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シネマ・コンプレックス  作者: 橙海 有
3/3

【2:クロノスの懊悩】

連続投稿と言ったな、あれは以下略。

本当にすみません、間が開きましたがお読みいただけると幸いです。


自分の感情が『恋』だと解った時の神:クロノス。

しかし、恋だと解ったからといって彼は神で、彼女は人間だ。

いつもと同じように、時を見張るだけの生活が続くが…。

   2 クロノスの懊悩


 僕はある程度の時間を賭して時の神に会いにいったわけだが、感想としては、『恋だと解ったからと言って、だからなんだ』ということになる。端的に言えば、エラーの内容・原因は解ったが、解決の方法はない、ということであったのだから。

 触れたいと思っても、触れることはおろか、話をすることすら叶わない。恋とはなんと不毛なものであろうか。もっともこれは、僕が神であるから、だが。


 相も変わらず僕は、部屋の画面いっぱいに彼女の数多の時間軸を流しながら過ごしている。


 彼女は日本人で、日本で言うOLをしているらしかった。

 毎朝、六時ごろに起床。七時半頃に家を出て、電車に揺られて会社に着く。八時半から就業開始。パソコンというモニターの前に座り、お昼まで作業をする。

 お昼ごはんをとって、十七時半から、遅いときは二十時過ぎまで仕事をしている。

 そうして家に帰って、映画鑑賞やらインターネットやらをして、二十三時ごろ就寝する。

 僕は、それを早回しにしたり巻き戻ししたりしながら眺める。

 蛇足だが、僕が行う時間の早回し、巻き戻しは実際の人間の時間には影響しない。人間にとっては未来で、未定のことであっても、運命、結末というものは決まっているものだ。彼女がよく見ている映画に例えるならば、彼女が早送りをしたとしても、役者達が早回しで演じているわけではない、ということ。

 既に決まった事柄に向かって流れるストーリーを、その事象の観測者、つまり時の神である僕が、観測の時間を短縮しているだけのことなのだ。もちろんこれは事象の終着点が定まっていると認識している神だから出来ることであって、将来を見通すことが出来ない、もしくは運命を自力で分岐させ、結末を多様にすることが出来る人間達には不可能なことである。


この僕の様子をみた運命の神には

「君、それは人間界ではストーカーって言うんだぜ」

と、言われた。

「ストーカーとは相手に害を与えるために付きまとうもの、なんだろう?僕に害を加えるつもりはないんだが…」

「人間は普通、その生活のピンからキリまでを見張られていたら害を加えられているのと同じものだよ。善しと感じるものはほとんど居ない。」

まぁでも、私たちは神だし、そこらへんの価値観は違うものだろうけどね、と、運命の神は付け加える。

「そうだな…それに僕には、彼女の時の流れを見つめる以外に、彼女への恋のやり方を知らないんだ」

運命の神は僕のその言葉を聞くと、またニヤリと笑って僕の頭を撫でた。僕は何が彼女の気分を満たしたのか解らぬまま、黙って頭をなでられる。


     *


 そんな生活を続けていたある日のことだった。

 とあるモニターの中の彼女(つまり、とある時間軸の中の彼女である)に、異変があった。朝、駅へと向かう道。駅の高架橋のすぐそばにある信号は、大抵いつも赤になる。それが青になるのを待ち、渡り始める彼女。


 ところで、普段個々のモニターの音量は切ってある。全部点けておいても結局雑多な音になり、聞き分けることなどできないからだ。しかし、全ては僕の管理下にあるもの。必要な音声は自然と聞こえてくる。


 その時、僕の耳には、男性の声が飛び込んで来た。

『危ない!』

危ない?誰が、と思う間もなく、横断歩道を歩く彼女と、他の歩行者の所に、大型のトラックが突っ込んで来た。


「……え?」

人間でも神でも、本当に驚くとろくな声が出ないらしい。僕はただ、そのモニターで起きたことを理解できずに、しばらく虚空を見つめていた。


 大型トラックの衝突を受けた彼女は、誰がどう見ても即死だった。体は数十メートルも跳ね飛ばされ、地面に落下。すぐに病院に運ばれたが、やはり生き返ることはなかった。

 それを見て、僕は初めて吐き気というものを覚えた。そもそも食べ物を食べるのだって、本来なら不必要な、娯楽の一種ではあるのだが、それを吐き戻したくなるなんて。

 吐いた後に改めて、時間を巻き戻し、事象を確認した。決定的な事故の場面は、見ないようにしながら、だが。

 何度確認しても同じことで、その時間軸の彼女は、そこで死んでいた。


     *


 前に説明したとおり、運命は些細なきっかけで無限に分岐する。だから、そのうちのひとつが『早くに死ぬ運命』であったとしてもなんら問題はない。というか、それは普通のことだ。生物の運命は無限に分岐するが、収束するときは一つ。『死』へ帰着するだけなのだから。

 けれど、

「好きになった人の死を目の当たりにするのが、こんなにも辛いことだったなんて」

今まで、人の死を悼む人々を多く見てきたが、どういう気持ちでいるのかなんて考えたことすらなかった。

 好きな人が死ぬと、こんなにも苦しくて、こんなにも理解しがたくて、こんなにも、

「悲しい」


 僕は泣いた。

 覚えている限り、生まれて初めての経験だった。

 声を上げて、思うままに、全てのモニターを停止させて、僕は泣いた。


     *


 いくらかの時が経ったあと、僕は復活し、再度彼女の時を見始めた。

 他の時間軸の彼女は健やかで、いつもどおりの生活を送っていた。僕は安堵する。





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