降りた先には
「やあ、ようこそ」
声がした方を向くが、なかなかピントが合わない。目が悪い方ではなかった。むしろ、いい方だ。船では見張りー漂流物を見分ける仕事をしていた。数百メートル先のものを見て、岩礁なら報告する。地味だが大事仕事だ。出航前の検査では問題はなかったはずだ………
「どうしたの?」と声がする。
「ええと」
そうこうしているうちに視界が定まった。左後ろ、身体ごと向けると、コンクリートの壁に少女が寄りかかっていた。僕はしげしげと少女を眺めた。素材のわからない、目の粗い服を着ていて、半袖の先から伸びた腕は細く、手には赤い装丁の四六版の本の表紙を持ち、手は題名をきれいに隠している。
不思議な子だった。どうしてこんなところに人がいるのだろうか。
「ここは……いったい」
僕はあたりを見回した。何かの廃墟だろうか、立方体のコンクリートはところどころ穴が開いていて、天井と眼前は劣化したせいか何もなくなっていて、ただ見るばかりの穏やかな海であった。鉄骨が剥き出しになった床から覗くと下には幾層にも同じような無機質なコンクリート群が広がっている。
「みんな同じことをする」
「えっ」
「みんな不思議がるの。まず、ここを囲む海を見て、それから下を覗きこむの」
そこで少女は鈴を転がすような声で笑った。読んでいる本をぱたんと閉じると、徐に立ち上がった。
「下、行きたいでしょ。案内するわ」
「どうして」
僕は少女の言葉にただただ狼狽えた。聞きたいことは山ほどあった。無論、下に興味がないわけではない。それよりも今、置かれている立場が気になっていた。
「じきにわかる……と思う」そういうと本を放り投げた。誰に渡されたでもない本が緩やかな放物線を描いて、床の上に着地した。少女は続けた。
「知りたいんでしょう。自分のこととか、ここのこととか、いろいろと」
「うん、だけど」
「だったら、探さなきゃ。自分で見て、探して、考える。ここの人たちはみんなそうしてるの」
少女はそこで微笑んだ。手で梳いた長い亜麻色の髪が腰元まで下りる。
「だったら、探さなきゃ」
僕はうなづくことしかできなかった。