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薬は使い方で武器になる

 僕とエミリーが城を抜け出してから一日。


 僕はいまいち日常を実感できずにただただボーっとしていた。


 いつものようにテーブルに腰を下ろすがどうも落ち着かない。


「シャキッとしなさいよ。のんびりしてる時間は無いのよ」


 僕とは違いきりっとした表情で睨みつけてくるエミリー。


 やはり育ちの違いというものはあるらしい。姉さんから借りた地味な洋服も、王族であるエミリーが着るとどこか気品があるように見えてくる。


「しょうがないじゃないか。何をしようにも今はジャックが来るのを待たなきゃ何もできない」


 昨日頼んでおいた『堕人』側の協力者。


 見つかったかどうかはわからないが、今はジャックを待つしかない。


 いつもならジャックは昼頃には僕の店へと顔を出す。


 僕はくるりと首だけ動かして壁にかけてある時計に視線を送る。


「もう正午になる。そろそろ来ると思うんだけど……」


 嫌な予感が脳内をめぐる。


 もしかして何かトラブルでもあったのだろうか?


「そのジャックっていうやつこの私を待たせるなんていい度胸ね。顔を見せたら一発食らわせてやろうかしら」


 なにやらイライラしている様子のエミリーだが、僕は特に返事はしなかった。


 そうして僕らが手持無沙汰を味わっていると、


「エミリーさーん! よかったらお茶でもどうぞ!」


 カップを二つ持った姉さんが突然現れた。


 やけにテンションが高い理由は個人的には知りたくない。


 姉さんは僕ではなくエミリーに満面の笑みを向け、普段は使わないお気に入りのカップをテーブルに置いた。


「これは私特製ブレンドのお茶。薬とかに使うものを入れてあるからちょっとクセが強いかも」


「ありがとうございます。せっかく淹れてもらえたのですからありがたくいただきます」


 いつものように澄ました態度のエミリーに僕はひそかに目配せをする。


 姉さんは「ちょっとクセが……」なんて言っているが、このお茶はほとんど劇薬だ。


 事実味を知っている僕は一切手を付けようとしない。


「……?」


 僕の必死の訴えもむなしく、エミリーは首を傾げるのみ。


 そして、エミリーはついにその劇薬茶を口に運んでいく。


「……!!」


 エミリーはお茶を口に含んでから数秒後、目に見えてわかるほどに大きく肩を一度だけ震わせた。


 心の中で合掌する僕だったが、どういうわけかエミリーはそのあと特に変わった様子もなくお茶を飲み干してしまった。


「これ美味しいですね。個人的にはすごく飲みやすいですよ」


 エミリーはそう言うと空になったカップを姉さんに見せつける。


「嘘……だろ?」


 あれを飲み干せる人間がいるなんて信じられない。


 僕は開いた口がふさがらないまま固まってしまう。


「何が嘘よ。これ不味いって言うのヘルメスだけよ」


 それだけ言うと姉さんは嬉しそうに部屋の奥へと戻っていってしまった。


「エミリー。マジでうまかったのか?」


 僕は姉さんがいなくなるとすぐにエミリーに問いかける。


 すると、エミリーはどういうわけか不気味に笑い声を発し始めた。


「フフ。王族たるものが出されたものにケチをつけるなんて恥ずかしい真似するわけがないでしょ?」

 

 そう言い終わると同時にエミリーの顔は一気に真っ青に変色していく。


 そして、滝のように汗が吹き出し、エミリーは力なくテーブルに突っ伏していった。


「エミリーさん……まじパネェっす」


 僕の中にはエミリーに対する尊敬の気持ちしかなかった。




 --結局ジャックが店に顔を出したのは一時頃だった。


 元気のない見知らぬ少女と気の抜けた友達。


 ジャックからしたらよくわからない状況だったのだろう。


 慌てた様子で来たジャックも一瞬僕らを見て固まっていた。


「よくわからんが、この子が例の?」


 僕はこくこくと頷く。


 ようやく元気が出てきたのかエミリーは顔を上げてジャックに視線を送っていた。


「自己紹介とかいろいろするべきかもしれんが、今は俺の集めてきた情報を聞いてくれ」


「協力者……見つかったのか?」


「候補は見つかった。だが突き返された」


 当時を思い出したのかジャックは悔しそうに唇を噛みしめる。


「まあそうだろうね。相手からしたら子供の冗談にしか見えないだろうし。でもとりあえず見つかっただけ十分、あとはこれからどうするかだ」


 そう簡単に仲間になってくれるような警戒心の薄い奴らでは正直言ってこっちから願い下げだ。


 ジャックには悪いがこうなることは薄々分かっていたのだ。


「奴ら、俺たちみたいに革命を起こそうとしていたらしい。武器も大量に用意してあるみたいだぜ」


「……そっか」


 僕は顎に手を当てて考え込む。


 すると、ジャックは不満そうな様子で口を開いた。


「なんか微妙な反応だな。奴らに仲間になってもらえればかなりの戦力が手に入るんだぜ? もっと喜んでもいいだろ……」


「わかったわ。もしかしなくともあんたバカでしょ」


 僕が返事をする間もなくエミリーが突如声を発する。


「は? バカじゃねえわ! 新入りがいきなり……」


「新入りとか関係ないわ!」


 エミリーの圧力にジャックは一瞬で押されてしまう。


「あのね、いくら武器を集めても相手は『魔人』よ。魔法を相手にしたら武器なんてあってもないのと一緒。勝ち目は万に一つもない」


「そ……それは」


 ジャックはエミリーに何も言い返せない。


 実際エミリーが言っていることは百パーセント正しかった。


 言い返す余地が無いほどに正しい事実だ。


「エミリーの言う通りだよ。多分だけどその人たちが実際に行動を起こせていないのも勝てないって分かってるから」


 単純な計算だが『魔人』に戦いで勝つにはおよそ十倍の人数が必要になる。


 もちろん『堕人』にそこまでの戦力は集められない。


 集めようとしたところで確実に『魔人』に感づかれる。


「勝つためには圧倒的に戦力が足りないのよ。わかったバカ?」


「でもよ、じゃあどうやって勝つんだよ」


「……」


 ジャックの問いかけにエミリーは何も答えない。


 それどころか、エミリーはゆっくりと首を動かして僕に視線を向けてきた。


「ヘルメス。何か考えてるんでしょ?」


「……一応」


 感づかれてたとは意外だったが、エミリーならなんとなく察するのもおかしくないだろう。


 僕は一度目を閉じて深く呼吸をした後、ゆっくりと口を開いた。


「僕らは『魔人』と戦わない。戦わずに勝利をする」


 正面戦闘じゃ間違いなく僕らの敗北だ。


 それなら正面から戦わなければいい。


 勝ち方は一つじゃない。


「武器や魔法だけが力じゃない。僕らが使うべきものは”情報”だ」


「は? 情報って……」


 ちんぷんかんぷんなジャックだが、エミリーは何かに気が付いた様子で僕を見てきた。


「なるほどね。私にも少し見えてきたかも……」


「僕らが使うのはこれ……」


 僕はポケットに手を突っ込むととある薬を取り出した。


「『魔法を使えるようにする薬』だ。これを使って『魔人』どもを追い詰める」


 僕の中で大体の勝ち筋はすでに見えていた。


「『魔人』は『堕人』がいるからこそ偉くなれる。この薬は奴らの地位を脅かす厄介な代物でしかない。だからこそこの薬は武器になる」


「おいおい。何かすごいこと言ってるのは分かるけどよ。俺にもわかるようにもっと簡単に教えてくれ」


 興奮しつつも混乱した様子のジャック。


 僕は小さく笑いながら言葉を続けた。


「簡単な話だよ。僕らはこれで仲間を作る。奴らは自らの優位性を失う。ほら勝利が見えてきただろ?」


 僕の話にジャックはなんども首を上下に振る。


「理屈は分かるけど、大事なその薬は完成してるの?」


 僕らとは違いエミリーは冷静な態度でそう尋ねてきた。


「正直まだ未完成だ。でも別に今のところは本当に完成してる必要はないんだ」


「どういうこと?」


 不思議そうに首を傾げるエミリーに僕は即座に返事をする。


「そういう薬があるっていうことが大事なんだよ。言ったろ? 僕らが使うのは”情報”だって。この情報だけで僕らは十分優位に立てる」


 相手が敵であろうが味方であろうがこの情報の価値は同じだ。


 薬の完成は様子を見て進めればいい。


 完成してくれたらそれはそれで使い道がある。


 しなくても勝つことはできる。


 大事なのは薬を持っているのが僕らだということ。


「僕らで支配するんだ。敵も味方も自由にね……」


「私たちはボードゲームのプレイヤー。『堕人』と『魔人』が駒ってわけね。本当見かけによらずあんたって性格が悪い」


 そう言いつつもエミリーはにやりと笑みを浮かべる。


 王族らしからぬ下品な笑みだ。


 しかし、僕としてはこっちのエミリーのほうが好感を持てる。


 僕は思わず口角を上げていた。


「勝ち筋は見えた。あとは進むだけだ」


 笑いあう三人。


 姉さんが近くにいなくて本当によかった。


 この状況を見られたら間違いなく色々疑われるはずだ。


「よし。まずは仲間を作りに行こうか」


 そうして僕らはテーブルから立ち上がった。   

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