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ハウンドドッグ

僕とエミリーはジャックに案内されて、とある場所に連れてこられた。


路地の裏という裏を通りようやくたどり着いた薄暗い場所。


理由がなければまずたどり着けないような場所だ。


「ここだぜ。例の反乱組織の拠点」


毎回思うのだが、ジャックはどのようにしてこの場所を突き止めたのだろう。


自称情報屋とよく言っているのだが、僕は詳しくは教えてもらっていない。


「何よここ。品のかけらもないような場所ね」


「反乱組織の拠点に品を求めてどうする。このくらいがちょうどいいんだよ」


僕が呆れてそう返すと、ジャックとエミリーは何やら同時に路地の奥へと視線を送った。


僕もすぐにそちらを見てみると、路地の奥には拠点の入り口と思われる大きなドアがあった。


そして、さらにそのドアの横には見知らぬ大男が立っている。


「なるほどね。番人ってわけだ」


「おい! 前回はあんなのいなかったぞ!」


わかりやすく焦りを顔に浮かべるジャック。


どうやら昨日ジャックに拠点をつきとめられたため色々と警戒しているようだ。


「どうするの?」


ジャックとは違い落ち着いた様子のエミリーだが、その声はいつもよりも真剣だった。


「どうするも何もないよ。僕らは戦いに来たんじゃない。話し合いに来たんだ」


それだけ言って僕はすぐに前に向かって歩き出した。


近づくほどに大男の大きさがよくわかる。


二メートルはあるだろうか?


喧嘩になればまず勝ち目ないだろう。


しかし、さっきも言ったように何も怯える必要はないのだ。


「誰だてめーら? さっさと失せねえとぶち殺すぞ」


ギロリと目玉を動かす大男。


その手には大ぶりのノコギリのようなもの。


ノコギリの刃には不気味に赤黒いシミが残っていた。


「ここのボスに話があるんだ。通してくれ」


僕は至って普通にそう声をかける。


「あ? 頭沸いてんのか? お前らみたいなガキをボスに会わせるわけがねえだろ!」


「僕らは『魔人』を倒せる武器を持っている。その武器をここのボスに見せたい」


反乱組織からしたら無視できない話だ。


嘘であれ聞くだけの価値は必ずある。


普通ならここでそれなりの反応が返ってくるはずなのだが、この大男はどうやら普通ではないらしい。


「うるせえ! 早く失せねえとマジで殺しちまうぞ!」


まともに会話をする気がないらしい。


大男は耳を塞ぎたくなるような声でひたすらに喚いているだけだ。


もしかしたら見知らぬ人間が来たらとにかく追い返せとでも命令されているのかもしれない。


「どうする? このままじゃ......」


不安げにエミリーは大男の持つ大きなノコギリを見た。


このままではあのノコギリの餌食になってしまう、とでも言いたいのだろう。


まあ僕としてもここで時間を潰すつもりはなかった。


「ここで僕らを返せば君は必ずボスに殺されるよ?」


「あ?」


「僕らの持っているものは君のところのボスが喉から手が出るほど欲しいものだ。それをみすみす逃してみろ。君のボスは間違いなく怒り狂う。喚き散らすのは勝手だが、その小さい脳みそでたまには考えてみたらどうだ?」


まくしたてるように僕は大男に言い放った。


大男は混乱してるのか固まったまま動かない。


しかし、すぐにその大きな顔を青ざめさせて僕を見つめてきた。


「お前、クソ......」


葛藤しているのだろう。


大男は口を開いては閉じてを繰り返している。


バカなりに頭を使っているらしい。


あとひと押しでこの大男はなんとかなるはずだ。


「早くしろ! 通すか通さないか! どっちだ!」


明らかに僕より体が大きいはずの大男は、僕の声に思わず身を引かせる。


そして、ついに観念したらしく目線を落として口を開いた。


「通れ。ボスは階段を登った先にいる」


「よっしゃ! さすがヘルメス!」


「口のうまさじゃ一番ね」


すぐに喜び出すジャックとエミリー。


僕は若干眉間にしわを寄せて二人を見た。


「あまり嬉しくない」


そして、僕らはついにその拠点へと足を踏み入れた。


ドアの先はいきなり階段になっており、僕はギシギシと床を鳴らしながら登っていく。


階段は長く、薄暗いせいもあり周りはよく見えなかった。


「お、なんか見えてきたぞ?」


後ろにいるジャックの声で、僕は視線をあげて階段の先を見てみた。


そこにはかすかに明かりが漏れており、どうやらその先に部屋があるらしい。


僕はすぐに階段を駆け上がり、その奥の部屋へと進んだ。


「う......」


突然明るい場所へ入ったため、僕の視界は一瞬眩む。


「お? 誰だお前ら?」


部屋の奥から聞こえてきたその声に、僕はすぐにそちらへ視線を向ける。


部屋はかなりの広さで、ガラの悪い男たちが数十人あつまっていた。


その中心。大きな椅子に腰をかけた男が僕を睨みつけている。


「後ろのお前は昨日きた奴だな? ダイナモのやつ誰も通すなって言っただろ」


男はイラついた様子で僕らを順番に見ていった。


すると、どういうわけかその視線はエミリーのもとで止められる。


「......よくわからんが、冷やかしではないらしい。おい真ん中のお前! 簡潔に要件を言え!」


そう言って男が指名したのは僕だった。


僕は若干心臓を強く鳴らしつつ、なんとか平静を装って口を開いた。


「僕らはあなたにとある薬を見せに来たんです。その薬があれば『魔人』に対して大きな武器となるはず」


僕はすぐにポケットから例の薬を取り出した。


そして、その薬を見えやすいように正面に突き出す。


「なんだそれは?」


「この薬を飲めば『堕人』にも魔法が使えるようになります」


僕がそう発した途端室内は一気に騒がしくなった。


周りにいたガラの悪い男たちは互いに顔を見あって何やら話し合っている。


しかし、僕の正面にいるその男だけは表情をかけらも崩してはいない。


「それが本当ならその薬はかなりの代物ってことになる。だが、それが本当だとお前は証明できるか?」


男の発した言葉はたしかにその通りだ。


僕も事前にそう質問されるとは予想している。


「証明はできない。あなたが僕のことを信じないのならそれでもいい。その時はほかのとこにこの薬を使ってもらうだけです」


「......」


黙り込む男。


相手としてもこの薬は本物であれ嘘であれ逃したくないはずだ。


「それで、お前らの要求はなんだ? 金か?」


「いや、僕らは調子に乗った『魔人』に一泡吹かせたいだけです。そのためにあなたたちに協力を仰ぎに来たんですよ」


僕の言葉にジャックとエミリーも頷いてみせる。


すると、男は小さな声で「どうするか」と呟いた。


「......要求はのんでもいい。だが、それはお前らがその薬の効果を証明した時だ」


「証明? それって......」


男の意外な返しに僕は思わずそう聞き返していた。


「薬を飲んで魔法を使って見せるだけでいい。だが、お前らガキ二人じゃダメだ。俺はお前らが本当に『堕人』かどうか知らんからな」


淡々と話を決めていく男に僕は聞き入ることしかできない。


「薬を飲むのはその姫さまだ。俺はとある筋からあんたが『堕人』だったと聞いている。かなりの信頼できる話だ。『堕人』である姫さまがその薬を飲んで効果を確認できれば、俺はお前らを信じてやる」


「......」


男の話に僕らは顔を見合わせて黙り込んだ。


僕らは知っているのだ。


この薬が試してもいない未知のものだと。


それをいきなり本番だなんてとうてい無茶な話だ。


「どうした? できないのなら話は終わりだ」


詰め寄るような男の声に、ジャックは不安げに口を開く。


「ここは帰った方がいいんじゃね?」


飲んでみて嘘だったと分かれば僕らは酷い目に合わせられるだろう。


それならここはうやむやにして帰った方がいい。


しかし、現実はそう上手くいかないようだ。


「このまま返すと思うか? 本物かもしれない薬をまんまとほかのやつらに渡すわけがないだろう。逃げようとしても無駄。お前らはここで薬を飲むか死ぬかしかない」


ニヤリと笑みを浮かべる男に、僕ら3人は同時に息を飲んだ。


「どうするかい? 姫さまよ」


僕とジャックはエミリーに視線を向ける。


すると、エミリーは凛とした眼差しで男を見つめていた。


「いいわ。飲んでやるわよ」


「おい、エミリー」


とっさに僕は止めようとするが、エミリーは突然僕に顔を向けてきた。


「理論上は完成してるんでしょ?」


「え? まあ......うん」


たしかに僕の考えでは薬にはたしかに効果があるはずだ。


しかし、試してもないものを自信を持って進められるわけがない。


効果がないだけならまだしも、副作用でもあったりしたら取り返しがつかないのだ。


しかし、エミリーはすでに覚悟を決めた顔でこちらを見ていた。


「お願い。その薬を私に」


あまりにも真っ直ぐなその瞳に僕は思わず薬を渡してしまう。


「おい! ヘルメス!」


薬を渡したことに声を荒げるジャック。


しかし、エミリーは僕から薬をもらうとためらう様子も見せずに一気に口に入れてしまった。


そして、すぐに喉を大きく揺らす。


「たしかに飲んだわ」


口を開けてもう薬がないことをエミリーは男に見せる。


「確認した。それじゃあ魔法を見せてもらうとしようか」


男は背を椅子の背もたれから離すと、膝に手をついてエミリーを見つめる。


僕とジャックもじっとエミリーの様子を見守る。


「......」


特に変化は見られないエミリーに僕は「やっぱり失敗か?」と内心焦りを感じる。


しかし、それはエミリーの様子がおかしくなったことによりすぐにどこかへ消えた。


「すごい! 体中が何かで満たされていくのを感じる!」


両手を広げて自らを見つめるエミリー。


「大丈夫か? 頭が痛いとか、腹が痛いとか」


「大丈夫よ。それどころか今ならなんでもできる気分だわ!」


やたらとハイな様子のエミリーは、クルクルとその場で回ったりしており、どうやら動いていないと落ち着かないらしい。


「そんなのはどうでもいい! 肝心の魔法を見せろ!」


まるで映画に見入るように男はエミリーをじっと見つめていた。


「いいわ。見せてあげるわよ。なんとなくだけど自然と魔法の使い方はわかる」


背筋を伸ばし真っ直ぐに立つエミリー。


そして、ゆっくりとまぶたを下ろして集中した。


「......」


何やら呟いているようだが、ここからではよく聞こえない。


どうもちゃんとした言葉を発しているようには思えない。


魔法を唱えるために必要なことなのだろうか?


色々と考察をする僕だったが、エミリーが口を止めた数秒後。それは突然起こった。


「......どう? できてる?」


エミリーだったはずのそれはエミリーではなくなっていたのだ。


「ヘルメス?」


ジャックはそう言って僕と僕に似た誰かを交互に見つめていた。


「なんだ? 何が起きやがった?」


僕とジャックだけでなく、男も驚愕の色を隠せていなかった。


今までの冷静な様子はどこへ行ったのか、男は大口を開けてこちらを見ている。


「エミリー? エミリーなのか?」


「あたりまえでしょ? 私よ」


エミリーはそう言うが、声はいつもとはまるで違う。


女性とは思えないほどに低く、まるでその見た目通りの男の声だ。


さらに詳しく言うのなら僕の声に聞こえる。


「まあ見た目も声もヘルメスだから混乱するだろうけどね。これが私の魔法みたい。『コピー』とでも呼べばいいかしら?」


「素晴らしい! 素晴らしいぞ! まさか本物だったとはな!」


男は突然そう言うと、立ち上がってエミリーに近づいてきた。


そして、エミリーの周りをぐるりと観察しながら回る。


エミリーは僕の顔で嫌そうな表情を浮かべていたが、男はそんなのかにもしていない様子だ。


「やっとこの俺にも運が回ってきた! これであの『魔人』どもを。 ガキ! その薬をもっと俺らによこせ!」


「え? あの薬はあれっきりですよ? また作らないとないですよ」


「は?」


人に飲ませておいて勝手な男だ。


僕は間抜けな顔のその男をしてやったりとニヤリと笑みを浮かべて見つめた。


「誰が作れるんだ? お前か? それとも後ろの奴か?」


焦った様子で僕とジャックを見ていく男。


薬を作れるのは僕だが、ここで真実を教えてやる必要はない。


「それならヘル......」


あやうく真実を言いかけるジャックの口を僕は即座に塞ぐ。


「薬を作れるのは僕らのボスです」


「ボス? なんていう奴だ?」


「ボスの名前は『ヘルスメギストス』」


「『ヘルスメギストス』それって...」


「伝説の英雄の名前」


エミリーの言葉に僕はすぐに頷いた。


「もちろん本当の名前じゃないです。裏の世界の通り名です。でもその名に見合う人物ではあります。少しでも舐めた真似をすればあなたたちがどうなるかは保証はできませんよ?」


僕はたっぷりと意味深な笑みを浮かべて男を見る。


すると男は「くっ!」と言って黙り込んだ。


どうやらもう完全に僕らのペースらしい。


もちろん『ヘルスメギストス』なんて人物は存在しない。


相手を脅すための架空の存在だ。


「これからよろしくお願いしますね」


僕から差し出された手に男は戸惑いつつも握り返してきた。


「俺はロード。この『ハウンドドック』のボスだ」


ハウンドドック。それがこれから僕らの手足になる存在の名前のようだ。


僕は笑いをこらえるので精一杯だった。


まさかここまで上手くいくとは思わなかった。


次はどうしようか。


次の手を考えるのが楽しくてたまらない。

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