆ど日本人観光客が来ないことを嘆いて、自分も瓶を煽る。

今日は「日本ののぐ」が来たということで店を閉めてお祝いをするらしい。

料金は取らないから好きなものを頼んでくれ、と言われたが、「さすがにそれをされるともう来れなくなる」と言うといくらかを受け取ってくれた。

出して一番喜ばれたのは日本の500円硬貨で、他は要らないと言われたが千円札を出すとやはり嬉しそうに受け取った。

なんであれ日本のものだと嬉しく感じるくらいに日本贔屓なのだろうか。

コヒマにはこうした人が多いのか、たまたまなのかは凌にはわからない。



次から次へとされる質問に答える内に時間は過ぎており、待たされたという気もしなかったが、息を切らした小柄な女性が随分と急いだ様子で店に飛び込んできた。

すぐにこちらを見て彼女は「こんにちは、ダーシャです!」と言う。



前髪を後ろに撫で付けるようにして結っている。

黒いライダーズジャケットにVネックのシャツ、デニムパンツという装いの彼女は日本人にしか見えなかった。

「初めまして、のぐです」

凌が挨拶をすると彼女は破顔し、「呼んでくれてありがとう!」と言って凌のいるテーブルまで来た。



その一言で凌は確信した。

彼女は『ダーシャ』じゃない。



「どうして私を知っていましたか?」



「ダーシャ」は席に着くなりそう訊ねた。

それはそうだろう。

突然見知らぬ日本人に名指しで呼ばれるなど、いくら日本語を勉強していたとしてもそうあるわけではないだろうから。



「多分あなたは、俺の知っているダーシャじゃありません」



凌はいくらかを正直に話した。

SNS上で知り合った友人であること、ナガ族でコヒマに住んでいるらしいこと、休暇が取れたので興味本位で来てみたこと、できれば、コヒマについて沢山教えてくれた『ダーシャ』に会ってお礼を言ってから帰りたいこと。

多少不正確に聞こえるだけで全ては本当のことだ。



「それは、お手伝いできるかわかりません」

凌の目の前にいるダーシャはそう述べて、とても申し訳なさそうに眉を下げた。



「私たち、日本文化を学ぶコミュニティに、私の他にダーシャはいません。

もしかしたらダーシャというニックネームでSNSをしている仲間がいるかもしれない。

なので、きいてみます」



スマートホンを取り出すとダーシャは一生懸命な表情で両手でフリックし、何事かをどこかに送信した。



「見つからなければ……会えなければ、それでいいんです」



呟いた声は空々しくて、凌は少し笑う。



「どうして?きっと『ダーシャ』は喜ぶよ?コヒマまで来てくれるなんて、すごいよ!」



悪気なくダーシャは言う。

「そうですね、自分でもすごいと思います」

もう一度凌は笑った。



ダーシャにも緑の瓶が渡され、凌の前にも4本目の瓶が置かれた。

10分もしない内にダーシャのスマートホンはひっきりなしにメッセージの受信音を響かせる。

同じ様に真剣な表情でフリックすると、ダーシャはついと目線を上げて凌を見た。



「『ダーシャ』じゃない友達が何人か……来たいって言ってる……いいですか?」



凌はそっと小さな息を吐いて、店主に裁可を仰ぐためにそちらを見る。

「OK!」と店主は笑った。

「ありがとう!」

ダーシャは笑顔でまたスマートホンに向かった。



すぐ近くに居たという青年が本当にすぐに入ってきた。

「のぐ!」とまるで旧知の友人かのように両手で握手を求めて来る。

凌が瓶を置いて右手を差し出すと、店主の時と同じ様に上下に振った。



ばらばらと人が集まって、程なく広くはない店内は親日家のナガ族の若者で埋まった。

それぞれがそれぞれに自己紹介をしてくれたが、当然凌には覚えられなくて、とりあえず捲くし立てられる日本文化への愛に相槌を打って、時々笑って、夜は更けた。




せめて二ヶ月前に戻れたらいいのに。

痛いくらいに思う。


そうしたら、この中に『ダーシャ』がいたかもしれない。


会いたいなんて気持ちを、伝えるべきではなかった。


たとえ今、こうして会いに来ていたとしても。



2019/07/18

現在のナガランド州の実情にそぐわない描写があったため変更しました。

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