姫様はプライドが高い
「なあ知ってるか? 姫様が処刑されるらしいって噂をよ」
「はぁ? なんだよそれ。姫様が処刑されるわけないだろ。一体何をしたって言うんだよ」
「それが噂では姫様は『堕人』だったらしいぜ。今までは周りが必死に隠してたらしいんだが、とうとう他の王族にバレちまったらしい」
「マジかそれ? それが本当だったら大事件じゃねえか」
「俺も軽くうわさ話を聞いただけだからな。あまり本気にはすんなよ?」
「当たり前だろ」
日はもう落ち始め辺りはすでに薄暗い。
そんななか、城門の前で二人の鎧姿の男が談笑している。
僕はその近くの樹木の裏に隠れて二人の様子を窺っていた。
「でも確かにここ最近姫様自室に籠りっきりだよな。しばらく顔も見てねえよ」
「そういえばそうだな」
そう言うと二人の見張りの男たちはとある方向を同時に見つめた。
「もしかして閉じ込められてたりしてな」
「バカやめろ。噂だって言っただろ」
二人が見つめていた先には一つの塔のようなものが建っていた。
塔は城の回りにいくつも建っており、それぞれが城と一本の通路でつながっている。
「どうやらあそこみたいだな」
僕はすぐに行動を開始した。
闇夜にまぎれ、見つからないように素早く移動していく。
思っていたよりも見張りは少なく、さっきの二人以外にはほとんど見当たらない。
やはり忍び込もうと考える奴なんて全くいないらしい。
それだけ王族の力は絶大ということなのだろう。
「よし。結構楽勝だったな」
僕は目的の塔までたどり着くと、明かりが漏れている窓のそばで身を潜めた。
中には確かに人がいるらしく、人影がちらちらと動いている。
「これからどうするか。さすがに入り口には見張りがいるだろうし……」
正面から堂々と入るなんてもちろんできない。
とりあえずはここにいる姫様とやらとコンタクトを取りたかった。
色々考えてみたが、やはり実際に見てみなければ何も始まらないと思い僕は窓に顔を近づける。
「誰? 誰かそこにいるの?」
盗み見るつもりだったのが一瞬でばれてしまった。
窓は勢いよく開け放たれ、中から気の強そうな少女が顔を見せる。
「終わった」と内心思いながらも、僕はその少女に視線を向ける。
「誰よあんた。盗みにでも入ったの?」
「い……いや」
どう答えればいいのかわからず僕は口ごもってしまう。
すると、少女はさらに鋭い目つきになり僕を睨みつける。
「はっきりしなさい! でなきゃ人を呼ぶわよ!」
「……」
心臓が高鳴りどう行動するべきか一瞬分からなくなる。
しかし、僕の頭は意外にもすばやく回転してくれた。
この少女の言っていることのおかしさが妙に際立って聞こえてきたのだ。
「どうしてすぐに見張りを呼ばないんだ?」
「!? そ……それは」
僕の言葉に少女は途端に声を小さくする。
その反応で僕は確信した。
「僕は知っている。君は今殺されそうになっているんだろ? だからこの城にいる人間を信じることができない。王族でありながらね」
「なんでそれを……」
目を丸くして少女は一歩後ろに下がった。
「僕は『堕人』だ。僕なら君をここから救い出せる」
「お前……『堕人』か。醜い堕人ごときがこの私に……」
「君がそう言う態度をとるのならそれでいい。『魔人』であることに誇りを持ちながら死んでいけ。仲間であるはずの『魔人』に殺されてね」
「っ!?」
誇りと憎しみ。その両方がこの少女の中で渦巻いているのだろう。
少女の表情は辛そうに歪んでいく。
「……私は、お前らに助けなんか求めない。裏切られても私は『魔人』であり続ける」
そういう彼女の瞳は強く何かを訴えていた。
しかし、僕は非情にもそれを打ち壊さなければならない。
「そう思っているのは君だけだ」
「......」
一瞬視線を揺らがせる少女。
「君がいくら思ってももう彼らは君を『堕人』としか見ない」
今にも泣き出しそうな彼女に僕はいたたまれなくなってくる。
僕はおもむろにポケットに手を突っ込むと、例の薬をスッと取り出した。
「ここにとある薬がある。この薬があれば君も魔法を使えるようになるかもしれない」
「何よそれ。そんなもの聞いたことないわ。わかりやすい嘘ね」
涙を浮かべつつ気丈に少女は声を発する。
「嘘だと思うのならそれでいい。別に僕がその効果を証明しなきゃいけない理由もないんだ」
「......私にどうしてほしいの?」
やはり王族だけありそれなりに頭はいいらしい。
僕の考えを鋭く察してくれたようだ。
「僕らの仲間になってくれ」
「......」
一瞬の静寂。
その後、彼女は吐き出すようにわらい出した。
「ハハハ! あんたバカね! そんなの薬をもらったら裏切るに決まってるじゃない!」
さっきまでとは違う意味で目に涙を浮かべる少女。
それに対して、僕は左右にゆっくり首を振る。
「いいや。君は裏切らない」
「どうしてそう思うのよ」
「君が本当に裏切るつもりならそんな風にわざわざ話さないはずだ」
僕の言葉に彼女は少しだけギクリと肩を揺らす。
「あまりにもバカすぎてつい口に出ちゃっただけよ」
「君はもう『魔人』を信頼していない。だから話したんだ。僕を試すために」
周りの誰も信じられない状況で、見知らぬ人と出会う。
そんな状況ならその人に期待をするのは当然のことだ。
お願いだから私を助けてくれ、と。
彼女の瞳には最初からそのすがるような感情が漏れ出ていた。
「僕と来るんだ。それで君を捨てた憎たらしいやつらにやり返してやろう」
僕は少女に向けて真っ直ぐに手を差し向ける。
ここで拒まれたらもうどうしようもない。
僕は瞳に力を込めて彼女を見つめる。
「......」
手を伸ばそうとする彼女だが、あと少しのところで僕の手を掴まない。
もし僕の手を取れば今までの人生を全て捨てることになる。
それだけこの選択は重いのだ。
「貴様! 何してる!」
少女の奥。部屋の入り口らしき場所から鎧姿の男がこちらを見ていた。
「何やら声がすると思えば侵入者か!」
男はすぐに剣を持ち僕らに斬りかかってくる。
僕はとっさに彼女の手を掴みこちら側に引っ張っていた。
「逃げるぞ!」
少女は抵抗するどころか、すぐに足を動かして僕の隣を走り出す。
「......」
何かを必死に押し殺すように彼女は前を見つめている。
僕は何か声をかけようかと思ったが、こんな時に限って何も浮かんでこない。
少しの間走って城の敷地を抜けると、少女はようやくその口を開いた。
「あの兵士。私ごと斬るつもりだったわ」
「ああ」
薄暗いこともあり、追っ手はもう近くにはいないようだ。
僕らは鬱蒼とした林を走り続ける。
「あいつらにとってもう私は『堕人』でしかないのね。わかってたことだけど......結構くるわ」
「あんな表面しか見ていない奴らもうどうでもいいだろ」
「私はついさっきまであっち側にいたのよ。少しは気を使いなさい」
彼女がさっきまで僕に向けていた刺々しい態度はいくらか和らいだようだ。
その視線にもう敵意はない。
「今まで散々気を使われてきただろ?」
「フフ、それもそうね。これからのためにあんたみたいな無神経なやつにも慣れないといけないわ」
嫌味な女だ。
やはり王族というのはどうもいけすかない。
だが、彼女とはこれから長い付き合いになりそうだ。
「そういえば、名前。名前聞いてなかった」
「は? あんた王族の私の名前知らないの?」
口を大きく開けて呆れ顔を浮かべる少女。
僕は若干目を細めて嫌そうな表情を浮かべる。
「悪いな。僕は『魔人』には興味がなくてね」
すぐにとはいかないかもしれないが、いずれ彼女にも王族の自覚は忘れてほしい。
でなければ色々と面倒なことになりそうだ。
僕は様々なアクシデントを想像して顔を青ざめる。
「まあいいわ。私はエイミー。好きに呼んでちょうだい」
「エイミーね。わかった。僕はヘルメスだ。好きに呼んでくれ」
「当たり前じゃない。好きに呼ぶわよ」
僕は思わず拳を握りしめていた。
エイミー。少々生意気だが、ここは我慢しなければならない。
仲間になって早々に喧嘩なんて洒落にもならない。
僕は張り付いたような笑顔を浮かべて、エイミーを見つめ返す。
「これからよろしく」
それだけ言うと、僕らはようやく林を抜けた。
ぞろぞろと歩いている人たちが一瞬僕らに視線を向けたが、すぐに興味をなくしたように顔を背けていく。
これからどうなるかは全くわからないが、もう動き出してしまったことだけは理解できた。
僕は自然と拳に力を込めていた。