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硬度

「戻りました」

しばらくして買い物に行っていた水瀬が晶を連れて元気よく戻ってきた。

晶の恰好は…… シャツが白のシャツワンピになりその下に黒い7分丈のレギンスを穿いているが代わり映えがしない恰好だった。

アパレル関係だけあって女子の服装は色々で余程の格好をしない限り何かを言われるようなことはなく。

皆とてもファッションには敏感だが大手だけあって常識はわきまえていた。

「課長、これが領収書です」

「それじゃ、これで」

「ありがとうございます。一生懸命考えたんですけど、このスタイルしか浮かんできませんでした。課長のセンスにも完敗です」

「水瀬は水瀬自身の良い所を伸ばせば良いんだ」

領収書を電卓で計算して端数は繰り上げて清算すると水瀬が笑顔で受け取ってリーダーと緑山さんに合流した。

「あの、美羽さん。私はどうすれば良いのですか?」

「そこの空いているデスクで資料を渡すからどれが良いか決めてくれ」

「それって……」

「数値で見分けられるかな?」

晶の表情が少し緩んでから真剣な瞳になり石月のデスクで渡した資料に目を通し始めた。

すると蒼野チーフが直ぐに俺のデスクにやってきた。

「課長、あの資料は今日の会議の議題なのではないのですか?」

「そうだが。晶が切り札だと言えば納得してもらえるかな」

「社外秘の資料を彼女に見せてどれか選べと言うのはあまりにも無茶苦茶です。無謀な事をしている自覚はおありなのですか?」

「結果を残せば問題ないだろ。会議の後で報告する」


昼食を済ませ午後からは大事な会議が始まっていた。

これからコラボするタイアップ先によってジュエリー部門の今後が大きく左右する。そのコラボ先を選定するのがこの会議の重要な議案だ。

会議には蒼野チーフと赤坂リーダーも出席していて、俺の横には晶が体を強張らせ小さくなり俯いたままで座っていた。

蒼野チーフは淡々と赤坂リーダーが熱い口調で部門内にて決定した企業を推している。

傍から見るとどの企業も伸びている会社でトップ陣にはトップ陣の思惑があるのだろう。

しかジュエリー部門で出した答えはその思惑に反しているので決めかねていると言うのが本当のところだ。

「黒姫課長も蒼野チーフ達と同じ意見なのかね」

「そうですね」

「その根拠はどこにあるのかね」

「蒼野と赤坂が述べた通りです。それとここに居る彼女の意見も私達と同じ意見だったので」

いきなり賽を振ると晶に対して突き刺さるような視線が浴びせられ堪らずに晶は目を固く閉じ唇をかみしめている。

握りしめ震えている晶の拳に手を置くと震えが止まった。

「黒姫課長は部外者にしか見えないその子に社運を委ねるのかね。それに重要な会議に部外者を連れてきた責任は問われることになるが」

「ここに未選別の1カラットのダイヤあります。このダイヤをルーペも使わずに選別する事が可能だとしたらどうしますか?」

「黒姫君は気でも違ったのかね。場所を弁えたまえ」

専務が声を荒げて蒼野チーフと赤坂リーダーは目を見開いて俺の事を見ている。

そんな事はスルーしてジッパー付のビニール袋からダイヤを会議用テーブルの上に乗せると、晶が俺の目を真っ直ぐに見てから20個ほどのダイヤを選別し始め。

瞬く間に3つに選別すると蒼野チーフと赤坂リーダーがルーペを使って慎重に選別結果を調べている。

会議室が静寂に包みこまれ緊張感がはしりトップ陣の息をのむ音が聞こえてくるようだ。

しばらくして蒼野チーフと赤坂リーダーが顔を見合わせトップ陣の方を見た。

「蒼野君、結果は?」

「彼女が選別した通りで間違いありません」

「黒姫課長、彼女は何者なんだ」

「事情があって昨夜から私が預かっているだけです。私自身も彼女の事情は詳しく知りません。特殊な能力を持っているようですが残るも去るも彼女次第と言うところです」

晶のおかげでジュエリー部門が推した企業に決まり、会議が終了しトップ陣が急いで会議室を後にする。

深々と頭を下げてトップ陣を見送った。


オフィスに戻ると外回りから戻った石月と水瀬が会議の結果を待ちわびていた。

「課長、どうだったんですか?」

「水瀬さん、どうもこうもないわよ。燃え尽きたわ」

「赤坂リーダー、駄目だったんですか?」

「あんなに疲れた会議は初めてよ」

赤坂リーダーが椅子に座りこむと緑山さんがお茶を入れてきてくれた。

「お疲れ様です。細工は流々仕上げを御覧じろですよね、課長」

「流石に今日の会議は私でも驚きましたよ」

「ええ、いつも沈着冷静な蒼野チーフが驚く様な会議って……」

水瀬が目を真ん丸にして驚いているのに石月はパソコンに向かったままでいた。

午前中のチーフとリーダーの突っ込みがかなり効いているらしい。

「コラボ先は皆で相談して決めた企業に決まった」

「そうだ、黒姫課長。晶さんって」

「絶対音感や絶対味覚と似て非なるものと言えば良いのかな。見た物を数値化することが出来るんだ」

「信じられないけど、あれじゃ信じざるを得ないです」

赤坂リーダーが復活して瞬時にへたり込むとオフィスのドアをノックする音がして総務の女の子が顔を出した。

「あの、晶さんの社員証をお持ちしました」

「ありがとう。ほら、晶。取りに行け」

「えっ、う、うん」

晶が戸惑いながら総務の女の子から社員証を受け取り直ぐに俺の横に戻ってきて何かを言いたそうにしている。

「言いたいことは言わないと何も伝わらない。判るな」

「私の名字も知らないのになんで生年月日が。あっ、瑠奈ちゃん」

「瑠奈から写メ付きでメールが来ていたので総務に送っておいた。会議で言った通り残るも去るも晶次第だ。晶を縛るものは何もない」

「美羽さんって……」

蒼野チーフがフェードアウトしていく晶の言葉の続きを補填した。

「全てを与え全てを奪い去るパワーの塊。漆黒の大王かしら。少し前までジュエリー部門は天乃商事の中ではお荷物の様な部署だったのよ」

「転属になった時は運命を呪ったもの。今では課長に感謝しているけどね」

「そうね、ジュエリー部門をテコ入れするためにアパレル部門で頭角を現していた黒姫課長に白羽の矢が立ち。赤坂リーダーや緑山さんを引き込んで、課長が世界中を飛び回り仕入れ先を開拓してくれたの」

「店舗回りをしてお客様やスタッフの声を聴いてデザインを考え抜いたわよね」

「課長は私達のデザインには何も言わず自由にさせてくれて店舗の特色によって3人のデザインしたジュエリーを振り分け、ジュエリー部門は他の部門と肩を並べるまでに成長したの。トップ陣にすら有無を言わせない程にね。黒姫課長になら今日の様な力技なんて訳ないわよね」

企業なんて成績と言う右肩上がりの数字さえ残せば文句は言わない。

そして企業は力を手に入れるために金を積んでヘッドハンティングする。特殊な能力ともなれば喉から手が出るほど欲するに違いない。

「晶さん、そんな不安そうな顔をしないの。可愛らしい顔が台無しよ。黒姫課長はあなたの力を会社の良いようにはさせないわ」

「そうね、黒姫課長の逆鱗だけには触れたくないわね」

浮かない顔をしている晶を緑山さんが優しく言い聞かせて蒼野チーフがダメ押ししているようだ。

俺のイメージは黒一色らしい。


「もしかして晶さんって人も数値化出来るんですか?」

「水瀬さん、そんな事を聞かなくてもいいじゃないですか」

「石月君は一番聞きたくないもんね」

水瀬の質問に晶が戸惑って俺を見上げている。どれだけの能力を秘めているのか知っておいて損はないだろう。

「晶、俺も聞いてみたいのだが」

「本当に? 大まかで良いの?」

「本当だ。細かい数値は必要ない」

「蒼野さんと赤坂さんが90。緑山さんが80で水瀬さんが75。石月さんは言った方が良の?」

晶の表情が緩み。石月の額に汗が滲み出し皆の視線がそんな石月に集中して凝視されている。

「晶、標準はどのくらいなんだ?」

「40くらいだと思う」

「言った方が良いかと聞くと言う事は平均以下と言う事だな。これから磨けば光るジェムストーンか誰も拾わないペブルか」

「未知数までは判らないから」

これ以上は石月の精神衛生上良くないだろうと思い、目配せすると蒼野チーフがフォローを入れた。

「石月君は何故ジュエリー部門に居るの?」

「営業を希望したらここに配属されたんです」

「そうだったわね。人員不足の部署を優先させ。次に本人の希望を優先するか本人の適性をみて配属するかと言うのが普通の会社よね。黒姫課長は履歴書をチェックし時間が許す限り研修に顔を出して人選をしているのよ」

「それって黒姫課長がスタッフを選んでいると言う事ですか?」

石月以上に水瀬が驚きを隠せないでいる。

当然と言えば当然の反応なのだろう何故なら彼女はファッションデザイナーを夢見ているのだから。

「もしかして私も黒姫課長が……」

「石月君も水瀬さんにも光るモノがあるからこそジュエリー部門に居るのよ。胸を張りなさい。それにここに配属を希望した新人は沢山いるけれど誰一人希望は叶わなかったのよ」

「でも、私はファッションデザイナーを目指して大学に通いながら専門学校にも通って必死勉強してきたんです」

「水瀬さんは若いしこれから転属も出来るわよ。それにここで結果を出せば引く手数多よ」

水瀬にも飛び火してしまいテンションが下がってしまった。

小さな問題は後回しにせずその場で解決しておかないと後々どんな形で噴出するかわからない。

僅かな事でも積もり積もればやがて不協和音が生じてくる。

「水瀬の協調性とコミュニケーション能力は必ず武器になる。社内外の付き合いを生かせればだがな」

「それじゃ、課長。転属願いを出せば」

「いつでも話はしてやる。カラーコーディネーター1級の勉強をしているなら試験費用ぐらいいくらで捻出する。ただし結果を出せよ」

「本当ですか? 頑張ります」

俺が頷くと水瀬が全身で喜びを表現した。

後は石月だが……

「石月は叩かれて叩かれて原石を見つけ出し磨け」

「課長は僕の中に何かを見つけたからここに配属したんですよね。それを教えてくださいよ」

「甘ったれるな。そんな甘ちゃんのお前に飴なんてやれるか。だから平均以下なんだ」

「今日は叩かれ過ぎて粉々になりそうです」



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