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初恋随想録

作者: 繭衣和香

 大学二年の冬。

 いつも通り某SNSをチェックしていて、夏乃はとあることに気が付いた。


「――――!!懐かしいっ!」


 友達ではありませんか?と勝手に流れてくるアカウントの波に埋もれかけている写真。それはとても見覚えがあって、懐かしくて、夏乃の心を大きく揺さぶった。

『黒田千隼(ちはや)』。その名前を見るのはいったい何年ぶりだろう。

(小学校以来だから、8年ぶり?かあ…)

 夏乃は中学から私立に行ってしまったので、たいていの小学校の友人とはそれきりだ。もう名前も忘れている人が多いし、顔だって20歳になって面変わりしているから気づけないことが多い。

 それでも彼の名前だけは覚えていたし、顔も一瞬で分かった。誕生日なんかも大体思い出せる。

 

 初恋の人。


 その言葉はなんて甘酸っぱいのだろう。


 普段受け身の夏乃は珍しく、自分から友達申請を送った。


◆◇


 小学校時代、ちーくんというあだ名で親しまれていた彼と同じクラスになったのは3年生の時。

 その時はそこまで親しいというわけではなくて、ただのクラスメートだった。

 当時の夏乃は今よりかなり気性が荒く、どの男子にも蹴りやらなんやらを入れていた記憶が今となっては懐かしい。ちーくんに対してもそれは同じで、今思えばどの男子もよくあんな暴力的な女子を受け入れてくれたものだ。みんな心がオトナだったのかもしれない。


 そんな彼との関係が少しだけ変わったのは4年生。当時の担任は休み時間のたびに生徒を運動場に追いやる人で、運動が苦手な夏乃は外に出たくない一心で校舎中を隠れて回っていた。

 そんな『外に出たくない仲間』は意外にも何人かいて、自然と一緒に遊ぶようになった。外に行きたくない理由は人それぞれで、単に外靴に履き替えるのが面倒だったから、なんてやつもいる。それが「ちーくん」だった。

 休み時間のたびに、校舎全体を使って遊ぶ。それは大掛かりなかくれんぼであったり、廊下でやるだるまさんが転んだであったり、こっそり持ち込んだトランプ、なんてこともあった。

 そのグループには女子も男子もいて、合計8人。40人学級の中ではそこそこマジョリティであったと言える。その中で、夏乃はなぜ彼を好きになったのだろう?今でもわからない。グループにはもっとかっこいい男子もいたのに。


 夏乃が気持ちに気が付いたのは5年生になってからだった。

 クラスが分かれてしまったのがそのきっかけだったのだと、今なら思う。あんなに仲が良かったのに、クラスが違うだけで驚くほど接点が減る。そのことに気づかされてしまった。

 加えてみんな色気づいてくる年齢でもあって、そこかしこで誰々があの子を好きらしい、なんてうわさが飛び交う。その中には心穏やかに聞けないものもあって。

『ちーくんが小畑さんに告ったらしいよ!』

 そんな話が聞こえてきても、夏乃にできることは何一つなかった。まだまだ暴力的なキャラが立っていたし、クールでいたい気持ちもあったから、ふぅん、ようやる、なんて反応しかできない。心の中では必死に彼が振られることを望んでいたのに。

 そのあと『振られたんだって!』と聞いて一安心、でも外面にはださない。本人とすれ違えば、『ま、次があるって!』なんて声をかけた。いつでも目線は彼を探していたのに、告白なんて考えもしなかった。

 それが、夏乃の5年生。


 6年になって、また一緒のクラスになれたのは本当に幸運だったと今でも思う。

 また前のように毎日一緒に遊べて、追わなくたって視界の中に彼がいる。毎日がふわふわして楽しくて、学校があんなに楽しかったことなんて他になかった。

 一緒の委員をやって、修学旅行も当たり前のように一緒の班になって。

 あまりに一緒にいるから、友達の何人かには夫婦と呼ばれたこともあったっけ。

 そんなクサい呼称がくすぐったくて、迷惑なふりをしながら内心小躍りしていた毎日。

 それでも、告白しようとは思わなかった。


 なぜだろう?勇気がなかったのもあるけれど。

 彼の気持ちがこちらに向いているとは思えなかったからだろうか。

 小学生の頃の夏乃は前述したとおり暴力系の姉御肌で、オシャレなんぞには微塵も興味が無かった。いわゆる「女子力0」である。

 そんな自分が恋なんて、と思っていた節もあったかもしれない。


 そんなふわふわどきどき、時々もやりな毎日を過ごしていると、卒業という二文字が近づいてきた。

 夏乃は私立の中学を受験することが決まっていた。

 夏乃のような受験組はクラスには少なく、もちろん彼は公立進学組である。

 彼はわりと頭がいいほうだったから、一緒に中学受験しようよ、なんて誘いを何度か持ち掛けたこともある。もちろん冗談のように言っていたが、内心では本気で目指してくれないかとどきどきした。

 そんな夏乃の合格が決まった1月下旬。

 彼とともに過ごせるのは残り一か月だということに、そこでようやく気が付いた。

 いや、知ってはいたのだ。目を背けていただけで。

 二人の関係は4年生のころから一向に変わっていなくて、夏乃の気持ちだけが日々進化していた。


 初めて友達に相談した2月。

『2年間も想ってきて、告白しないなんて!』

 友人の言葉に、どきりとした。

(私、2年も好きだったんだ…)

 正確にはもっと長いのかもしれない。自覚したのが5年生になってからというだけで。

 まだ12年しか生きていない中での2年は存外に大きくて、不意に気持ちを伝えたくなった。

 離れ離れにはなるけれど、この気持ちを知ってもらえるだけでよかった。

『卒業式の日に、告白する』

 そんな決意を、友人はにっこりと笑って受け止めてくれたことは、今でもはっきり覚えている。


 あえて卒業式の日にしたのは、告白した後に顔を合わせるのが恥ずかしかったから。

 まだまだガキで、「付き合う」なんて概念もなかったから、その選択は自分でもしっくりきた。


 いつもジーパンにフリースだけど、卒業式の日だけは精一杯のオシャレをして。

 なれないスカートは気恥ずかしさとともに勇気をくれた。


◆◇


『黒田千隼さんが、あなたのリクエストを承認しました』

 そのメールに、夏乃はすぐさまSNSページへ飛んだ。

 彼のページには、どこの高校を卒業したのか、今どうしているのかなどが記されている。

 彼の進学先は地元でも有名な大学で、かつての成績の良さがそのまま出ているかのようだ。

 夏乃は懐かしい勢いでメッセージ機能を立ち上げる。


『お久しぶりです。承認ありがとう。私のこと覚えてる?笑』


 別に、今更彼とどうこうなりたいわけではない。夏乃には今彼氏がいるし、その人のことを好きだったから。それでも、なんだか久しぶりに話がしたくなった。

 それは、卒業式の日の告白が尾を引いているのかもしれなかった。


『ずっと、好きだったんだ』

 

 誰もいない空き教室で呟いた言葉。今なら、そのあとに付き合ってくださいとかなんとか続けるのだろうけど、当時はそれきり。彼は何を思ったのかしばらく沈黙した。

 そして、ゆっくり口を開いて。


『俺も、好きだったよ。気づいてなかったかもしれないけど』


 それだけ。

 でも、その言葉が本当に本当にうれしくて。

 伝えてよかったと、心から思った。


 二人が付き合うようになったとか、そんなオチは存在しない。

 たった一言ずつ話して教室を離れて。

 卒業して、春休みが来て、それぞれ別の学校へ進学して。


 当時は携帯なんて持ってなかったから、メールアドレスの交換すらせずに。

 それきりだった。



『久しぶり。もちろん覚えてるよ。元気?』


 その返信が、あの卒業式以来の会話だった。


◆◇


 そのあとしばらくやり取りして、ひとまず会話を終える。懐かしくて楽しくて、こんな気持ちは久々だった。ずっと忘れていた気持ちがよみがえる。

 あの時付き合っていたらどうなっていたんだろう?

 私が公立に行っていたら?

 同じ大学に入っていたりしたら…

 いろんな想像が頭を駆け巡る。

 こんなにかつての気持ちを事細かに思い出せるなんて、自分でも驚きだ。

(初恋は特別って言うもんねえ…)

 今の彼氏とは酒の勢いで付き合い始めたようなものである。もちろん愛しているし、離れるつもりはないけれど、あの時みたいなどきどきは無かったように思う。

 そう考えたら、夏乃の恋愛歴ののかでもっとも輝いていたのはあの時なのかもしれないと思った。


 ふふ、と笑いがこみ上げる。我ながら、小学生だてらに立派に恋愛していたものだ。

 どうせ地元の友達が少ないから、という理由で行かないつもりだった成人式に、興味がわいた。

 みんなどうしているのだろう。

 彼も来るはずだ。やはり顔を出してみようか。


 夏乃は本棚から卒業アルバムを引っ張り出し、かつての級友たちとの思い出をたどり始めた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 読んでいて心がほっこりとしました(*´∀`*)これからぐっすり寝れそうです。
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