新しい部屋(2)
「今はいったい何時なんだい?」
堰の閉じられた池から水が自然と溢れてくるように、湧いてきた謎を僕はそのまま彼女にぶつけた。彼女は今度はゆるゆると首を振らなかった。気がつけば、どこから取り出したのだろうか金色の懐中時計を手のひらにのせていた。指の隙間からは、塗料の剥げたチェーンが垂れている。
「いちおう午後の4時くらいかな」
「いちおう?」
「だって、ずれているかもしれないでしょう」
僕は思わず唸ってしまった。ここには時間という概念は存在する。ただそれを客観的に証明することは不可能なのだ。確かに、時間の概念は文明としては重要だ。
僕はエジプトの日時計の話を思い出していた。地面に木の棒を突き刺しただけの日時計は時間による管理という概念をもたらしたが、同時に時間の中に閉じ込められることでもある。日時計の範疇を超えるが、太陽というものが地平線から昇り、沈むという単純反復を繰り返す限り、正確でないにしろ人々は太陽を規範とするし、それを崇めもする。
でも、太陽もただ照らすだけなら、崇められもしないし、人は時間の概念に囚われることもない。つまり、ここも太陽に囚われた場所という意味では、地上と相違ないのだ。
「小難しそうな顔をしてるね」
「時間があったんだって……ちょっと驚いてたんだ」
「でも、あってるか分からないんだよ」
「それでも、それをもとに君は寝て、起きているんだろう?」
「そうだけど」
そういうと、彼女は天を仰いだ。つられて見上げると、天井の穴から遥か彼方から太陽の光が差し込んできていた。
針の穴から天を覗く、というがそうなのかもしれないなとふと思った。そういう意味では、ここも光溢れる太陽の庭のようなものなのかもしれない。
「太陽も私たちがいるから、照らすんだよ」
「どういうこと?」
「だって、こんなところにまで明かりを届けてくれるんだよ。それは私たちがここにいるからだろうし、そうでもしないと太陽もつまらないでしょう」
「でも、明かりはどこにでもあるんじゃないの?」
「そうじゃないんだよ」彼女はそこで息を切って、そして言った。
「太陽の明かりは私たちみたいな人をを探しているの。太陽が光を注ぐのはそのためだし、いずれその光がいろんな道をたどって私たちを探し出すの」
僕は彼女を見た。彼女は僕など気にせずに、でも答えを待つ風でもなく、はにかんだような顔をして空を見上げていた。照らされた彼女の姿を僕は少しだけ眩しく思った。
なるほど、この光もまたー。僕もまた同じように目を細めていた。