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たぶん、それは紅葉よりも赤い花  作者: 松乃木ふくろう
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第1話 箱根の山と少女の涙

2018年7月24日 サブタイトル変更しました。

 体育館と校舎を繋ぐ渡り廊下は隠れた昼食スポットだ。屋根がある上に南側に面している為、雨風が防げるだけでなく適度に陽当たりが良い。それに加え、目の前が古いお寺というロケーションから殆どの生徒が寄り付かない。そのおかげで45分もの昼休みの間、基本的に1人でまったりと時を過ごすことが出来る。


 風に乗って運ばれてくる線香の匂いも、うすく聞こえてくる坊さんの独経も慣れてしまえば、それなりに楽しめるし、お寺の生垣が邪魔をして頭だけしか見えないが御影石だって、前日の天候や日差しの強さによって輝きが違い、それが分かってくると赴きすら感じられるようになる。

 そんなかなりどうでも良い事を考えながら、別所春久べっしょはるひさはコッペパンを齧りながらぼんやりとスマホで明日の天気予報を眺めていた。

 予報によると明日は曇りで、漸く梅雨入りも見えて来たとの事だ。


「こんな辛気臭い所で、昼飯食うヤツがいるんだな。驚きだよ」

 そう話しかけてきたのはクラス委員の井土ヶ谷順(いどがやじゅん)だった。長身でクド味の欠片もない薄い顔立ちに低めの声、そしてクセのない日々の振る舞い。全てにおいてそつが無い。嫌味なくらいのイケメンそれが彼だ。

 どうリアクションをしたら良いモノかと一瞬迷ったが、()()()()()()()()にそんな男が顔を出す以上なにか用件があるのだろう。


「ココは風通しも良いし、陽射しも良い感じだ。それに()()()()のお経だってなかなかオツなもんさ。何か用か? 委員長」

 素直な感想半分にまったりとした空気を壊された事に対する嫌味を加え春久はそう返した。


「前にもその呼び方は止めてくれと言っただろ。一ノ瀬(いちのせ)先生が君を呼んでいる。すぐに職員室に行ってくれ」

 学ランの第二ボタンまでを軽く外して行く姿にもどこか色気を感じるが、男のそんな所作をココでは誰も求めてはいない。

 だいたい一ノ瀬先生も校内放送で呼び出せば良いものを、いちいち人を使う辺りかなりあざとい。呼んでいる目的はアノ事だろう。


 春久はコッペパンの最後の一欠けらを口に押し込むと、それを麦茶で無理やり胃に流し込む。


「悪いな。わざわざ知らせてくれて、井土ヶ谷委員長」

「だから委員長は余計だよ。井土ヶ谷でいい。俺はどこぞの国家主席じゃないぞ」

 さすが進学校の国家主席、もとい委員長。冗談も一味違う。

「井土ヶ谷がトップの独裁国家なんて、口煩くてメンド臭そうだ」

 晴久の切り返しに、井土ヶ谷がつまらなそうに鼻をひとつだけ鳴らす。すると同時に体育館のドアがけたたましく開き、制服姿の女子が5名ほど春久の前をパタパタと上履きを鳴らし走り抜けて行った。


「井土ヶ谷、何だアレ?」

 それは殆ど場を繋ぐ為だけの言葉だった。

「声楽部だよ。昼錬じゃないか?」

 こともなげに答える井土ヶ谷。それは春久がはじめて耳にする名称だった。

「ウチにそんな部あったけ?」

「知らないのかよ。八千代部高校やちよべ声楽部せいがくぶと言えば、それなりに有名なんだぞ。全国大会に出た事だってある」

 井土ヶ谷は呆れたかの様にため息を洩らした。

「チベ高の部活動で全国区? ウソみたいな話だな」


 そもそも神奈川の僻地で、しかも箱根山の麓にあることから、高校名を文字って「ヤチベット高校」「チベ高」などと比喩されているこの高校の運動部は軒並み弱小だ。

 文化祭や体育祭と言ったイベントも、それなりには盛り上がるがそれはごくありふれたもので、この高校が誇れるものなど進学率の高さと学校創立が出鱈目な位に昔である事と思っていた春久にとって、それは少しだけ驚きだった。


「で、何するんだ? 声学部って」

 腰を上げ、学ランについた砂を落としながら春久は尋ねた。

「合唱だよ」

「ふーん、歌か。なんで合唱部じゃないんだ? 分かりずらいだろ」

「それが歴史、伝統なんだろ。良い事じゃないか」

 その語り口はやはりそつが無い。

「そんなモンかもな。じゃあ、俺、一ノ瀬センセの所行ってくるわ。ありがとな委員長」

 春久は軽く頭を下げると委員長に背を向け校舎へと向かい歩き出す。

「たいした事じゃないよ……それより委員長は……」


 井土ヶ谷の言葉が結ばれる頃、春久は委員長が気のいいヤツなんだなという事を感じながらも、頭の中の大半は自分たちの前を走り抜けて行った声楽部の女子生徒の姿でいっぱいだった。


 そう、彼女達は泣いていた。


 そして、その中の1人は間違いなく同じクラスの能見由香のうみゆかだった。


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