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蜻蛉の三題噺

音がした、

作者: 尻切レ蜻蛉


多分、恋に落ちたのはあの瞬間だった。

強豪校相手のトリプルスコア。

諦めの色が色濃いコートの中で、彼だけが静かに闘志を燃やしたままだった。


「くだらないことを聞くね。僕は試合が好きだ。一分一秒でも長く、試合をしていたい。勝てないと投げ出せば、どれだけの残り時間があろうが、そこに試合は存在しない」


ふてぶてしく宣った彼が、誰もいなくなった体育館で桜が散るように泣いていたのを、私だけが知っている。



「葛白!」

「そう大声で呼ばなくても、聞こえているよ」


億劫そうに振り向いた葛白に、私はにこりと笑って横に並ぶ。


「葛白!」

「だから、聞こえているよ」

「楽しみだね」


何が、と私は言わなかった。

何が、と葛白は聞かなかった。

ただ、


「そうだね。そうかもしれない」


独り言のように呟いた葛白に、私は嬉しくなって口元を緩める。


「葛白!」

「だから、聞こえているよ」

「好き!」


名前を呼ぶように告げると、一瞬だけ目を細めた葛白が、遠慮なく頭を叩いた。


「痛っ」

「だから、聞こえているよ。誰に聞かせたいんだい?君は」

「勿論、葛白!」

「それなら、叫びすぎだ」

「そう?」

「君の声を、聞き逃すわけがない」


まるで呼吸をするように、さらりと紡がれた言葉に思わず笑う。


「葛白、好き!」

「だから」

「世界中の人にも、聞かせたいの!」

「聞かせる必要も、ないと思うけどね」

「どうして?」

「自明の理だから」


繋いだ手を示されて、私は何処かくすぐったくて目を細めた。


「葛白」

「なに?」

「ありがと」

「どういたしまして」




多分、意識したのはあの瞬間だった。

強豪校相手のトリプルスコア。

試合が終わって、誰もが仕方ないと慰める中で、彼女の瞳はまっすぐだった。


「試合時間は誰だって一緒だけど、葛白君はいつも、誰より長く試合してるよね。どうして?」


体調を崩したマネージャーの代役として唐突に入部した彼女が、ぼろぼろになるほどルールブックやスコアガイドを読み込んでいたのを僕が知ったのは、その後だ。



「黒原」

「あ、お疲れさま!」


体育館を出た所に座り込んでいた黒原が、僕の顔を見て頬を緩めた。


「終わり?」

「終わったよ。帰ることにしようか」

「うん」


スカートの埃を払って、黒原は鞄を掴んで横に並ぶ。


「黒原」

「なに?」

「もうやらないの?」


何が、と僕は言わなかった。

何を、と黒原も聞かなかった。

ただ、


「うん。私には向いてないよ!」


小さく苦笑した黒原に、僕は手を伸ばしてその手を握る。


「そうは思わないけれどね」


握りかえした黒原はおどけたように、肩を竦めた。


「期間限定は、定番化したら駄目だよ!」

「それについては、君の選択を否定しない」

「うん」

「でも、これについては否定する。黒原」


繋いだ手を示すと、黒原は目を丸くしてから笑う。


「ありがと」

「どういたしまして」




始めて感じた時は解らなかったけれど。

あの時、

確かに針の進む音がした。


そらみみプロジェクト その2

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