ジュエリー部門
美羽に助けられてもらい僕の事情を何も聞かずに衣食住に仕事までえてもらって数日が過ぎた。
いつも近くに居るのに今日は営業に行ってしまいオフィスに居ない。
そんな美羽に言われて在庫管理をしている。数量をカウントして在庫表と照らし合わせていく。
判らない商品があれば誰かに聞けばいいのだけど周りの視線と言うか空気が……
「な、何ですか? 赤坂リーダー」
「馴れ初めを聞きたいな。黒姫課長との」
顔を少し上げると赤坂リーダーの顔が間近にあって黒曜石のような大きな瞳が爛々としている。
リーダーは行動があってとても魅力的な女の人で好奇心旺盛で誤魔化しは利かない。
「家出してコンビニエンスストアーの前で高校生に絡まれているのを美羽が助けてくれて」
「あ、晶ちゃん。もしかして黒姫課長の事を下の名前で呼んでいるの?」
「黒姫さんって呼んだら美羽で良いって」
「信じられない……」
赤坂リーダーの顔から表情が消えて僕の周りに皆が集まってきた。
「何か可笑しいですか?」
「少し驚いたけれど晶ちゃんが特別だからかも」
「特別なんかじゃないと思う。美羽はクールと言うかドライっていうか凄く冷たい感じがするし。お風呂で僕の体と頭を洗ってくれた時も動じなかったし。って」
思わず喋ってしまったと思った瞬間に皆の顔が固まって。
深海の様な蒼野チーフの瞳が青以外のすべての色を吸い込みそうな勢いで僕を見ていた。
「晶さんってどのくらい家出していたの?」
「一か月くらいです。仕事を探してもこんな容姿だから未成年だと思われて。野宿するのに女の子だと判ると危ないと思って晒を巻いて僕って言っていたから美羽にも男の子だって思われて」
「それで一緒にお風呂にね」
「僕が女の子だって判った時に少しだけ驚いてたけど、その後は瑠璃と一緒に入っているのと変わらないって」
美羽に言われた時は本当に凄くショックだった。だって6歳の瑠奈ちゃんと変わらないと思われてるんだから。
何故か赤坂リーダーと蒼野チーフが腕組みをして怒っているような困ったような渋い顔をしていた。
2人の後ろでいつも優しい緑山さんがほほ笑んでいる。
緑山さんは名前通り森林浴しているみたいに癒し系の優しくて微笑みを絶やさない人で怒っているところを見たことがないって水瀬さんが言っていた。
「本当に課長はオンもオフも変わらないのね」
「緑山さん、由々しき問題ですよ。でも僕っ娘にツンドラって萌え要素満載なんだから晶ちゃんと課長がくっつけばハッピーエンドですね」
「黒姫課長が恋愛しているところなんて想像がつかないわ」
「でも瑠奈ちゃんが居ると言う事は恋愛して結婚したんですよね」
清流みたいにピュアな水瀬さんの言葉で緑山さんまで黙って腕組みを始めてしまった。
美羽に奥さんの事を詳しく聞いたことがないし聞けるようなことじゃないからどう答えていいか判らないし美羽と僕じゃ王様とお手伝いさんみたい。
「まぁ、黒姫課長が晶ちゃんの事情や名字すら聞かずに傍に置いていると言う事は少なからず気を許していると言う事でしょ」
「そうかな。会議で晶ちゃんは残るも去るのも自由だって言っていたんですよ、緑山さん」
「ツンツンドライな課長の言う事だもの。言葉の意味合いは反対かもしれないでしょ」
アニメやライトノベル好きな水瀬さんの使う言葉の意味は良く判らないけれど皆は判っているみたいで凄い。
僕にも判るのはクールでドライだからだって、美羽には近寄りがたい力を秘めている気がする。
「そう言えば晶ちゃん。課長の数値ってどのくらいなの?」
「美羽は……」
「ダメダメ、やっぱりダメ。聞いたらジュエリー部門に居る自信がなくなっちゃいそうだから」
水瀬さんが聞いてきたのに慌てて水瀬さんが僕の口を右手でふさいで左手を振っている。
僕自身が一番信じられない数値だったから言いたくないのが本当のところ。
でも、こんなに数値が高い人が集まっているのもすごく不思議。パレートの法則や2‐8の法則なんて言われている物があって、組織の2‐6‐2の法則なんて言う言葉まである。
それは組織の中は2割の優秀な人材と6割の普通の人材で残りの2割がサボっている人と言う比率を現した物で。
優秀な2割の人材は天性の人たちで6割の中から育成するのは難しくサボっている2割の人を切り捨てても新たな2‐6‐2の法則が発生するところがこの法則たる所以らしい。
ジュエリー部門に当てはめればかなりハイレベルな2‐6‐2の法則だと思う。
そして美羽は知ってか知らずかきちんとボトムアップをしようとしている。
だから成績が右肩上がりなんだと思う。
「真剣な顔をして晶さんは何を考えているのかしら?」
「蒼野チーフ。やっぱりここに居ない人のことでしょ」
「晶ちゃんって不思議な力を持っていて。あの課長が気を許す女の子なんですよ。赤坂リーダー」
「うふふ、水瀬さん。仕事、仕事」
緑山さんの言葉でやっと解放された。
蒼野チーフは沈着冷静で赤坂リーダーは率先励行で水瀬さんは明朗闊達かな。
緑山さんは気遣いが出来る温和丁寧な大人の女性。
こんな素敵な女性に囲まれていると心の奥がちくりとする。
在庫管理が一息つくと美羽と石月君が外回りから戻ってきた。
石月君の顔が疲れ切っている。多分、美羽に尻を叩かれたのかハイスペックな美羽に付いていくだけで精一杯だったんだと思う。
とても冷たく感じる事を除けば絶対的な存在感があり完璧主義で質実剛健を時で行くような美羽と仕事をすれば石月君の様に普通の人なら疲弊してしまうだろう。
それを乗り越えた時には何かが変わっているはずでだからこそ美羽は叩き続けるんだと思う。
例え乗り越えられず挫折して他の部署に異動する事になっても、その経験だけは決して裏切らないはず。
「難しそうな顔をして何を考えている。終わったのか?」
「うん。あっ、はい。終わりました」
「それじゃ帰るぞ」
「えっ、まだ時間が」
美羽から信じられない言葉を聞き驚いて時計を再確認してしまった。
終業時間までにはまだ1時間以上あるのに『帰るぞ』だなんて。
でも、誰も何も言わずに仕事をしていて美羽は帰り支度をしている。
「良いのよ、晶さん。黒姫課長は直帰にしておくから」
「でも、蒼野チーフ。いくら成績が右肩上がりだからって」
「今でこそシングルファザーにも児童扶養手当が支給されるようになったけれど負担は大きいでしょ。この会社もワーキングマザー等に対しては支援をしているけれど大変なことは変わりない。私達にできる恩返しの様なものなの」
蒼野チーフに言われて片づけを始めると石月君が手伝ってくれた。
どれだけ美羽が信頼されているのかがよく判る。だからこそのチームワークなのだろう。
正社員として働いていて1人親家庭になれば辞めざる負えない場合が多く。
いくら支援があるからと言って仕事と家事や育児の負担は計り知れない。会社や社会の理解がなければ生活していくことは困難だろう。
その点で言えば美羽は恵まれていたのかもしれない。
そして私も……