-༠༠༡- Darsha
ウソみたいだろ。連載なんだぜ。
もうずっとオンラインにならない「友人」のSNSアカウントを眺めながら、凌は恋にはならなかった自分たちの関係を考えた。
二ヶ月が過ぎようとしている沈黙の期間も、やりとりしたメッセージも、諳んじられるくらい読み込んだ別れの言葉も、ずっと燻り続ける焼き炭のようで、凌の心をじりじりと焦した。
二人の間は、恋にはならなかった。
どこか空々しさを含んだその結論に嗤いたい気持ちが込み上げて、凌は少しだけ喉を鳴らす。
一方通行で空回り続けた気持ちは、呆気なく下ろされた幕によって行き場を失って、時々、こうして凌を息苦しくさせる。
何も手につかないような、けれど何でもそつなくこなす日々が過ぎて、今彼はインドへと向かう機上にあった。
都合よく仕事で向かえる場所ではなかったから、無理やり作った理由と休暇で飛ぶ自分に道化を見た。
姿も知らない、きっと誰かもわからない。
そんな「友人」に会いに行く。
懇切丁寧な旅行代理店の現地法人スタッフは、一人旅の男の事情を知らぬまでもどこか察したような顔色で、今の政治情勢の簡単な説明とか、近付くべきではない場所とか、気をつけるべき言動について知らせてくれた。
殆どは事前に学んできたことで、けれど凌は礼を言って、指定されたホテルへと向かった。
観光ではないし、思い出を作りたいわけではない。
部屋に入ってすぐにPCを開き、ホテルのWi-Fiにつなぐ。
もうずっと長いこと習慣になってしまっていた。
真っ先にメッセージの確認をする。
欲しい人からの連絡だけがない。
彼女はDarshaと名乗った。
学生時代にSNS上のコミュニティで知り合ってからずっと。
親日家で、日本のアニメが好きで、いつか日本に行きたいからと一生懸命日本語を使ってコメントする彼女が好きだった。
それは凌だけではなくて、あのコミュニティの全員がダーシャを愛していて、皆暇さえ見つけては「てにをは」の間違いを指摘したり、若者言葉を教えたり、今期のお薦めはなにか、なんて話をしていた。
だから凌は「特別」ではない。
わかっている。
そろそろコミュニティ内でも、ダーシャについての言及がなくなってきた。
いや、寧ろそれはタブーであるかのように扱われていて、誰もがおいそれとは口にできないのだ。
「あんなに良くしてやったのに」
そう書き込んだのが誰であっても、誰かにとっては代弁のようだった。
そんな上から目線で、ダーシャに接していたのか。
凌も書き込みを止めた。
ダイレクトメッセージのボックスを過去へと辿る。
「なんで最近来ないの?」
凌がオンラインなのに気付いたコミュニティ仲間から届いたメッセージは、その件名だけを眺めて流した。
「今ダーシャに会いに来ている」と返信したらどんな反応をするだろう。
興味はあるが、関心はなかった。
「相談したいお願いします」
3年前の、はじまりのメッセージを開く。
彼女がいなくなってから、何度も何度もこのメッセージを開いては読んだ。
もう一度ここからやり直せたらいいのに。
今度は間違えずにいられるように。
順を追ってやり取りを読んで行く。
「こんにちは。」
「教えてください。」
「今日は熱いです。」
「re:re:今日は熱いです。←間違いです。すみません。」
「今いいですか?」
「re:re:今いいですか?」
「re:re:re:re:今いいですか?」
「re:re:re:re:re:re:今いいですか?」
何度も読み返しているのに全く飽きが来なくて、何の当てもない異国の地の殺風景なホテルの部屋でもそれは色褪せることはなくて、その事実は凌を切なくさせた。
「ごめんなさい」
3年の後の今のメッセージは、その件名で終わっている。
二ヶ月前の日付を刻んで、凌をそこに置き去りにした。
二人の間は、恋にはならなかった。
凌がひとり、空回りしただけ。