表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

石ころ

「黒姫課長、お疲れ様でした」

「お疲れ。また、明日」

「はい、お先に失礼します」

部下が帰った後で帰宅の準備をする。

ここはファッション&アパレル関係の天乃商事・通称ジュエリー部門。

営業2課やら3課やら何を扱っているのかが判らない部署よりも扱っている物を表記した方が判りやすいと言う事でこの会社では部門別に課が判れている。

アパレル部門・インナー部門・足回りに小物やバッグまで。因みに足回りは文字通り靴やサンダルを取り扱っている。

メインはアパレル部門になり、アパレル部門の中も細かく分かれている。


会社から車に乗り30分ほどでマンションに到着した。

マンション下の駐車場に車を止めて近くのコンビニに向かうのがほぼ日課になっていた。

車で直接コンビニに寄れば良いのだが多少外の空気に触れてリフレッシュするのも良いと思い歩いて向かう。

「離して! 違うよ、僕は」

「うるせえなぁ。ゴチャゴチャ言ってんじゃねえよ」

「やっちまおうぜ」

見ると高校生らしき男が数人、小さな子どもの腕を掴んでいて。その子の服は薄汚れ髪は伸ばし放題でぼさぼさになっている。

日本のホームレスは1万人以上、子どもの数は不明で統計上日本にはストリートチルドレンは存在しない事に事実上はなっている。

正義を振り翳すつもりはないがいい大人が見て見ぬ振りも出来ずに足を向け一切の躊躇いを捨て。

腕を掴んでいる男の背中を蹴り飛ばすと腰砕けにになって膝をついて振り向いた。

「ざけんな、おっさん!」

「おっさんだぁ? ガキがナマ言ってんじゃねぇ」

足元にあった高校生達が飲んでいたと思われるペットボトルを蹴りつけると中身をぶちまけながら男共に向かって飛んで行った。

「お、覚えとけよ」

お決まりの捨て台詞を残して男共は尻尾を巻いて一目散に逃げ出した。

「坊主はチビなんだからあんな奴らに係わるな」

「違うもん。あの子達が食べようとしていたお菓子は美味しくないよって教えてあげたら絡まれたんだもん」

「あの子達? まぁいいや、何でそんな事がお前に判るんだ」

「誰も信じてくれないけれど物を見ただけで数字が頭に浮かんでくるんだから仕方がないじゃない」

薄汚れた顔の中に澄み切った瞳が俺を見上げている。

「頭に数字が浮かぶ?」

「う、うん。どうせあなたも信じてくれないんでしょ」

見た目は小学生くらいそれなのに喋り方は明らかに上から喋っていて。

そして不可解な事を口走るところを見ると普通はちょっとヤバいと思うだろう。

見るからに年齢不詳・住所不定の人間になんて関わらない方が賢明だ。唯一、引っ掛かるとすれば見たものを数値化するという眉唾なこと。

「また、絡まれないうちに家に帰りなさい」

「嫌だ。絶対に家には帰らない」

「それじゃ、警察に」

内ポケットから携帯を取り出すと俺の言葉など無視してチビが背を向けて歩き出し、思わず腕を伸ばして薄汚れた襟元を掴む。

「離せよ。声を上げるぞ」

「それは好都合だ。好きにしろ」

「うっ……」

騒げば俺じゃなく誰かが警察に通報することが判ったところを見ると馬鹿ではなさそうだ。

ここに放置しておくにもいかず気付くとチビを連れてコンビニに入っていた。

「このスイーツの中で一番数値が高いものはどれだ?」

「えっ? あのロールケーキ」

「それじゃ、次だ。紅茶を選べ」

「うっ、あれ」

チビが指さした物をカゴにいれ清算する為にレジに向かう。

コソコソと俺の隙を見て逃げ出そうとしたチビの襟元を鷲掴みにすると観念したのか大人しくなった。

「ありがとうございました」

そして思案する間もなく店員の営業スマイルを背中に感じながらコンビニを出てマンションに向かい歩き出していた。


「あの、僕。家に」

「それじゃ、この携帯で家に連絡して迎えに来てもらえ」

携帯を渡すと口元が歪み困惑した表情で渡した携帯を凝視し俺の横を歩いている。

何も言わないままマンションに入りエレベーターで3階に上がり一番奥のドアの前まで来ても変わらずに携帯を見つめていた。

ドアの鍵を開けた時にチビが顔を見上げたが構わずドアを開ける。

「ただいま」

「お帰り、パパ?」

満面の笑顔で走ってきた娘の瑠奈が迷いのない瞳で射抜きチビが俺の後ろに隠れた。

「パパ、その捨て猫みたいなのなに?」

「そこのコンビニで絡まれていたのを助けたんだが」

「ぼ、僕。帰るから。ごめんなさい」

「もう、仕方ないなぁ」

中に入るように促すと今にも泣きだしそうな顔でチビが渋々玄関に入りドアを閉め施錠する。

靴を脱ぎリビングに向かおうとしても玄関で怯えている子猫の様に立ち尽くしていた。


子どもは子ども同士が良いとだろう。

「瑠奈、悪いけれどこいつを風呂に入れて着ているものを洗濯してやってくれ」

「パパは6歳の女の子が僕って言ってる人にお風呂であんな事やこんな事をされてもいいんだ。パパはその人を信用してるんだね」

「パパが悪かった。すまない。それじゃパパが風呂に入れるから洗濯だけ頼む」

「洗濯ならしてあげる」

父親である俺が言うのも変かもしれないが親馬鹿と言うフィルター抜きにしても、瑠奈は保育所に通っている6歳だがとてもしっかりしている。

朝は送っていくが迎えは同じマンションに住む瑠奈の友達の茉美ちゃんのお母さんがしてくれて大人しく留守番していてくれる。

「先に風呂に入れ。俺も後から行くから」

「えっ、う、うん」

困惑しながらチビが風呂場に向かった。

見ず知らずの人間が住んでいるマンションに居るのだから仕方がないことなのだろう。

少しして瑠奈がバスルームに向かったので恐らく洗濯機でも回しに行ったのだと思う。

何故だかハミングしながらリビングに戻ってきた。

「パパ、ちゃんと綺麗に洗ってあげてね。着替えは出しておくから」

「そうだな。ココが怒るな」

ちなみにココとはお喋りをする円形の自動掃除機の名前だ。


脱衣場に向かい服を脱いで一応声を掛ける。

「入るぞ」

「えっ? うう……」

諦めともとれる様なうめき声が聞こえてきた。

最近の子は銭湯などに行かないので修学旅行などに行っても大勢で風呂に入るのを嫌がる子がいると聞いたことがある。

そんな事が頭に浮かぶが気にせずにドア開けてバスルームに入るとシャワーを浴びていたのか湯気が立ち込めている中で座り込んでいた。

「体を洗ったのか?」

「ま、まだ。石鹸はこれで良いの?」

「そのボディーシャンプーだ」

普段から瑠奈と入ることが多いので先に体を洗ってやってからと思っているとボトルからボディーシャンプをプッシュして急いで体を洗いだした。

「そんなに急いで洗わずにしっかり洗え。ほら背中を流してやるから」

「う、うん」

小さな背中を流し瑠奈にしてやるように腕を持ち上げて洗っていき脇に手がいった瞬間。

「ひゃうん!」

バスルームに気の抜けるような声が響き手には何か柔らかい物が触れた気がして泡塗れの体をシャワーで洗い流す。

すると小柄な体に似つかわしくないものが…… その前に確認しなくてはいけないだろう。

「お前って」

「ぼ、僕。女の子だもん」

「なんで女が僕なんて言うんだ」

「僕は僕だよ。男の人とお風呂なんて……入った事ないんだから!」

今更そんな事を言われても時すでに遅く。彼女の肩を掴んで前を向かせ髪を洗い始めると大人しくなった。

最近の子どもは発育が良いと聞いたことがあるが中学生か小柄な高校生くらいだろうか。

未成年なら風呂を出てから直ぐにでも両親か警察に連絡した方が良いだろう。

そんな事を考えて体を洗っていると湯船から心許ない小さな声がする。

「女の人と一緒にお風呂って恥ずかしくないんですか?」

「普段は瑠奈と一緒に入っているからな」

「6歳の子と同じって……ブクブク」

口元まで湯船に浸かり、それ以上彼女は何も言わなくなってしまった。


先に彼女が出て体を温めてから瑠奈チョイスのパジャマを着てリビングに向かうと彼女は俺のシャツを着てソファーに座り、その前では瑠奈が腕組みをしていた。

「まずは腹ごなししてからかな」

「うん」

あまり料理は得意とは言い難いが瑠奈が居てくれるおかげでバランスを考えた食事をすることが出来ているはずだ。

独りなら外食かコンビニ弁当になっていただろう。

それでも時間がない時には買ってきた惣菜で済ませてしまうときもある。

食事を済ませて今後の事を話すと言うより彼女に両親の連絡先を聞き出して連絡することになるだろう。

ソファーに座り話を切り出そうとすると瑠奈が先手必勝ばりに矛先を俺に向けてきた。

「パパは責任を取るんだよね」

「瑠奈、責任って何のことだ?」

「だって女の子の裸を見たんでしょ」

思わず瑠奈の顔をまじまじと見てしまう。どうやら瑠奈には最初から判っていたようだ。

恐らく彼女の服を洗濯した時に気付いたのだと思う。感覚が研ぎ澄まれているというか知っていて綺麗に洗ってやれなんて迷いがなさすぎる。

そして何事にも柔軟に対応してしまう。我が子ながら6歳だとは思えないほどだ。

「家の連絡先を教えろ」

「なんで女の子にそんな言い方をするの? 可哀そうでしょ。私は黒姫瑠奈6歳でパパは美羽っていうの。お姉ちゃんの名前はなんていうの?」

「僕の名前は水晶の晶の字でアキラ。歳は……21歳です」

彼女の歳を聞いて思わず瑠奈の顔を見ると瑠奈は沈静している。

もしかして未成年じゃない事まで見抜いていたのか?

未成年でないのなら両親に連絡する必要もないかもしれない。

警察に捜索願が出ていても自分の意志で失踪が考えられない幼児・病人・老人や事故に巻き込まれた可能性がある者。

または、殺人に誘拐などの事件に関わりがありそうな者、それに遺書や日ごろの言動から自殺の可能性がある特異家出人に分類されず。

一般家出人と言う成人が自らの意志で家を出たり夜逃げしたりした場合は捜査されることはない。

彼女は恐らく後者だろう。

そして名字を名乗らないと言う事は訳ありだと言う事が伺える。

「晶か。女の子を放り出すほど俺は鬼じゃない。好きなだけここに居ればいい。ただし瑠奈に何かあれば」

「パパ。晶ちゃんが何かする訳ないじゃない。パパだってそんな事くらい判るでしょ」

確かに害をなすような人間を連れて帰ってくるほどお人好しではない。

「僕、ここに居ても良いの?」

「うん、宜しくね。それとパパは」

「晶の着替えか」

「うん、お願いね」

週末までにはまだ日があるのでとりあえず着替えを何とかするのが最優先だろう。

最小限の身の回りの物は会社の帰りにでも買うことにしよう。

「それじゃ、瑠奈。おやすみ」

「うん。それじゃ、晶ちゃん。一緒に寝よう」

「う、うん」

晶と寝るように言われなかっただけ良しとする。

もし言われても晶と寝る事なんて俺にとっては何も問題はないが瑠奈が晶の手を引いて自分の部屋に入って行く。

晶が選んだロールケーキと紅茶はあのコンビニで売上ナンバーワンではないが確かに美味しかった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ