魔人の王
お互いに見つめあう全く同じ顔をした見張りの兵士。
とはいっても片方は魔法で姿を変えただけのエミリーなのだが。
「エミリー。頼むぞ」
大きなカーテンに体を隠して僕はその様子を盗み見る。
「姿を変える魔法か……盗人らしい魔法じゃの」
年に見合わぬ鋭い眼力で二人を見回す国王。
この状況。想定通りすでに僕からは意識が逸れているようだ。
「国王様! 私が本物です! 信じてください!」
片方の兵士がそう叫んだ。
すると、もう一人の兵士もすかさず口を開く。
「違います! こいつこそが偽物です!」
お互いが自分こそが本物だと主張をする。
正直僕自身もどちらがエミリーでどちらが見張りの兵士かわかっていない。
しかし、これなら上手く時間が稼げそうだ。
ただし隙を見て逃げ出すことさえできればだ。
すると、国王はどういうわけか迷う様子もなく片方の兵士の肩へと手をやった。
「所詮は本物と偽物。たやすい」
にっこりと微笑む国王の顔を見て兵士は喜びの笑みを浮かべた。
「国王様! 私を信じて……!?」
感嘆の声を上げる兵士だったが、その言葉は途中で悲鳴へと変わっていた。
「本物だろうが偽物だろうが関係ない。私の障害になるものは消え去ってもらおう」
一瞬の紫色の閃光とともに兵士の体は砂のようになって崩れ去った。
残された兵士と僕は目を見開いて動けなくなる。
エミリー!? エミリーは大丈夫なのか!?
見ただけでは何もわからない。
「魔法は死ねば解除される。もし本物なのであれば口を開くよりも前に偽物を殺すべきだった。それをしなかったのは自らの能力の低さを証明した行為だ」
国王はたった今人を殺したとも思えない表情で残った兵士を睨みつける。
「キサマも死んでもらう。役立たずも盗人も生きる価値は無い」
「!?」
ビクッと肩を震わせる兵士。
その次の瞬間、その兵士の男は一瞬でエミリーの姿へと変身した。
「……!」
とっさに大声を上げそうになるが僕はとっさに口をおさえた。
エミリーが生きていたことは喜ぶべきことだ、しかしこの状況は最悪かもしれない。
「……エミリー。これはまた奇妙な」
国王は今までとは違い、眼を大きく見開いてエミリーに視線を送っている。
「久しぶりね。まだ魔法になれてなくて思わず解除してしまったわ」
にっこりと微笑んで見せるエミリーだが、その表情はどうも固い。
分かりやすい強がりに僕は思わず涙を流しそうになる。
あれだ。あれこそがエミリーだ。
生きていたという事実を僕は強く実感した。
「逃げ出したとは聞いていたがまさか盗人になっていたとはの。しかも、どういうわけか魔法を使っておる。……説明してくれぬのか?」
先ほどまでの敵意をすっかりなくして国王はエミリーにそう問いかけた。
しかし、エミリーの国王に向ける視線はより一層鋭いものになっていく。
「やっぱりね。あなたは人を魔法でしか判断できない」
「それはどういう意味じゃ?」
「そのままの意味よ。私はもうあんたら王族のもとには戻らない。魔法だって私を信じてくれる仲間のために使うわ」
その言葉で国王の眼は一気に黒いものへと変わっていく。
あまりの変わりように思わず僕は身震いしてしまった。
底なしの悪意のようなものを国王から感じ取ったのだ。
「やはり堕人か。理想ばかりに目が行ってまるで現実が見えていない。力が無くてはどんな理想も実現などできはしないのだ」
手を大きく広げ、その手の平をエミリーに向ける国王。
「どれだけそれっぽい言葉で並べたってあなたの本性は分かってるわ。結局自分が上に立ちたいだけ。とてもじゃないけど王の器じゃない」
「何を言おうと関係ない。エミリー。このまま死ぬのが貴様の望む道か?」
紫色の不気味な光が国王の手に集中していく。
すでに魔法を放てる状態のようだ。
僕は息をのんで様子を見守る。
「そうね。私にはあんたを倒す手段は無い。もう諦めたわ」
それだけ言うと、エミリーはゆっくりと僕へと振り返った。
「……?」
エミリーの行動に首を傾げる国王。
国王の位置からでは僕は見えていないようだ。
しかし、これでは僕の存在を教えているようなものだ。
何を考えているのかわからず僕は困惑してしまう。
しかし、エミリーが次に言った言葉で僕はその真意を理解する。
「逃げなさい! あとは任せたわ!」
それだけ言うとエミリーは一気に国王のもとへと走り出した。
そして、間合いを詰めて国王の手首を掴み上げる。
「な!?」
突然のことに国王は反応をできず、魔法を発動することもできずに壁まで押しやられた。
「あんたの魔法は『崩壊』。手から発する紫の魔力に触れたものを粉々にする。ーーつまりこうして手を掴んでしまえばなんてことはないわ」
僕はもう隠れることはせずに国王の前へと姿を現した。
「なるほど、そやつを逃がすためにか。時間稼ぎなどもはや王族とは思えんな」
「ヘルメス! 速く行きなさい! 今ならあなただけでも!」
そう叫ぶエミリーだったが、押さえつけられながらも不敵な笑みを浮かべる国王を見て僕は動き出せずにいた。
このまま逃げたら確実にエミリーは殺されてしまう。
そんな予感に支配され僕の足は地面に縫い付けられたかのように動かない。
「何やってるのよ! 速くしないと……!!」
振り向くエミリー。
その隙をつくように国王は突然姿勢を下げた。
それにより、つられてエミリーの態勢がぐらついた。
「護身術を教えたのは誰だと思っている?」
エミリーの腹に勢いよく国王の膝が突き刺さる。
「っ!!」
ゆるむエミリーの手から国王は素早く抜け出し、今度は逆に国王がエミリーを押さえつけた。
「これも魔法を生かすための技術だ」
国王の手がそっとエミリーの首元に添えられる。
「やめろ!」
僕はとっさに声を張り上げていた。
すると、国王はにやりと笑みを浮かべて僕を睨みつけてくる。
「それを聞かなければいけない理由がこの私にあるか?」
「……ある」
「ほお。聞かせてもらおうか」
圧倒的不利なこの状況。
国王がここまで余裕な態度を見せているのも当然だ。
「逃げて……私はいいから……」
満身創痍な様子でそう話すエミリー。
それが僕の足をさらに強くこの場へ縛り付けた。
いつのまにか僕はエミリーに対してかなり強い思いを持っていたらしい。
「どうしてエミリーが魔法を使えるようになったのか知りたくないか?」
「……」
怪訝そうに顔をゆがめる国王。
「エミリーをここから連れ出したのは僕だ。その理由は、エミリーなら『魔法を使えるようにする実験』にちょうど良かったから。そして、その実験は成功した」
僕は額に汗を浮かべながら笑って見せる。
「エミリーは僕らの中では下っ端だ。なんの情報も持ってはいないし。殺されても僕らは別にたいしたダメージじゃない」
「……それならどうして早く逃げない?」
「大事な仲間だからだ。できるのならだれも死なずにこの場を乗り切りたい」
「堕人らしい考えだ。残念だがエミリーもお前もここから逃げ出すことなどできはしない。なぜなら私が殺すからだ」
僕は下手なことは言わないように一言一言気を付けて口にしていく。
何度も息を飲んではなんとか言葉を発した。
「それは不可能だ。僕の魔法ならこの場所から確実に逃げ出せる」
「キサマも魔法を……?」
僕は深く一度だけうなずいた。
「想像しろ。魔法を覚えた堕人が一斉に反旗を翻すのを。いくらお前ら魔人だろうがただでは済まないだろうな」
「……」
黙り込む国王。
エミリーの首元に添えていた手が徐々に離れていく。
「僕に拷問でもなんでもして口を割らせてみればいいさ。それが最も賢明な選択だ」
「……クソ。堕人ごときがこの私と交渉などとは」
そう言って国王はエミリーから手を離した。
それを確認したあと、僕は手を上げてゆっくりと国王のもとへ歩き出した。
「ヘルメス。私……」
入れ替わるようにして移動する僕とエミリー。
その瞬間エミリーは消え入りそうな声でそうつぶやいていた。
「大丈夫。僕は殺されないさ。せっかくの情報源なんだ」
そして、僕は国王に体を押さえつけられた。
「エミリーを追いかけでもして見ろ。誰も帰ってこないのを察して僕らの仲間がすぐに動き出すからな」
「フッ、その強気な態度が崩れるのが楽しみじゃ」
「……エミリー。行け。一応追跡されていないか気を付けてな」
「……うん」
エミリーもここで抵抗しても意味が無いことを理解しているらしい。
グッと口を閉じて少しの間僕を見つめていた。
そして、覚悟を決めた様子で部屋から出ていった。
「安心しろ。私もこんなところでリスクは負いたくはない」
「ハハ。そうしてくれると助かります」
決して手を抜かれたわけではない。
これは僕らを確実に仕留めるための選択だ。
「さて、早速始めようか。私の部下にちょうどいい男がいるのでな」
国王の口からは出なかったが、これから僕がどうなるのかはよく理解できた。
『拷問』という馴染みのない言葉がリアルに僕の脳裏によぎった。