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ジュエリーボックス

朝、キッチンからの物音で目が覚めた。

「ん? おはよう」

「パパ、見て。晶ちゃんってすごく上手なんだよ」

「瑠奈。晶さんだろ」

「ええ、晶ちゃんが昨日の夜に晶ちゃんで良いって」

瑠奈が持っているお皿にはベーコンとホウレン草のソテーにマッシュポテトが添えられたフレンチトーストが綺麗に盛られていた。

一目見ただけでどれだけ料理が上手いか伺える。

「あの……」

「自由に使ってもらって構わない。時々食事の用意をしてもらえれば助かるからな」

「僕の事を何も知らないのに何故そんなに優しいのですか?」

「優しい? 最初は薄汚れた子どもが高校生に虐められているように見えたから助けただけだ。ここに居ることを許したのは瑠奈が君を認めたから。それだけでは理由にならないかな」

固い口調で言われたのが気になるのか晶が俯いて黙ってしまった。

瑠奈を見ると俺の顔を睨み付けてから呆れたような顔をしている。

「冷たく感じるかもしれないが諦めてくれ。これが俺のスタンダードだから」

「もう、パパ。もう少し柔らかい口調でしゃべれないの?」

「出来るなら最初からしている」

100%に限りなく近く初対面の人間には怖い人だと思われるがそれは仕方がない事だと半ば諦めている。

仕事柄営業スマイルは出来るがプライベートではするべきではないだろうが一応確認してみる。

「それじゃ営業用の顔で話せば良いのか?」

「瑠奈と晶ちゃんにそんな事をしたら絶対に許さないから」

「ほら、食べないと遅れるぞ」

晶が作ってくれた朝食を3人で食べて出掛ける準備をし始める。


「晶も出掛けるぞ」

「僕も?」

「そうだ。帰りに買い物もしないといけないし。俺のシャツをいつまでも着ている訳にはいかないだろう」

すると保育所に行く準備を済ませた瑠奈が折り畳んだ白い布を付きだしたので手に取ると木綿の晒のようだ。

「これがどうしたんだ?」

「晶ちゃんの」

「晶の?」

「そう、晶ちゃんがおっぱいを隠すために巻いていた布だよ」

どうやら晶は自分自身が女である事を隠すために晒を胸に巻いていたらしい。

まぁ、ホームレスの様な事をしていたからと言うのが理由だろう。

今日は晒を巻いておけと言えば瑠奈に激怒されるのが必至だが、今から買いに行く選択肢がある訳がない。

迷っている時間などなく問答無用で晶を俺の部屋に連れて行く。

黒いタンクトップの肩の部分を織り上げて短くして縫い付け晶に渡しクローゼットを物色し。そして半袖でブルーのピンストラップのシャツとあまり使っていない茶色のメッシュベルトをチョイスしてみた。

アパレル関係の仕事をしていてよかったと思う。

「瑠奈、変じゃないか?」

「全然変じゃないよ。晶ちゃん、凄く素敵だよ」

「時間だ。行くぞ」


瑠奈が戸惑っている晶の手を取って飛び出していき。戸締りを確認して後を追いかけた。

駐車場に行くと瑠奈と晶が待っていて鍵を開けると後部座席に乗り込んだ。車を出すと瑠奈と晶が楽しそうにおしゃべりしている。

「可愛いでしょ、パパの車。ジュリエッタって言うんだよ」

「アルファロメオだよね。でも赤い車だったんだ」

「うん、赤が良いって瑠奈が言ったの。だってパパに任せていたら真っ黒になっちゃうんだもん。それに四つ葉のクローバーが付いているから、これが良いってパパにお願いしたの」

瑠奈の言葉通りあまり目立つ色が好きじゃない。

車を買い替える時に白にするか黒にするか考えていたが瑠奈に押し切られて赤になってしまい、会社のスタッフにはイタ車で赤なんて嫌味だと散々からかわれた覚えがある。

「美羽さんは瑠奈ちゃんには優しいんだね。あっ、当たり前だよね娘なんだから」

「晶ちゃんもそう思うでしょ。本当にパパは無愛想でツンツンしているから恋人もできなしさ。心配なんだよね」

瑠奈にそんな事を言われても治るものでもなく。

瑠奈が通う保育所で派手な車から降りるといつもの様に注目を浴びる。

お母さん方が送り迎えする事が多く父親は珍しいからだろう。

「おはようございます。今日も宜しくお願いします」

「おはようございます。瑠奈ちゃん、おはよー」

「先生、おはようございます。パパ、約束忘れないでね」

約束とは晶の買い物の事だろう。それといつもと違う事が一つ先生や周りのお母さん方の視線が背後の車の方を向いている。

「晶ちゃん、行ってきま~す」

「瑠奈ちゃん。晶ちゃんって誰なの?」

「パパのお友達だよ」

瑠奈が手を振ってから駆け出し友達の茉美ちゃんと楽しそうにおしゃべりをしている。

先生に一礼してから車に向かうと晶が腰のあたりで小さく手を振っていた。周りの視線を感じて頬を赤らめながら。


車に乗り込み会社に向かっていると晶が申し訳なさそうに口を開いた。

「あの、黒姫さん。瑠奈ちゃんのお母さんって」

「瑠奈はみどりの忘れ形見だよ」

「変な事を聞いてごめんなさい」

「晶が気にする事じゃない。過去の話だと言えば瑠奈に怒られるがそう言うことだ。それと俺の事は美羽で構わない」

晶が気まずそうにしているのは聞いてはいけない事を聞いてしまったと思ったのだろう。

家庭の事情なんて一つ屋根の下で暮らすのなら早かれ遅かれ判ってしまう事なので知ってい居た方が良いに違いない。

しばらく走ると天乃商事のオフィスビルが見えてくる。

アパレル関係の会社なのでオフィスビルも有名なデザイナーがデザインしたスタイリッシュな造りになっている。

内装はナチュラルな作りになっていて木材が多用されている。所定の場所に車を止めてロビーに足を踏み入れ挨拶を交わしながら歩き出す。

視線を集めているのはやはり晶を連れているからだろう。


そんな事を一切関知せずにジュエリー部門のオフィスのドアを開ける。

「おはようございます。課長」

「おはよう」

「課長、その子は?」

「俺の新しい伴侶だと言えば納得するかな」

真っ先に挨拶してきたのは赤坂リーダーだった。

パンツスーツに身を包みアクティブで情熱的にジュエリー部門をぐいぐいと引っ張っている。

正義感が強く曲がったことが大嫌いな、石で例えるとラテン語で赤を意味するルベウスに由来するルビーだろう。

「課長、冗談を言っている場合では」

「悪かった。事情があって昨日から預かっている。マンションに置いてくる訳にもいかないだろ」

「大事な会議がある日にですか?」

「大事な会議があるからこそかな」

直ぐに赤坂リーダーと対極の蒼野チーフと緑山が顔を出した。

「朝から赤坂リーダーは何を興奮しているの?」

「チーフ、これが興奮せずにいられないでしょ」

「あら、可愛らしい御嬢さん。瑠奈ちゃん。じゃないわね」

蒼野チーフは赤坂リーダーが動なら静だろう服装もスカートスーツ姿が多い。

知的で常に冷静に判断を下し邪心なんて欠片もない誠実を絵にかいたような女性だ。

気配りが上手く周りを気遣っている、石で言えば気品がありルビーと同じコランダムの仲間であるブルーサファイアか。

「でも、このシャツは頂けないかしら」

「昨夜は捨て猫の様な恰好をしていたので、俺がシャツとベルトでアレンジしたんだ」

「センスは流石だけどサイズがちょっと」

「仕方がないだろ時間がなかったんだ」

緑山さんは癒し系と言えばいいだろうか緩やかなワンピースを着ている。

聡明で優しく洞察力にたけているのでキーワードから言うとコロンビアを中心にブラジルやザンビアで産出されるエメラルドだろう。

「それで課長は会社に連れてきたと。水瀬さん、午前中の予定はどうなっているかしら」

「私ですか? 午前中は石月君と外回りです」

「それじゃ外回りは石月君に任せて彼女の服を買ってきて貰えるかしら」

「本当ですか? 私のセンスで良いんですね」

緑山さんに言われ全身で喜びを表しているのはファッションデザイナーを夢見て天乃商事に入社したのにジュエリー部門に配属されてしまった、今どきの女の子らしく流行に敏感な水瀬さんだ。

それでも彼女は持ち前の明るさでムードメーカ的な存在でジュエリー部門の潤滑油を担ってくれている。

協調性に富みコミュニケーション能力に長けていてアフリカのモザンビーク鉱山で良質なものが発見されサンタマリア・アフリカーナなんて呼ばれる物があるアクアマリンの様な女の子だ。

サンタマリアとはブラジルのサンタマリア鉱山の事で。深みのある青色の美しさゆえに希少性が高かったが今では閉山され今では殆ど見る事がなく市場価値は上がる一方だ。

ちなみに現在出回っている物は他の鉱山から産出した濃い青で透明度が高く良質な物を特別にサンタマリアと言う名を冠した物が殆どだろう。

「水瀬、悪いが下着なんかも買ってきてくれ」

「良いですけどスポーツブラとかですか?」

「残念なお知らせだが晶は21歳だ。サイズは任せる」

「課長でも冗談を言うんですね。どう見ても子ども……」

水瀬が晶の胸に手を当てて息をのんでいる。

そして自分の胸に手を当てて揺れた瞳で俺の顔を見上げた。

「完膚なきまでに負けました」

「それじゃ、ビジネスシーンの服もチョイスしてもらえるかな」

「了解しましたって……」

水瀬が絶句すると直ぐに赤坂リーダーが口を一文字にして蒼野チーフは射抜く様な視線で詰め寄ってきた。

「課長、また悪い冗談ですか?」

「課長の真意を計り兼ねます」

すると新卒で黒一点の石月が空気を読まずに茶々を入れてきた。

「変わった趣味が課長にもあったんですね。ロリコンですか?」

「石月君、早めに動かないと間に合わないわよ」

「そうね、初めて単独での外回りだものね」

石月の顔がみるみる変わり逃げ出すようにオフィスを飛び出した。

そして今にも泣きだしそうな晶を連れた水瀬さんが晶の頭を指さしている。伸び放題の髪の事を言っているのだろう軽く頷き了承のOKサインを出すと嬉しそうに石月の後を追った。

「課長、本気ですか?」

「会社組織は例外なくそんな事を認めませんよ」

「だったら例外を作れば良い。殻を破れない会社には発展はないと思うが」

赤坂リーダーと蒼野チーフが言わんとしている事はよく判る。それでも旧態然としたままでは何も変わらずそんな会社はやがて自然淘汰されていく。

それがどんなに老舗の企業や店であってもだ。

「赤坂リーダーは緑山さんと午後の会議の準備を。私は一応総務に掛け合ってきます」

「蒼野チーフは課長の……判りました」

「いつも無理難題を言って悪いな」


ジュエリー部門でメインの仕事と言えば石の仕入れとデザインかもしれない。

どうやって仕入れると言うと現在では現地に赴き買い付けるのが主流だ。そして原石を仕入れるのではなくカットされたものを仕入れてくる。

理由は日本には原石を加工する技術に乏しく日本人の賃金が高いことにある。

直接現地のマーケットに行きバイヤーと直接交渉をすれば買えるというものではなくバイヤーが何人もの買い手にオファーを聞いて回り一番高値を付けた買い手だけが買うことが出来る。

値段を付けるのも買い手自身でバイヤーに聞けば何倍も値段を言われるのがおちだ。

ロット(一山)の中には品質もまちまちの石の山があって時には一個ずつルーペで傷やカットを見て値段を付ける。

それでも安く仕入れることが出来るかは判らない。

瑠奈が生まれるまでは俺自身も宝石を産出する国を飛び回っていた。

東南アジア・南米・アフリカ・オーストラリア・ロシアにアメリカ。あまり安全じゃない場所の方が多いのも事実で取引するのにも危険を伴うことがある。

今は赤坂リーダーや蒼野チーフが主に仕入れをしてくれている。俺が開拓してくれた相手が居るしバックに付いてくれるので何も怖くないと彼女達に言われてしまい。

それにただで海外旅行に行っても同じようなものだと一笑された。

デザイナーになる為にはジュエリー関係の学校に行き技術を習得するのが一般的で。海外の学校に行って学ぶ事もあるが肌の色や体格やファッションなどの好みが違うため習得したセンスや技術が日本で直ぐに応用できるわけでもない。卒業後、宝石加工会社に就職し技術とセンスを磨いていく。

仕入れをしてもらっている赤坂リーダーと蒼野チーフに緑山さんもジュエリーデザイナーだ アパレル関係なら似たようなもので、ジュエリーもデザイナーがデザインをして業者に依頼して作ってもらう。

リングを例にすると。

作り方としてはまず空枠と呼ばれる石が付いていない状態の物を通常はシルバーで作る。

そして空枠をゴムで型取りして2分割にし、取り出してそこにロウを流し込みロウ型を作る。

ロウ型にはバリが付いていたり気泡が入っていたりする場合があるので歯科医が使う金属製のヘラなどを使い綺麗に仕上げ。

ロウで出来た芯棒にロウ型を取り付け金属の枠に入れ石膏を流し込み真空にして空気を抜き固め固まったら焼成してロウを抜く。

その石膏の中に溶かした金属を真空状態で流し込み石膏を洗い流せばリングの形をしたものが出来上がる。

次は研磨になる。

芯棒からリングを切り離しヘソと呼ばれるリングと芯をつないでいた部分も切り落としやすりで切り口を滑らかにして、リングサイズ棒と呼ばれるリングのサイズ調べる金属の棒に通して木槌で歪みを修正してルーターを使い大きめの傷を消しぼやけてしまったラインなどを掘り直す。

細かい傷はグラインダーに取り付けられたバフに研磨剤を付けながら磨く。

その後、ゴールドなら金の電解液に浸し電流を流し表面処理をして再び磨き上げ石を取り付けてリングが出来上がる。

高価な一点物の場合の多くはハンドメイドで作られる事が多い。

素材にしてもプラチナなら純度が85%以下なら品位証明を受けられずリングではPT900がネックレスやチエーンはPT850が多く使われている。

24金は柔らかく加工しづらい為に18金・14金がメジャーだろうか。

そして混ぜる金属の種類や配合によりカラーゴールドと呼ばれるものがある。イエロー・ピンク・ホワイトと言えば判るかもしれない。

石の種類・素材の違い・デザイン。リング・ブレスレット・ネックレス・ピアスにイヤリング。

扱っている商品の数は無限でそこに流行りが加わる。

直営ショップを回ってアンテナを広げお客様や店員の意見を吸い上げ次に生かす。外回りをしている石月の仕事がまさしくこれに当たる。


「課長、例外は認めないそうです」

「ありがとう」

メールチェックしながら電話対応して書類を処理していると蒼野チーフが総務から戻ってきて報告を済ませ自分の仕事に戻った。

赤坂チーフと緑山さんは会議の資料を準備し忙しく動き回っていた。


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