倉庫で何かが
『倉庫で何かが……』
「ヘイ! パスパス」
体育館の中に少年の声が響く。
バスケットコートの中で少年は元気に駆け回っている。
時間は昼休み。
少年は仲のいい学友たちと体育館でバスケに興じていた。
全員高校から知り合った仲だが、入学から一か月目には互いの家を行き来するぐらいには仲良くなっていた。そんな友人たちと行うバスケは体育などで行うものとはまた一味違った楽しさがあった。
そんな時に、体育館に大きくチャイムの音が響く。
体育館にある時計の針は五時間目開始五分前を指している。
「ヤッベ! 次移動教室じゃねぇか!」
「荷物持ってきてねぇじゃん!」
「急げ!」
「おい! 片付けていけや!」
「頼んだぜ!」
「ガンバ!」
友人たちはボールを放り出して、体育館を後にしてしまった。
こういう時にいつも割を食うのが少年だった。少年はまじめと言うほどではなかったが、他の生徒と比べ、少しだけ責任感があったのだ。
その少年は今日もいつもと同じようにボールを拾い上げると、倉庫に移動する。
「ったくよぉ……」
悪態をつきつつもしっかりと片付けをしようとするあたり、この少年は苦労性なのだろうことがさっせた。
少年は頭の中で、次の授業に遅れた時の言い訳を考えていた。
急いで片付けて、教室まで走り、そこから移動教室先まで走ればギリギリ間に合うような時間ではある。だが、思いっきりバスケをした後にまた走るような気力は少年には残っていなかった。
ここですぐにあきらめてしまうあたりが、責任感が少しだけあると言われる所以なのだろう。
少年はバスケットボールなどのボール関連が置いてある倉庫に足を踏み入れる。
その倉庫は、入口から見て右から二番目にある倉庫で、学校の設計上の問題で入口のドア以外に窓も何もなかったので、空気がとても淀んでいる。
それに、薄気味が悪いのであまり好き好んで近寄るような生徒はいなかった。
少年だって、ここ以外にバスケットボールが置いてあるのなら、そっちからバスケットボールを取ってこようと思う。
「ん?」
バスケットボールを籠の中に投げ込んで授業に向かおうとした少年の視界に何か入り込んだ。
振り返ってみてみると、特に気になるようなものは置いていない。
不思議に思いつつも、倉庫に背を向けると、また何か視界に入る。
だが、振り返ると特に違和を感じるようなものは置いていないように思える。
首をひねっている少年の耳に授業開始のチャイムの音が入ってくる。
「マジかよ……。ま、いいか」
少年はもう授業が始まってしまったので、もう授業のことがどうでもよくなった。
行く気がないと言うわけではないのだが、授業の優先順位が少年の中で低くなってしまったようだ。
今の少年にとっては、授業に急ぐことよりも、倉庫の中に何があるのかのほうが気になってしまっている。
少年が、その違和の正体を確認するために今一度倉庫の中に足を踏み入れた。
「くっ……」
すると、意識が一瞬だけ遠のき、足元がふらつく。
だが、それも一瞬のこと。床に手をつくまでもなく、立ち直ることができた。
その意識の遠のきをただのバスケをした後の立ちくらみだと断じた少年は、倉庫の中を調べ始める。
だが、何処を探してもさっき視界に入り込んだような、注意を引くようなものは何処にもおいていない。
「んー……なんかあると思ったんだけどなぁ……。ま、いっか」
何も見つからないことに疑問を感じながらも、少年は今度こそ倉庫を後にする。
今度倉庫を出ようとしたときには、何も気にならなかった。そのことにも一抹の疑問を感じたが、いい加減に授業が始まってからそれなりの時間が経っている。
これ以上は説教が長引きそうだ。
少年はそう思い、走り出した。
廊下を走ってはいけないとは言われるが、今は休み時間ではなく授業時間。特に誰かとぶつかる危険性もないので見つけた教師も許してくれるだろう。
……違う意味で説教を食らってしまうかもしれないが。
廊下を走っていくうえで、校舎内がやけに静かだと言うことに気付く。
教室の中を走りながら見てみると、ちゃんと授業をしているような様子はある。
だと言うのに、廊下には授業をしていると言う声が聞こえてこないのだ。
廊下に響くのは、少年自身が走ることによってできている室内用シューズが床をこする音だけ。
やはり、そのことには違和を感じる。が、あの昼休みの後に何度違和を感じたがわからないので、今日はそう言う日なのだと自分を納得させることにする。
教室で教科書類を回収した少年は移動教室まで走る。さっきバスケをしたせいで立ちくらみを感じたとは思えないほど足は軽かった。
「すいません。遅れました」
「本当に遅れすぎだ。何してたんだ?」
「ちょっとトイレで格闘していまして」
そう言うと教室内に笑い声が響く。
そんなことを言われた授業担当教師は、毒を抜かれたかのように苦笑いすると、早く席に着けと言ってきた。
席に着いて教科書を開く。もう数か所板書したところを教師が消してしまっていたので、隣の友人にノートを見せてもらう。
ノートを写しがてら、教室内を見てみると、教室内にさっき一緒にバスケを屋ていたはずの友人がいないと言うことに気付く。
? 先に行ったはずではなかったのか?
「なぁ」
「ん? 何だ?」
「今、ちゃん全員いるか?」
そう少年に聞かれた友人は教室を見回してから、こちらに向き直る。
「全員居るんじゃないのか?」
「……そうか?」
「そうだろ。ちゃんと全員居るぜ?」
「……………………」
「それより、授業に集中しろよ。先公が睨んできてるぜ」
友人の言葉通りに、教師がこちらに鋭い視線を向けてきていた。
慌てて、ノートに黒板に書かれていることを写しはじめると、教師は説明に戻った。
……気のせいなのか?
次の授業に入るころには、さっき感じたことが気のせいではないことに気付いた。
六時間目は教室で授業なのだが、教室に戻ってくると、人が少ないことが顕著に分かった。
だが、少年以外のクラスメイトはそのことに気付いた様子もなく、普段通りの『日常』と言うやつを過ごしている。
周囲にそのことで問いかけても、こいつは何を言っているのだ? と言う視線を向けられるだけである。
俺がおかしいのか? いや、おかしいのは他の生徒のはずだ。
そんなことを考えているうちに授業開始のチャイムが鳴って、教師が入ってくる。
教師も人が少ないことには気づいた様子もなく、授業を開始する。
とりあえず、考えるのは後回しだ。授業に集中しなければ。
そう思い、手で自分の両頬を張る。
これで多少は気が入った。
さて、授業に集中しよう。
「ん……?」
いつの間にやら眠ってしまっていたらしい。
いかんいかん。ちゃんと授業を受けなければ。
そう思って、顔を上げる。
「…………は?」
だが、教師の姿はない。
黒板は、書きかけのまま放置されている。
それに、周囲には生徒が一人もいない。普段なら、少しざわざわとしている教室が、生徒がいないと言うだけで怖いほどの静寂に包まれている。
「おいおい……。どうなってんだ?」
少年は教室から出て、他の教室を確認する。
だが、どの教室を覗いてみても人っ子一人いない。授業をしていたと言う痕跡だけはある物の、人は何処にもいなかった。
少年は走って、学校中を探索した。
だが、学校内には少年以外の人間が一人たりとも存在しなかった。